異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~
第43話:普段はそれでも冷静な判断ができているが、ヂュエルに負けるのは嫌:the Jealousy and the disappointment
第43話:普段はそれでも冷静な判断ができているが、ヂュエルに負けるのは嫌:the Jealousy and the disappointment
「うん。ヂュエルくんにはあの魔法の使い方があってるね」
ロイス父さんが満足そうに頷く。
その視線の先。つまり、ユリシア姉さんとヂュエルさんの試合。
背中に〝魔力の手〟を生やしたユリシア姉さんに対峙していたのは、水の盾、まぁその名前の通り“水盾〟を五つ、自分の周りに旋回させていたヂュエルさんだった。
水魔法は水という流体を操るため、形状の維持がそれなりに難しい。いや、そもそも維持の前のその形状を作ること自体、魔力操作とイメージ化が必要としそれなりに難しいのだが。
つまり、規則的とはいえ、〝水盾〟を周囲に旋回させ続けられているヂュエルさんの魔力操作技術は、それなりに凄いということだ。少なくともユリシア姉さんよりも上なのは確かだろう。
俺はロイス父さんを見やる。
「もしかして、さっきの個人練習でヂュエルさんの教えてたのって」
「うん。これだよ。〝水盾〟を維持、旋回させる技術だね。規則的に旋回させるだけだから、リズムを体に叩き込めばいけると思ったんだけど……ヂュエルくんの体は物覚えがいいらしい」
「へぇ。でも、発動できなきゃ、リズムを覚えても意味ないよね?」
「うん。だから、ここまで発動に時間が掛かったんだよ」
なるほど。
ヂュエルさんは今まで、ユリシア姉さんと剣の攻防を続けながら、その裏で〝水盾〟の発動を準備していたのか。
「そんな物、切り刻んでやるわ!」
と、ユリシア姉さん。〝魔力の手〟から火魔法、〝炎斬剣〟という揺らぐ炎で形作った剣を生み出し、ヂュエルさんに振り降ろす。
普通、〝炎斬剣〟は文字通り燃えている剣のため、握って振るう事はできない。ぶっちゃけ、自爆魔法の一つに数えられている。まぁ、魔力操作の技術がかなりあれば、自分だけ炎を無効にする事ができるが……
兎も角、〝魔力の手〟は熱さも感じないためか、ユリシア姉さんでも〝炎斬剣〟を振り回すことが可能らしい。しかも、自分の“黒天剣”と連帯させて、攻撃を繰り出したため、隙が無い。
三つの〝水盾〟が真っ二つに斬られた。しかし。
「ふんっ、甘い」
「何よっ!」
真っ二つに斬られた三つの〝水盾〟が一瞬でうごめき、再び”水盾〟の形を取る。しかも、真っ二つにされたそれぞれが〝水盾〟となったため、合計で八個の〝水盾〟がヂュエルさんの周囲を旋回する。
そしてヂュエルさんは両手で握っていた
先ほどまでは、ヂュエルさんは防戦一方だった。ユリシア姉さんに攻撃を繰り出すことができていなかった。
逆に言えば、守りは堅牢であり、ユリシア姉さんは攻めあぐねていたのだが。
それでも時間が経てば、魔力量では劣るヂュエルさんが先に〝身体強化〟を維持できなくなり、やられていただろう。
しかし、今、防御は
つまり、
「シッ」
「クっ!」
ヂュエルさんが攻撃を出せるようになった。
ユリシア姉さんの“黒天剣”と〝炎斬剣〟は〝水盾〟によって防がれ、その一瞬に出来た隙を狙って、
それに、〝炎斬剣〟は炎。〝水盾〟とは相性が悪く、〝水盾〟に防がれると火力が激減する。というか、十回ほど〝水盾〟で防がれた所で、〝炎斬剣〟は消火された。
いくら、天性の武の才能に優れているユリシア姉さんでも、苦々し気な表情を浮かべる。態勢を整えるために、距離を取ろうとした。
だが、勢いづいたヂュエルさんがユリシア姉さんを逃がすわけもなく、虚を突くように右手に持っていた〝水盾〟を水平にユリシア姉さんに投擲する。
「爆ぜなさい――〝爆炎〟ッッ!!」
“黒天剣”で〝水盾〟を斬るのは間に合わない。そう判断したユリシア姉さんは〝魔力の手〟の手のひらを爆破させてその爆風で横に吹っ飛び、投擲された〝水盾〟を回避する。
その回避挙動は人体構造ではあり得なく、ユリシア姉さんは急激に掛かった力に少し苦しそうにしていた。
ヂュエルさんから距離を取ったユリシア姉さんは、〝魔力の手〟を消してロイス父さんに怒鳴る。
「父さん、普通に戦いんだけど!!」
……まぁ、そうだよね。
ユリシア姉さんが本気を出せば、ヂュエルさんは勝てないし。〝身体強化〟の強化率にかなり差があるから、一瞬で片が付く。
しかし。
「魔法を実践に取り入れる訓練だから駄目だよ!」
魔法を戦術的に取り入れるのがこの試合の目的なのだ。剣での攻撃が目立っているが、ユリシア姉さんも一応、それを守っている。
が、あまり、上手くいかず、もどかしくてしびれを切らしたのだろう。だから、ロイス父さんはそんなユリシア姉さんを焚きつけるように言う。
