第39話:悩む父:the Jealousy and the disappointment

 これで、ユリシア姉さんの魔法を放てない問題は解決。


 と思ったのだが、ヂュエルさんを指導していたロイス父さんが呆れた表情を浮かべ、こっちにやってきた。ヂュエルさんも一緒で、苦笑いを浮かべていた。


 ユリシア姉さんが警戒した様子を浮かべ、ロイス父さんたちを睨む。


「何よ。これでもいいんでしょ?」

「……あんまりよくないんだよね」

「そうなの?」


 俺は首を傾げる。


 ユリシア姉さんは実際の所、剣士だ。基本、武術と肉体を駆使して戦う人間なので、魔法もある程度使えればいいと思っている。


 魔法を放った後、任意に軌道を変える事はできないが、狙った所に魔法が放てればそれで良しだ。


 そう考えたのだが、ロイス父さんはまるで審問するかのように淡々とユリシア姉さんに尋ねる。


「ユリシア。僕との戦いの中で、その魔力の腕を生やす魔法を維持できる?」

「れ、練習すればできるわよ!」

「じゃあ、身体強化と同じ練度で、並列にこなせる自信がある?」

「……あ、あるわよ」


 ユリシア姉さんは少し言い淀む。それを見てロイス父さんは顎に手を当てて少し考え込む。そしてヂュエルさんの方をチラリと見ていった。


「じゃあ、ユリシア。後、少し時間を与えるからヂュエル殿に勝てるくらい練度に仕上げてみなさい」

「うぇっ!」

「それができないなら、普通に魔法の習得をしてもらう。いいね?」

「わ、分かったわよ!」


 ロイス父さんの恐ろしい笑みにユリシア姉さんは一瞬たじろいだが、直ぐに頷く。それから周りが見えていないほどの集中力に入り、練習していく。


 俺はその様子に溜息を吐いているロイス父さんに胡乱な目を向ける。


「何もあんな物言いをしなくていいと思うんだけど。ユリシア姉さんがせっかく達成感を掴んだのに、あれじゃあ哀しいじゃん」

「分かってるよ。僕もできれば、褒めてあげたかったんだ。けど、あれは、危険があるから」

「危険?」


 俺が首を傾げる。すると、ロイス父さんの隣にいたヂュエルさんが教えてくれる。


「ロイス様の武勇の一つに、とある豚鬼オークとの戦いがあるのだ」

豚鬼オーク?」

「ああ」


 俺たちはロイス父さんやアテナ母さんの武勇をあんまり知らない。ロイス父さんたちが恥ずかしがって教えてくれないし、この街にいる冒険者たちもロイス父さんたちに口止めされているのか、教えてくれない。


 だから、俺は少し目を輝かせる。チラリとロイス父さんを見やれば、複雑そうな表情をして口を噤んでいる。


 ヂュエルさんが続ける。


「その豚鬼オークは北東に位置するルーロ王国のある街を支配したのだ。それをロイス様やアテナ様パーティーが倒し、街を解放したのだがな」

「へぇ、そんな話があったんだ。それで、それがユリシア姉さんの腕を生やすのと何の関係があるの?」


 俺の質問にヂュエルさんは少し言いづらそうにしながら、答えた。


「消えなくなるのだ」

「消えなくなるって……魔力の腕が?」

「うむ。その豚鬼オークは今のユリシア殿と同じように魔力の腕を生やしていてな。しかも、ユリシア殿よりも多い十本もだ」

「そりゃあ、凄い」


 それだけの腕を操るとなると、かなりの思考を割かなければならないし、それだけの実力を持っていたのだろう。その豚鬼オークは。


 けど、消えなくなるっていうのは……


「セオ殿が考えている通りだ。魔力の腕を生やし、高い練度、それこそ体の一部として扱えるまでになると、どういうわけか、それが消えなくなってしまうのだ。魔力が尽きたり、死んだりしてもだ。理由は分かっていないがな」

「え、分かっていない? ってか、魔力の腕なのに、魔力が尽きても消えないっておかしくない?」


 俺はチラリとロイス父さんを見やる。ロイス父さんはこほん、と咳払いをして俺の疑問に答える。


「僕たちが言う魔力が尽きるっていう状態は、生命活動以外で使われる魔力を使い切った状態を言うんだ。つまるところ、魔力はまだ体内にあるんだよ」

「ああ、確かにそうだった。俺たちが普段使っているのは生命活動に必要な魔力以上に生成された魔力を使っているに過ぎないんだよね。まぁ、あまりものを使ってる感じだよね?」

