第40話:暑くなってきたので、少し寒さを:the Jealousy and the disappointment

 朝日がそれなりに高く昇り、汗ばむほど気温が上がってきた。


 そんな中、俺とライン兄さんが対峙する。模擬戦だ。一番最初は、俺とライン兄さんの模擬戦で始まるようで、審判はヴィジットさんが担当する。


 ロイス父さんは俺たちの模擬戦を使って、ルーシー様やヂュエルさんに解説をするらしい。


「ここ最近、セオには勝ててないからね。今日こそ勝たせてもらうよ」

「それは無理だと思うよ」

「その驕りがいつまで続くかな?」


 ライン兄さんは手首を器用に捻り、木製のタルワールをクリクリと回転させる。その回転がいかにもそれ・・らしく、まるで舞台を見ているかのようだった。


 ……使ってるな。


 ライン兄さんは芸術に対してあらゆる補正が掛かる能力スキルを保持しており、『模擬戦という舞台で俺に勝つ役を演じている』と思い込むことで、その能力スキルを適用させているらしい。


 相変わらず理解はできないが、これで魔法の適性や運動能力とか反射速度とかがかなり上がるから、卑怯と言う他ない。


 まぁ、それでもここ一年近く、ずっと俺が勝ってるんだけど。


 そんな俺の心の自慢が聞こえたのか分からないが、ライン兄さんがむっと頬を膨らませ、ヴィジットさんを見る。


「ヴィジット様、早く開始の合図を。弟の鼻っぱしを一刻も早くおらなければならないので」

「できるの?」

「もちろん、できるともさ」


 キザったらしい口ぶりのライン兄さん。ますます、役に入り込んでいる。そしてライン兄さんのそんな事情を知らないヴィジットさんは戸惑っていたが、こほん、と咳払いをして、片手を下げる。


「これより、ラインヴァント殿とセオ殿の模擬戦を始める。両者、構え!」


 俺は二つの木製の短剣を逆手持ちで、ライン兄さんはタルワールを大げさに構える。


 そしてヴィジットさんが両手を上げる。


「開始!」


 ライン兄さんと俺は同時に動く。


「〝風縫い〟」

「甘い」


 ライン兄さんがタルワールにしなる風の糸を巻きつけると、鞭のように振り降ろし、風の糸を俺に向かって走らせる。しかも、蛇のように素早く蛇行して迫ってくる。


 俺はお得意の〝魔法殺し〟で迫りくる〝風縫い〟を消す。


 が、ライン兄さんは焦る様子もなく、キザったくフッと笑い、タルワールを下に振り降ろす。


「風よ、踊り狂え――〝犯気乱〟」


 すれば、大きな風が発生し、土埃が舞い上がり、辺り一面を覆う。


 ……たぶん、風魔法と同時に土魔法も使って土煙を大きくしたな。あと、『風よ、踊り狂え』なんて詠唱、〝犯気乱〟にはなかったよな。


 と、思いながら俺は舌打ちをする。


「チッ。目隠しか」


 今日はルーシー様やヂュエルさんがいるため、魔術は使えない。なので、俺が土埃を晴らすことはできない。ライン兄さんもそれが分かっているのだろう。


 俺は“魔力感知”と“気配感知”に意識を集中しつつ、ライン兄さんの急襲を警戒する。


 ……やっぱり、しっかりと隠密してるか。


 “隠者”を持っている俺ほどではないが、ソフィアの訓練のおかげでライン兄さんも気配や魔力を隠すのが上手だ。


 しかも、土魔法を利用したデコイを演習場全体にかなりの数作っており、ライン兄さん本体を探すのが大変だ。


 けれど、ライン兄さんの魔力は俺が一番よく知っている。


 だから、


「そこっ!」

「やっぱりバレるんだねっ!」


 俺は〝魔力弾〟を五つ、射出する。すると、〝風壁〟という風魔法のバリアが現れ、〝魔力弾〟を吹き飛ばす。ついでに、周りを覆っていた土埃も吹き飛ばし、俺はライン兄さんの姿を視認することができる。


 俺はその瞬間、身体強化で一気にライン兄さんに接近し、左足を軸に逆手に持った右手の短剣を振りかざす。同時に、〝魔力弾〟を三発、ライン兄さんの頭上に作り出し、射出する。


 それには、審判をしていたヴィジットさんや観戦していたルーシー様たちが驚いたようにどよめくが、しかしライン兄さんは読んでいたと言わんばかりにフッと笑う。


 ライン兄さんは見るもの全てを魅せるような美しいステップをした。まるで、周りがスローモーションになったかのように感じる。


 そして何より、驚くべきなのは、それ。俺の振り降ろした短剣も放った〝魔力弾〟も予め避けられる事が決まったかのように、ライン兄さんに当たらなかった。


 殺陣のようなものだ。


 ライン兄さんは俺の攻撃を一種の事前に決まった動きとして捉えることにより、あり得ないほどの回避を可能とするのだ。


 が、それ自体は普段ライン兄さんと模擬戦をしている俺は理解している。間髪入れず、踏み込んだ右足を軸に、左手に持った短剣を振りかざす。


「シッ」

「まだまだっ!」


 ライン兄さんは少し苦しそうな表情をしながらも、器用に手首を捻ってタルワールを立たせ、俺の短剣を受け止める。


 シャンっ!