「それにほら、その〝魔力の手〟を使いたいんでしょ!」
「あんまり、使い勝手良くないわよ、これ! 動かしにくいし、手がもう一本ある感覚が気持ち悪いのよ! バランス感覚も狂うし! セオ! なんでこんなの教えたのよ! もっといい魔法知ってるでしょ!」
「え~」
逆ギレし、地団太を踏むユリシア姉さん。
「だいたい、ヂュエルのそれ、ずるいのよ! 私が得意なの、炎と雷なのよ! 基本、魔法武器なんて作ったところで、握れないから使えないのに! なんなの、当てつけなの!」
「え、えぇ」
ヂュエルさんが俺と同じような反応を取る。困惑の苦笑いしながら、俺たちの方を見る。すると、アテナ母さんが声を張り上げていった。
「ヂュエル様、戦いに集中できない子に気を使う必要はないわ!」
「……」
アテナ母さんの言葉にそれもそうだと思ったのか、ヂュエルさんはスッと目を瞑り、一瞬で精神集中をする。
「我がなる母。水の母。我はその麗しき雫に恋し、慈しむもの。ああ。水よ。我が命の根源よ。我に母なる加護を授け給え――〝水盾〟」
どうやら、慣れたらしい。発動にかなり時間が掛かっていたはずの〝水盾〟の詠唱も十数秒で終わらせた。しかも、先ほどの八個よりも多い、十六個の〝水盾〟を作り出す。
そしてヂュエルさんはそのうちの一つを掴むと、未だに苛立ちをあらわにしているユリシア姉さんに飛び出した。
無防備なユリシア姉さんに向かって
「ハァアッ!!」
「ムカつくわ!!」
無防備だったが、しかし、ユリシア姉さんは驚異的な反射速度で“黒天剣”を振り上げ、
しかし、それと同時にヂュエルさんは周囲を旋回させている〝水盾〟の旋回範囲を拡大する。
すると、旋回している〝水盾〟が一種の広がる防壁となって、ユリシア姉さんの進路を妨害する。
ユリシア姉さんが大きく舌打ちをして、飛びのく。
「ああ、もう、鬱陶しいわね! それ!」
そしてそれから数分。攻める事ができないユリシア姉さんはヂュエルさんの猛攻をずっと躱し続けた。
それでも少しずつ、ヂュエルさんの
俺の隣で観戦していたライン兄さんがウッキウキな表情を浮かべる。
「久しぶりにユリ姉がエド兄以外に負けるところが見られる」
「……悪趣味だよ、ライン兄さん」
「だって、さんざん稽古で僕たちをボコってたじゃん。それが、昔ボコったヂュエルさんに負けるとか、なんか面白いじゃん!」
そういうライン兄さんの笑顔はまさに天使が浮かべるかのように純粋だ。言っている内容は悪魔だが。
全く。誰の影響か、ライン兄さんも意地が悪くなったよな。そう思ったら、ライン兄さんが天使の笑顔で首を傾げた。
「だいたい、セオだって楽しみでしょ?」
「……まぁ、魔法だけの勝負は兎も角、身体能力という、敵いようもない差で実践試合は勝てなくなってきたし。あと、最近は優しくなったけど、それでも俺たちをコキ使ってくるし。気味がいいと言えば気味がいいかな?」
「でしょ?」
「ライン様にセオ様……」
ルーシー様が俺たちに軽蔑の目を向けていた。でも、姉弟ってこういう物だと思う。横暴な姉が負けるのは嬉しいと思うものだ。
と、そんな会話が聞こえたのか、ヂュエルさんの猛攻を避けていたユリシア姉さんがこっちを睨んで叫ぶ。
「アンタたち、あとで覚えてなさい!」
「よそ見かっ!」
「ッッッ!!!」
あ、ユリシア姉さんが俺たちに気を取られたせいで、〝水盾〟を回避できず吹き飛ばされた。“黒天剣”が遠くに飛ばされる。
ヂュエルさんがユリシア姉さんに
「俺の勝ちで良いか?」
「………………」
ユリシア姉さんがキッとヂュエルさんを睨む。
そして、
「もう、いいわよ! こいつに負けるなら、火傷くらい我慢するわ!」
「なっっ!!」
ヂュエルさんがその場を飛びのく。
同時に、ユリシア姉さんを中心に爆炎が上がり、そしてその中から、炎の衣である〝炎舞鎧〟を纏い、〝炎斬剣〟を握るユリシア姉さんが現れた。
表情は苦悶に歪んでいた。
「試合はヂュエルの勝ちだ!」
「ユリシアっ!!」
ロイス父さんとアテナ母さんが鬼気迫る表情で飛び出す。
目にも留まらぬ速さで踏み込んだロイス父さんは、どこからともなく取り出した白く輝く剣を一振りした。すると、ユリシア姉さんの魔法が全て、消える。あと、ユリシア姉さんが意識を失う。
具体的に何が起こったかは分からないが、たぶん、ロイス父さんが魔法とユリシア姉さんの意識を斬ったんだと思う。
そしてそれと同時にアテナ母さんが癒しの魔法をユリシア姉さんに施した。
「……何やってんの、ユリ姉」
「これ、稽古中止でしょ」
遅れて、ヴィジットさんなどが状況把握に動き出し、事態は騒然とする。
稽古どころではなくなった。
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いつも読んで下さりありがとうございます。
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