「うん。あってるよ」


 ロイス父さんが頷く。また、ヂュエルさんは始めてこのことを聞いたのか、驚いた表情をしていた。


 俺はロイス父さんに小首をかしげる。


「魔力の腕を維持できるほどの魔力が残っている理由は分かったよ。でも、そもそもなんでその魔力の手が生命活動の一部と認識されてるの? そうじゃなきゃ、魔力が尽きても消えないっておかしいでしょ? ってか、もっと不思議なのは死んでも消えないってことなんだけど」

「それら全ては、魔力の腕が本当の意味で、魔力の腕が身体の一部になるって考えればわかるよ。僕たちだって、魔力が尽きたり死んだりしても体は身体は消えないでしょ?」

「そこが分からないんだけど。魔力の腕って結局、魔法じゃん。なんで、魔法が肉体になるの?」


 魔法は魔力というエネルギーと媒質を使って、法則などに干渉し疑似的に現象を引き起こしたりする事だ。


 本当に体となるわけが……


「あれ、確か生命に干渉するヤバい魔法があったっけ? 自分の身体を作り変えるとか、そんな感じの……」

「それだよ、セオ。それはおとぎ話の魔法だけど、魔力は思念に影響されるからさ。それが『身体』だと強く認識してしまうと、本当に『身体』になるんだ。その究極が獣人族の耳や尻尾だったりするんだよ。彼らは長い年月をかけて人族が獣の耳や尻尾を持ちたいと願い、反応した結果なんだよね。他の種族もそうだよ。妖人族は違うけどね」

「えっ!?」

「はぁっ!?」


 俺とヂュエルさんが酷く驚く。


 え、マジで!?。獣人族とかって、人族が魔法で進化……というよりも変化した種族なの!?


 腰を抜かすほど驚く俺たちの様子にロイス父さんは苦笑いする。


「もちろん、他にも色々な要因はあるよ。獣などの魔力が多く混じっていたとか、神々による補助があったり。けど、魔力で形作った何かを肉体に接続するのは、そういう危険を孕んでいるんだよ」

「……そうなんだ」


 驚きとかで感情が迷子になっているが、ロイス父さんがユリシア姉さんにあんな物も言いを理解はできた。


 ユリシア姉さんは頑固だし、一度無理だと突きつけた方がいいのだろう。


 と、思っていたら、ロイス父さんが少し怖い顔で言った。


「僕としては、ユリシアには強くなってほしいんだよ。戦いの道に進むなら、強くて損する事はない。というか、強くないと理不尽に死ぬだけだから」


 ひゅっと少し息を飲む。ロイス父さんの言葉が末恐ろしく感じる。けど、それも一瞬。ロイス父さんは柔らかな苦笑いを浮かべた。


「けど、流石に背中から腕が生えている女性にはなってほしくないからね。将来、色々と困りそうだし」

「まぁ、それは確かに……」


 一生背中から腕を生やし続けているっていうのは、うん、アレだな。流石に父親として嫌だもんな。


 そしてロイス父さんはヂュエルさんの肩に手を置いた。


「だから、ヂュエル君。頼んだよ?」

「え、いや、流石にそれは!? 俺、数年前にあいつに一方的に負けてっ! いや、確かにその後心機一転して修行に励みましたがっ!」


 ユリシア姉さんの未来がヂュエルさんに掛かっていると言っても過言ではない。それを自覚するからこそ、ヂュエルさんは物凄く焦る。


 しかし、ロイス父さんはニコリと笑う。


「大丈夫。今回は魔法ありの試合だからね。僕がさっき注意した事を意識して戦えばヂュエル君でも問題なく勝てるよ」

「い、いや、それは!」

「それに、ユリシアは対人戦はそこまで得意ではないから。君がこれまで学んだ戦術をしっかり生かせば問題ない。自信を持ちなさい」

「は、はい……」


 どうやっても逃げられないと悟ったヂュエルさんは少し諦めたように頷いた。が、ロイス父さんに後押しされた事は嬉しかったらしく、緊張と興奮と喜々が混じったような表情をしていた。


 ……大丈夫かな?







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