第42話:一流の冒険者は戦いを見れば、どんな稽古をしていたか分かる:the Jealousy and the disappointment

「行くわよっ! 猛り狂え。嵐に巻き起こる炎の壁――〝業火旋風〟」

「クッ」


 今まで、ヂュエルさんとユリシア姉さんの剣戟は互角だった。しかし、その均衡はユリシア姉さんが背中から〝魔力の手〟を生やしたことにより、それは崩壊する。


 つばぜり合いをしている最中、ユリシア姉さんは背中から生やした〝魔力の手〟をヂュエルさんの頭上へと移動させ、そして手のひらには渦巻く火炎、〝業火旋風〟を作り出し放出する。


 ユリシア姉さんの“黒天剣”をいなすのに精一杯なヂュエルさんは当然反応できない――


「〝水球〟」

「ッ!?」


 魔法名のみの魔法行使は難しい。が、〝水球〟は水魔法の基礎だ。ヂュエルさんも基礎魔法を魔法名のみで行使できるらしい。


 そして、ヂュエルさんの頭上に現れた頭ほどの大きさの水の球体に、〝業火旋風〟の火炎がぶつかる。


 もちろん、火力が圧倒的に違う。〝業火旋風〟は中級魔法。対して〝水球〟は基礎の初級魔法。


 焼け石に水と思われたが、しかし、ヂュエルさんの目的〝業火旋風〟を防ぐことではなかった。


 〝水球〟の水が一気に蒸発する。その風圧と水蒸気の視界の悪さに、ユリシア姉さんが一瞬怯み、ヂュエルさんは素早くその場から離脱。


 しかも、一気に広がった水蒸気に紛れているため、ユリシア姉さんも追撃しにくい――


「隠れても無駄よッ!」

「分かっているッ!」


 ――いや、野性的な勘なのか、普通に“気配感知”の能力スキルなのか。ユリシア姉さんは〝魔力の手〟から〝火球〟を放つ。


 すると、その直線場にはヂュエルさんがおり、苦々しく顔を歪めながら騎士剣ロングソードで〝火球〟を防ぐ。


 その隙に〝身体強化〟をしたユリシア姉さんがグググッと踏み込み、ヂュエルさんの懐へ。


 横に流した“黒天剣”をヂュエルさんに向かって振り上げる。


「シッ!」

「ッッ!!」


 間一髪という所か。


 ヂュエルさんは〝火球〟を防いだ衝撃を利用して体を捻り、“黒天剣”を躱した。それでも完璧に躱せたわけではなく、頬からツーと僅かに血が垂れる。


 両者が睨み合い、沈黙が生まれる。


 すると、それにしびれを切らしたのかユリシア姉さんが挑発するようにヂュエルさんに言った。


「数年前と変わってないわね。逃げまわってばかりで、情けない」

「ふんっ」

 

