第44話:同じ年頃ではないが、女三人集まってのお茶会:アイラ

 記憶の狭間はざまで何かが、蠢いている気がする。魔力に介入した意識が、どろりどろりと流れているような。


 寂しいな。私の世界は、私だけなんだと……


 蠢く何かが体中に巡り、溢れ、溺れていく。柔らかく、はっきりとしない肉体が食いつくされていく。


 恐怖という、名を知らない感情が体を縛り付けた。多くの温かな言葉と光が、蠢く何かに殺されていくのを感じた。


 けど、お日様の光が蠢く何かを、封印した。影は光と一つなれど、太陽に満たされれば暗闇は薄れ認知できなくなる。


 遠い、遠い昔の話。明瞭な自意識を得る前の、不確実で曖昧で孤独な時代の思い出。


 そして、いつか、彼女に訪れる記憶。












「……んみゅ」


 うつらうつら、アイラは目を覚ます。


 優しい光。あらゆる恵みが濃縮されたかのような、豊かで満たされた光。それでいて、もうすぐ訪れる寂しさを予感するように、ぶるりと震える。


 秋のお日様は、たぶん、こうなのだ。


 バルコニーで昼寝をしていたアイラは、寝起きのぼんやりと心地のよい思考が覚醒していくのと同時に、瞳をゆっくりと開けた。


 アイラだけの、魔力の世界が、認識された。


「ん~~~~!!」


 車いすに座っていたアイラは、体を伸ばす。少し体を左右に動かしたりして、凝り固まった体をほぐしていく。


 後ろで控えていたリーナが、穏やかに言う。


「お目覚めですか? アイラお嬢様」

「……寝起きだからって、揶揄からかってるの?」

 

 穏やかではなかった。少し悪戯をしているかのような微笑みをリーナが浮かべていた。それを雰囲気で察したアイラは、ジト目を向ける。


「お姫様の方が良かったですか?」

「……どうせなら、名前だけで呼んでほしかったわ。寝起きなのだし」

「それは流石に無礼で、わたくしのような身分ではとても」

「……それは冗談で?」


 アイラの視線が少し冷たくなる。リーナは咳ばらいをして、少し周りを見渡した後、言った。


「お昼寝は気持ちよかった、アイラ?」

「ええ、もちろんよ」


 リーナの言葉に、アイラは年相応の女の子のように微笑んだ。


 クラリスからククリ飴を貰った日の、セオに対しての違和感を誤解して理解した翌日の事だった。


 

 Φ



 アイラは忙しい。第三王女として、忙しくしている。


 同じ年頃の貴族の令嬢だって、もう少しは自由奔放にしているだろう。少なくとも、王都住まいの令嬢たちはお茶会のうわさ話に花を咲かせ、近ごろの恋愛小説に読みふけっているはずだ。


 あとは……既にいる自分たちの婚約者とデートをするか、もしくは婚約破棄を検討しつつ、新しい婚約者を物色――こほん、両親の政略的婚約に反抗してロマンスに盛り上がっているだろう。


 まぁ、そこまでいくとアイラよりも数年長生きしている令嬢の話であるが、どちらにせよ色恋婚約等々は、アイラには関係がない話。


 前に姉であるハティアにそのような話をされた気もするが、王族つ色々な政治的なごにょごにょなどによって難しい立場のアイラにそんな話は一切来ない。


 と、思っていたのだが……


「……縁談?」


 忙しくしているアイラの唯一の休息である、クラリスの授業、もとい談話時間。


 アイラは目の前にいるクラリスから出た言葉に、目をしばたたかせた。クラリスは言い難そうに顔を歪めながら、訂正する。


「正確には、十五歳になった後に、縁談を申し込みたいという予約だの。それが、十数近く」

「それは、何ともまぁ、配慮に欠けた……」


 つまるところ、十五歳と同時に政治的ごにょごにょが解消されたあと、第三王女としての立場を目的とした婚約の申し出、という事だ。


 根回し等々により、そういった直接的な思惑は見えないが、どう考えてもそれしかない。


 クラリスが怒ったような、困ったような、申し訳ないような、そんなぜの表情をする。


「儂自身、そんなクソみたいな連中にアイラなんかを渡すものか、と思ってあらゆる手段で断ったが……」

「クラリス様は私の親か何かで?」

「儂はアイラの師匠だが? なんだったら、第二の母として名乗ってもよい」

「……そうですか」


 何の屈託もなく言い切ったクラリスの表情に、アイラが照れる。アイラの後ろで控えていたリーナが、納得がいかないと頬を膨らませる。


「お言葉ですが、クラリス様。自惚れがすぎるかと。第二の母は私であって、クラリス様ではないのです」

「ぬっ! 少し儂よりも長くアイラと一緒にいるからといってズルいぞ!」

「ズルくはありません」


 リーナがアイラをジーっと見る。


 アイラが苦笑いして言った。


「リーナは、そのお姉さまみたいなもので、母ではないと……」

「なっ!」

「ふふんっ! つまり、儂がアイラの――」


 愉悦にリーナを見下ろすクラリス。


「いえ、クラリス様は母というより、祖母と言った方が……」

「なぬっ!?」

「その、お父様の師匠でもありますし、昔の事を良く知っていて、ちょっと友人感覚で話すことができて、色々と応援してくれて、あと甘やかしてくれるので……」

「そ、そんな……」


 儂、見た目は若いのだが。心も常にヤングで、流行りに敏感なのだが……


 言外に年寄りと言われた事がショックだったのか、クラリスは落ち込む。年寄り以外は、かなりのデレた言葉を貰っている気がするのだが、落ち込むクラリスはそれに気が付かない。


