第52話:思うところはあるが、できることをする:the Jealousy and the disappointment 2

 気を失ったルーシー様は彼女のメイドが様子を見ていた。ライン兄さんやオルたちにも席を外して貰い、俺はロイス父さんたちやエウから事情を聞いていた。


「それで、なんで大魔境からしか発生しない瘴気が、ルーシー様から現れたの?」

「……その前に将棋をする」

「ダメ。まず、事情を教えて」

「……ぶー」


 エウは頬を膨らませる。ロイス父さんとアテナ母さんが溜息を吐く。


「セオ。話すから、エウ様の相手をしてやってくれないか?」

「お願い」

「……はぁ」


 俺は“宝物袋”から将棋盤と将棋の駒を取り出し、駒を並べる。エウもうっきうっきとしながら、駒を並べる。


 先攻後攻を決め片手間でエウの相手をしながら、俺はロイス父さんに尋ねる。


「そもそも、ロイス父さんたちはこれを予想してたの?」

「……まぁね。こんなに早く起きるとは思っていなかったけど」


 ロイス父さんが苦笑いした。俺はジト目になる。


「で?」

「……何から話せばいいか」


 ロイス父さんが言葉に迷っている間に、アテナ母さんが口を開く。


「セオ。前に大魔境も瘴気も星の正常システムじゃない事は話したわよね?」

「うん。だからこそ、そのシステムを正すために瘴気と対になる神聖魔力があるんでしょ? そこまでは分かるよ。けど、なんで、人から瘴気が現れるの?」


 人から瘴気が現れるというのは、脅威だ。


 瘴気は他者の魔力を強制的に侵食し、暴走させる。魂魄を侵し、別物へと変える。何より、瘴気に侵された魔物は、通常の魔物とは比べ物にならないほど凶悪になる。


 今回はルーシー様だった。けど、もし他の人が、街中を歩く名も知らない人が瘴気を発した場合、どんな惨事になるやら。


 だから、俺の言葉は少し強くなる。それを察しているアテナ母さんは穏やかな口調で言った。


「セオ、大丈夫。本当に稀なのよ。あんなこと、十年に二度もある方が可笑しいのよ」

「待って。ルーシー様以外にもあったの?」

「……ええ、まぁ。けど、それは後にしましょう」


 アテナ母さんはロイス父さんを見やる。ロイス父さんは頷き、俺に説明する。


「セオ。人が妖精になることはあると思う?」

「ある。前にクラリスさんが想いとか祈りとかで、妖精になるって言ってた」

「そうだね。それは正常な方法なんだ」

「正常?」


 まるで、正常じゃない方法があるみたいな言い方をする。そんな俺の内心を読んだアテナ母さん口を開く。


「妖人族は、妖精と人が交わった種族だとは知っているわよね。その始まりはいつからだと思うかしら?」

「いつから? かなり前からだとは思うけど」

「そう。かなり前なの。だから、純血の人族はいない。誰かしら、遠い祖先に妖精や精霊を持っているの」


 アテナ母さんの言葉に俺はハッと気が付く。


「……もしかしてだけど、貴族が魔法の力強いのって」

「ええ。血が少しだけ濃くでているの。ほんのちょっとだけね」

「……じゃあ、たまにその血が強く出たりするんでしょ。ルーシー様みたいに」

「ええ」


 アテナ母さんは頷く。ロイス父さんも俺と将棋をしているエウも静かに頷いた。けど、まだ、疑問が残る。


「それでもおかしいよ。だったら、妖人族の人は皆、瘴気を生まれる可能性があるということでしょ? でも、アテナ母さんたちの言葉から察するに、それはない」


 ……いや、そもそも瘴気は正常ではないのだ。いわゆるバグみたいなもの。


「妖精や精霊の血の出方がおかしかった? 体全体にではなくて、一部。局所的にというか、無理やり力が授かったかのような……」

「……そう、それ」


 俺と将棋をしていたエウが、俺の呟きに同意する。


「……妖人族でも、魔力は視えない。聴けない。触れない。彼らはまだ、肉体に囚われてるから。非実体である魔力の世界は、非実体の存在しか許されない。セオはは能力スキルを使って、それを垣間見ているだけ」