 慣れていない感じにニヤニヤと笑うユリシア姉さん。ヂュエルさんは普通に鼻を鳴らして、騎士剣ロングソードを心眼に構えているだけ。


 それが気に食わないのか、ユリシア姉さんは再び踏み込んで、〝魔力の手〟による援護射撃と共に、目にも留まらぬ攻撃を繰り出す。


 ヂュエルさんはやはりそれを防ぐので手一杯だが、しかしそれでも守りは堅くユリシア姉さんは攻め切れていない。


 俺はチラリとロイス父さんの方を見た。


「ねぇ、ユリシア姉さんって、追い詰められてる?」

「まぁ、普段は挑発とか全くしないからね。どっかの誰かさんと違って」

「俺は挑発してるわけじゃなくて、単なる善意の言葉を言っているだけだよ。毎回、何故かユリシア姉さんが逆ギレするだけで」


 俺は惚けるように肩を竦めた。呆れた視線がロイス父さんだけでなく、ルーシー様を除いた全員から突き刺さる。


 微妙に気まずくなり、俺は咳ばらいをして尋ねた。


「それより、数年前って?」

「ああ。それは……」


 ロイス父さんが少し言い難そうにする。すると、ルーシー様が教えてくれた。


「数年前まで、ヂュエル様の印象は今とはかなり違いまして……」

「そういえば、ユリ姉がかなり嫌っていたけど」

「なんか、決闘とかしたんだっけ?」

「はい」


 ルーシー様が頷く。


「具体的な経緯はヂュエル様の名誉のために省きますが、ある令嬢とヂュエル様が揉め、それを見かねたユリシア様が間に入り、決闘という流れです」

「……まぁ、想像つくよ」

「うん。ユリシア姉さんってもめ事に直ぐ首を突っ込んで、トラブル起こすタイプだし」

「ね」


 俺とライン兄さんがうんうん、と頷いた。ロイス父さんとアテナ母さんがジト目で見てきたが、無視。


 ルーシー様が苦笑いを浮かべていた。


「その決闘の結果はもちろんユリシア様が勝ったのですが、決闘内容がかなり屈辱的なものと言いますか……」

「一方的だったってこと?」

「あとは、あのころ、ユリ姉って殺気とかコントロールできなかったから、昂って色々と漏れたのかな?」

「……まぁ、そのような感じです」


 察しがいい俺とライン兄さんにルーシー様が少し引き気味だった。


 まぁ、兎も角、かなりの実力差があの二人の間にはあったはずなのだ。数年前まで。


 そして、ユリシア姉さんはここ数年でかなり強くなった。それこそ、死之行進デスマーチで一人前の戦士として扱われるくらいには。


 なのに、反撃できていないとはいえ、ユリシア姉さんの攻撃をある程度防げているのだ。


 ヂュエルさんの成長速度はユリシア姉さんよりも上ということなのか……。

 

 と、そんな事を思っていた時、相変わらずヂュエルさんの守りを崩せていないユリシア姉さんに鋭い視線を向けていたアテナ母さんがポツリと呟いた。


「なるほど。エドガーのせいね」

「……ああ、確かに。それは大きいかも」


 ロイス父さんがアテナ母さんの呟きに納得したように頷く。俺たちは首を傾げ、ロイス父さんがそれに気が付いて補足を入れる。


「ほら、エドガーとユリシアの二人の戦いは対みたいな感じでしょ?」

「対?」

「エドガーは一撃一撃が重く、的確な攻撃。対して、ユリシアな素早い連撃と風狼のような身のこなし」

「ああ。確かに」


 ロイス父さんは俺たち全員が分かりやすいように噛み下して説明してくれる。


「その上、二人とも毎日試合を重ねてるから互いの強みと弱点を補うように成長しているから、互いの強みをそれなりに手に入れているんだよ」

「……つまり、エドガー兄さんは素早さのある連撃と身のこなし。ユリシア姉さんは重く的確な一撃を身に着けているって事?」

「それぞれ、サブスキル見たいなものだね。ベースを補助する感じになっているんだよ」


 ……なるほど。それぞれ強みを持ちつつ、その弱点を補う技術もある。


 というか、あれだ。エドガー兄さんとユリシア姉さん二人が一緒に戦ってようやく完成するような技術を教えたような……


 すると、アテナ母さんが頷いた。

 

「セオ、正解よ。私たちの勝手な願望だけど、将来的にはあの子たち二人で戦って欲しいと思っているのよ。武術だけでなく、魔法。それに、性格とかもね」

「……二人で領主をする的な?」

「さぁ? どうなのかしらね。私たちも勝手にそう思って、教えていただけだから。将来、どうなるかは分からないわ。それに、ラインやセオ、ブラウもいるし」


 ……まぁ、兄妹協力して領地を発展していって欲しいっていうのは、親なら誰でもそう思うか。


 兎にも角にも、エドガー兄さんとユリシア姉さんの戦術が対になっていて、尚且つ似ている部分もあることが分かった。


 けど、なんで、それがヂュエルさんに関係あるだ?


「対だからこそだよ。エドガーの戦いに対して有効なのはユリシアの様な戦い方。ヂュエルくんは学園でエドガーと稽古していた。だから、エドガーに対抗するために、ユリシアの様な戦い方を思いついていてもおかしくない」

「思いついているってことは、ユリシアの動きがある程度読めるってことよ。たぶん、ユリシアの戦い方を知り尽くしたエドガーが色々とアドバイスをしたのよ。ところどころ、そういう光景がヂュエル様の戦いから見れるわ」

「あと、エドガーとの稽古の光景もかなりはっきり分かるし」

「え、何それ」

「どういうこと?」


 戦い方を見ただけで、稽古の様子が思い浮かぶって意味わかんないんだけど。ルーシー様も同様だったらしく、ロイス父さんたちの言葉に困惑していた。


 と、その時、


「ッ、何よ、それッ!」


 苛立ちが多分に含まれたユリシア姉さんの叫びが響いた。

 


 


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