 俺の短剣もライン兄さんのタルワールも訓練用なので、木製だ。金属なんて一切使っていない。


 なのに、まるで鈴のような美しい金属音が響いた。


 ……ライン兄さんの演出である。風魔法を使い、意図した音を鳴らしているのだ。ちなみにかなりの高等技術である。


 つまりそれだけ余裕があるということ。少し苦しそうな表情をしていたが、それは演技だろう。


 っというか、そんな余裕をこいているからいつも負けると思うのだが。それに、演技しているのが分かるから、少しムカつく。


 そう考えながら俺は両手に持っていた短剣をライン兄さんに投擲する。


「なっ」


 流石にこの場面で武器を投げつけてくるとは思わなかったのか、ライン兄さんは驚き、後ろに三歩下がりながらタルワールで慌てて短剣を弾く。


 俺はその隙に〝魔力糸〟を射出し、ライン兄さんを〝魔力糸〟で縛り上げる。


 ライン兄さんが苦々しく唇を噛みしめる。


「くっ」

「暴れても無駄だよ」


 ライン兄さんはどうにか身体に巻きついた糸を切ろうと暴れるが、俺の魔力で作った糸だ。強度はかなり高い。


 俺はヴィジットさんの方を見る。


「ヴィジットさん。俺の勝ちで――」

「まだだよ! 僕は降参してないし、まだ、これでも魔法を使えるよ!」

「ッ」


 ライン兄さんが風を圧縮した弾丸である〝風弾〟を俺に放つ。もちろん、俺は直ぐに反応して魔力を実体化させた防壁、〝無障〟を発動してその弾丸を防ぐ。


 そして俺は縛られてもなお諦めない強情なライン兄さんに溜息を吐き、魔力の剣を作り、ライン兄さんに近づく。


 そして俺を睨んでいるライン兄さんにギリギリ当たらないように魔力の剣を振り降ろす。こうすれば審判のヴィジットさんによって強制的にライン兄さんが負けたと判断されるだろう。


 と、思った瞬間、ライン兄さんがニィッと笑った。


 そして、


「ッ!!」


 俺は恐怖と嫌悪感に声にならない悲鳴を上げる。


 手だ。土魔法で作ったと思しき、二十近い〝土の手〟がいつの間にか地面から生えてきて、俺の手足を掴んだのだ。そして土魔法で柔らかくなった地面に俺を引きずり込もうと、引っ張ってくる。


『ヴぉおおおおぉぉぉおおぉお~~~~』


 しかも、なんか風魔法だろうけど、おどろおどろしい音が耳元で響くのだ。心の底が冷え切るような音。というか、声。


 さっきまで汗ばむ暑さだったのに、もう冬並みに寒気を感じる。鳥肌が立ちまくり、冷や汗が吹き出る。


 もう、こう、あれだ。先ほどのユリシア姉さんが背中に生やした魔力の腕など比較にならないおぞましさだ。


 怪談とかのお化け以上に怖い。


 俺は予想だにしなかった攻撃にパニックに陥る。正直、〝魔法殺し〟を使う余裕すらない。


「何、これっ!!?? 死ぬっ!? ひゃあああ~~!! 俺、美味しくないから! 引きずり込まないでっ!!」


 恐怖に陥った俺は、体中にあるありとあらゆる魔力を放出して、〝土の手〟を消し去ろうとする。


 だが、膨大な魔力で無理やり〝土の手〟を消しても、どこからとめどなく〝土の手〟が溢れてきて、俺の身体を掴むのだ。


 なんでだ!! 今、俺の膨大な魔力がここ一体を埋め尽くしていて、ライン兄さんが魔法を発動できる余地なんてっ!!


 いや、すで発動していたんだ! 


 あの時! ライン兄さんが土埃を巻き起こしたときのデコイだっ!!


 あれがそもそもが偽装! あれはライン兄さんのデコイ欺瞞であるとともに、〝土の手〟のデコイ欺瞞でもあったんだ! 


 俺はあの時、デコイの数が多すぎて注意が散漫になったのと、ライン兄さんの魔力自身に注意を向けすぎたんだ!


 心の奥でそう分析しながらも、地面へと引きずり込もうとする〝土の手〟に俺の精神は恐怖で制御ができない。


 そして〝土の手〟が湧き出なくなったころには、使い切れないほどあったはずの俺の魔力が尽きていた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……助かったぁ」


 俺は息が絶え絶えとなる。味わった恐怖にガタガタと震え、久しぶりに魔力を使い切った事により味わう倦怠感に指一本動かせない。


 そしていつの間にか〝魔力糸〟の維持も切らしてしまったらしく、いい笑顔のライン兄さんがタルワールを俺に突きつけ、笑う。


「セオ。僕の勝ちでいいよね?」

「……クッ」


 俺は悔しそうに顔を歪めた。そして観戦していたロイス父さんたちがドン引いた様子でライン兄さんを見ていたのだった。








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