「じゃあ、ルーシー様は魔力が視えるの?」

「……いや、聴こえるだけ。それに片耳だけだし、あまり聴力もない。それでも人の身にはあまる力。あってはならない力」

「だから、瘴気が生まれた?」


 いや、それも可笑しい。なら、生まれた時に瘴気が発生していないといけない。


「セオ。先日の稽古の時に言ったかもしれないけど、魔力は思念に影響されるんだよ」

「生まれた時はギリギリ、瘴気が生まれないの。けど、暗くて嫌な感情で魔力に澱みができて、その澱みがある一定以上溜まると……」

「瘴気が生まれる?」

「ええ」


 エウがパチンと将棋を打ち、「……王手」と言う。俺は少し熟考しながら、打ち返す。


 エウは「……む。やるね」と呟く。そんなエウにロイス父さんが尋ねた。


「エウ様。僕たちとしても、ルーシー様に溜まっている魔力の澱みからして、まだまだ余裕があると思っていたんだ。基本、アレは対処療法しかないし」

「……うん。けど、それだと悠長すぎる。あの子みたいに、クソ精霊につけ入られないとも限らない。だから、無理やり淀むを作って早めた」

「クソ精霊?」

「……自分の利のために赤子を生かす殺さずをしたクソ野郎。クラリスがもう少し遅く来てたら、どうなっていたかっ」


 エウの語気が荒くなる。ついでに持っていた駒を握りつぶしてしまった。


 ……よほど、酷い事があったのだろう。


 と、突然、エウが俺を見やった。


「……だから、アナタには期待してる。ロイスやアテナじゃだめ。人として生きているアナタだからこそ、彼女を助けて欲しい」

「……はぁ」


 俺は要領を得ない頷きをする。エウはそんな俺の態度に溜息を吐いた。


「……どっちにしろ、あの子はもう、大丈夫。身に余る力を馴染ませたから、ちょっと違和感をもつかもしれないけど、今後一切瘴気が現れる事はない」

「その違和感は僕たちでどうにかするよ」

「……ん」


 エウは急に立ち上がった。


「……将棋は明後日にする。今日はもう、寝る」

「えぇ、勝手な……」


 「……収穫祭終わったら、丸一日使って将棋をしようね」と言って、木の葉を散らしてエウは消えた。


 俺はロイス父さんとアテナ母さんを見やった。二人は苦笑した。


「セオ。ルーシー様には僕たちが話すから、今日はもう休んでていいよ。疲れたでしょ」

「分かった。夕食の時になったら呼んで」


 俺は自室へと戻る。ベッドに横たわる。


 アルたちによってジャングルとなった天井を見上げながら、溜息を吐いた。


「はぁ。魔力が聴こえているっていう感覚が分からないけど、あの時の反応を見るに、王都の時点で俺の魔術バレてたよな」


 まぁ、誰にも言っていないのだろうが。確信をもっていたわけではないだろうし。


 ……ルーシー様大丈夫かな。


「はぁ。義肢の調整するか」


 王都から帰ってきて、ずっとやっている義肢づくり。色々と思うことがあって、エウに直接助言を貰った義肢は、たぶん、凄くいいところまでいっている。


 まぁ、使っている素材が貴重過ぎて、量産はできないが。


 義肢をいじりながら、俺はポツリと呟く。


「………………魔力が視える、ね」


 心当たりがある。


 しかも、“研究室ラボ君”が言っていた精霊の厄子という言葉も、ある程度予測がつく。


 けど、ルーシー様はそうでなかった。


 違いは魔力量か、先祖返った力の大きさが問題か。あとは、エウが言っていたクソ野郎のせいか。


 エウにいわれるまでもなく、友人として助けにはなりたいと思っている。


 けど、魔力の澱みか。澱みが生まれるほど、哀しい思いがあったんだろうか。


「………………はぁ。やめよやめよ。色々と考えても意味ない。ともかく、彼女用の義肢だけさっさと完成させよ」


 義肢を弄る音だけが部屋に響いた。









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