 いや、長い耳が少し赤くなっているのを見ると、気づいてはいるが、照れていて恥ずかしいから反応しないようにしているだけらしい。


 兎も角、


「こほん。結局、このお茶会の本題は何ですか? マキーナルト領の収穫祭に出ているはずのクラリス様が、白昼堂々転移で帰ってきたのですし、緊急の事なのでしょう?」

「いや、本題はそれだが。縁談を断ったというのを思い出して、一応伝えておかねばと思ってな」

「え?」


 アイラは少し目を丸くする。そのためだけに、伝説級の魔法である転移魔法を使って王都に帰ってきたというのか。


 クラリスは続ける。


「いや、まぁ、そもそも今、あっちに居づらいのもあるのだが……」

「居づらい? 収穫祭が嫌なのですか?」

「それは違う。楽しいぞ。なんなら、お主もくるか? 最終日なら人が溢れておるし、酒が入ったり、若者たちがダンスをしたりと、お主の一人や二人いたとしても気にされないだろうしの」

「二人いたら困りますが……けど、ちょっとだけそのダンスを見てみたいですね」

「なら、ちょっとだけ転移で連れてってやろう」


 クラリスはリーナをチラリと見た。リーナは仕方なさそうに頷いた。


 話を戻す。


「それでだ。先ほどの縁談話を思い出したのにも関わるんだが、ユリシアが阿保をやったんのだ」

「ユリシアと言いますと、あのマキーナルト家長女の」

「うむ」


 クラリスは遠い目をする。


「儂は参加しなかったのだが、昨日、バールクの娘とシュークリートの息子がロイスとアテナの指導を受けたいと言ってな、ちょっとした稽古があったのだ」

「ルーシー様とヂュエル様がですか?」

「うむ。ユリシアたちも交えてその稽古が行われたのだが、最後に魔法の実践試合をしての」

「はぁ」


 話の流れが分からず、気の抜けた声を漏らすアイラ。ルーシーは少し何かに思い当たったのか、少し目を細めてクラリスに尋ねる。


「傷物にされたと?」

「それは言い過ぎだ。というか、シュークリートの息子は何もしておらん」

「……どういうことですか?」


 アイラが首を傾げる。


「つまりの、ユリシアとシュークリートの息子が試合をしたのだ。しかし、ユリシアの奴、シュークリートの息子に負けるのがそんなに嫌だったのか、自爆魔法を使いおっての」

「自爆魔法と言いますと、主に火炎系の……?」


 アイラが驚いたような、引いたような表情をする。クラリスはその表情に同意する。


「稽古なのに、〝炎舞鎧〟を纏いおったんだ。それで火傷を負っての。直ぐにロイスとアテナが処置をしたから、大事はなかったんだが……」


 クラリスは遠い目をした。


「アテナは昔、自爆魔法で失敗したからの、自爆魔法に使用に関して子供達に口酸っぱく言ってたのだ。だから、それは凄く怒っての。あやつ自身、苦渋の決断だったと思うのだが、火傷痕を少し残したのだ」

「ッ、それは!」


 リーナが酷く驚いた表情をする。アイラは魔力の世界を見ているため、あまり見た目にはこだわらないが、リーナは知っている。


 火傷痕がある令嬢がどんな苦労をするかを。


「たぶん、あと二年もすればアテナも痕を消すだろうて。母親だしの。もちろん、ユリシアには治せるという真実は伝えておらん。そこも母親だからの」

「……そういうものですか」

「うむ。飴と鞭みたいなものだ。それでだ。ユリシアも、普段はかなり無頓着だが、顔に火傷痕が残ったのはショックだったらしくての、部屋に引きこもったのだ」

「はぁ。それで、結局、縁談話と何の関係が?」


 アイラは意外と、こういう話には鈍いらしい。


 クラリスはアイラに言った。


「つまるところだ。シュークリートの息子が責任を感じて、ユリシアに婚約を申し込んでの。しかも、ユリシアはそれを直ぐ・・には断らなくてな。それで、今度はロイスが大暴れだ」

「……何ともまぁ」

「……?」


 リーナが頭痛が痛いと言わんばかりに頭を抑えた。クラリスも同じような表情をしていた。


 しかし、アイラだけはピンときていないのか、コテリと首を傾げていた。


 どうやら、アイラは忙しさや政治的な難しさうんぬんに関わらず、そういった色恋等々にはまだ早いらしいのだった。






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