第37話:環境が環境なので、素で忘れることがある。:the Jealousy and the disappointment

「とはいえ、ヂュエル様が仰ったように、魔力量で魔法を防いでいる魔物もいるわ。けど、それに対しても精密な魔力操作によって魔力密度を上げる事で対処できる」


 驚愕するルーシー様やヂュエル様にアテナ母さんは言った。


「魔力操作。これが魔法、いえ、能力スキルにおいても最も重要なのよ。逆に言えば、これさえあれば、魔力量がいくら少なかろうが、属性適性がいくら無かろうが、原理的にどんな魔物にもでも勝てるわ」


 アテナ母さんはそう締めくくる。


 そして驚きに呆然としていたルーシー様が思わずと言った様子で、アテナ母さんに尋ねた。


「な、何故、そこまで分かっているのに、その事実を公表しないのですかっ?」

「したわよ。十数年前くらいに、キチンと論文として。ちょうど、死之行進デスマーチの前だったかしら? ただ、属性適性や魔力量が魔法の二強才能と謳われていたからね。あまり広がらなかったのよ。それに、高位の冒険者とかだと経験的にそれが分かるものだし、ヴィジット様やクシフォス様も薄々気づいてはいるのでしょう?」

「え、ええ。確かに。若い頃、死之行進デスマーチで出兵した事があるので、その時、共に戦った者たちとの会話で」

「わ、私も父からそのような事を言われ……」

「でしょ?」


 二人とも微妙な表情で頷いていた。たぶん、経験的には気が付いていたけど、社会的に魔力操作よりも属性適性と魔力量が強く謳われ、それに関する論文とか理論とかも多かったから、確信はなかったのだろう。


 二人の様子に頷いたアテナ母さんは、「この街の住人なら大抵理解していると思うわよ?」と続けた。


 ルーシー様とヂュエル様が愕然としていた。


「お、お父様はそのような事、一つも……」

「父上は何も……」


 そういえば、ルーシー様の家であるバールク公爵家って強い魔法の才能を持つ公爵家だったけ?


 それにヂュエル様のシュークリート侯爵家も、騎士としてかなりの武功のある家柄だったはず。


 たぶん、なのに二人とも家の者から教えてもらえなかったことに、驚愕と少しの失望みたいなのがあったのだろう。


 それに対してヴィジットさんがフォローする。


「ルーシー殿もヂュエル殿もあまり気を落とさぬように。風潮が風潮ですので、あまり伝えたがらない事も多いですし。かく言う私も、それを知っていた父から教えてもらっていませんでしたから」


 ……いつの間にか、暗黙の了解みたいなのになってるのかな?


 今は違うが、昔はこの国の貴族は死之行進デスマーチで出兵することになっているから、その時に気が付け的な?


 でも、魔力操作の練習をした方が、死ぬことが少なくなるし、広めようと思った人はいるとは思うんだけど……


 あ、いや、貴族はいわゆる魔法権威で成り立っている部分もあるし、死之行進デスマーチの際、貴族が真っ先に矢面に立つのもそれが理由だ。


 魔力操作は練習でどうにかなることも多いし、一応才能的な部分もあるが、アテナ母さんがいうには遺伝的なものではないらしいし。


 だから、もし魔力操作という権威が生まれるとなると、貴族の優位性はもちろんのこと、国民に対しての精神的な安定性も少なくなる。


 死之行進デスマーチの時、貴族が真っ先に矢面に立ち、戦ってくれるからこそ、平民たちは安心してその後についていき、共に戦うことができる。


 特に災害に立ち向かう上では、不安というのはかなりの厄介ものだし、自分たちが矢面に立たなければならない、という可能性より、非常時は誰かが矢面に立ってくれるというのは大きいはずだ。


 …………う~ん。難しい話しだ。


 けど、これから俺は魔術を普及させようとしている以上、たぶん、ここにぶつかる気がするんだよな。


 いや、魔術だけじゃなくて、魔道具もだ。実験はかなり行い、それなりの成果だったり、法則とかも発見しているが、それを発表していない。


 地球という歴史を知ってるからこそ、少し躊躇ってしまうのだ。


 それにロイス父さんやアテナ母さんだって、いつまでもマキーナルト領にいるわけにはいかない。その場合、死之行進デスマーチ、つまりアダド森林に張っている結界がどうなるか。


 それまでに、国民全員が死之行進デスマーチに対して強い対抗手段を持ち、また不安などに対しての強いシステムを築けるかという不安もある


 俺自身、表舞台に出たいとは思わないけど、ここら辺はどうにかしたいんだよな、とは思ってる。


 それに、彼女の事も……


 そんな事を考えていたら、アテナ母さんが俺の肩を揺さぶってきた。


「セオ! 聞いてるの!? セオ!」

「うぇ? アテナ母さん、どうしたの?」

「どうしたの? じゃないわよ。呼んでも全く反応しなかったんだから」

「あ、それはごめんなさい」


 心配そうに眉を八の字にしたアテナ母さん。俺は少し申し訳なくなる。


 それから周りを見れば、ルーシー様たちが、無属性魔法、〝描光〟で空中に、幾何学模様の絵を描いていた。どうやら、ロイス父さんが幾何学模様を空中に描き、ルーシー様たちにそれを真似させているらしい。


 俺は首を傾げる。


「何をしてるの?」

「何って、魔力操作の練習よ」

「ああ、なるほど。確かに〝描光〟は魔力操作の練習にはなるか」


 そう言いながら、俺は更に首を傾げる。


「けど、あれじゃない? 〝描光〟より〝魔力糸〟で編み物した方が、練習になると思うんだけど。空中への固定化がないから、その分常に自分で魔力を空中で安定しなきゃいけないし」


 俺の言葉にアテナ母さんはやれやれと溜息を吐いた。


 なんか、ムカつく。ジト目をアテナ母さんに向けると、アテナ母さんは顎に手を当てて、それからルーシー様の方へと歩き始める。


 俺は無言でそれについていく。


「ルーシー様。少しよろしいかしら?」

「……分かりました」


 ルーシー様は〝描光〟の行使をやめ、アテナ母さんに振り返る。アテナ母さんはルーシー様に頼む。


「ルーシー様は〝魔力糸〟は使えるかしら?」

「〝魔力糸〟というと、これですか?」

「ええ、それよ」


 ルーシー様は透明に近い紫の魔力の糸を指先から放出した。アテナ母さんは頷き、それから自分も翡翠の魔力の糸をいくつも指先から放出して、それを器用に動かして編みこみ始めた。


「これはできるかしら?」

「ッ……できるかと思います」


 綺麗に編みこまれ、蝶の刺繍を空中に作り出したアテナ母さんを見て、ルーシー様は大きく息を飲む。


 それから、ギッと歯を食いしばるような表情をし、アテナ母さんの真似をし始める。


「クッ」


 ただ、上手くいかない。途中で〝魔力糸〟がほつれたり、切れたり。何度も失敗する。


 その度にルーシー様の表情はどんどんと険しくなっていく。


 それを見て、アテナ母さんはルーシー様を止める。


「ルーシー様。もう十分よ」

「ッ、しかし」

「焦ることはないわ。〝魔力糸〟の編みこみは難しいもの。今日、初めてやってそこまでできた方が上出来よ」

「ッ」


 ルーシー様は悔しそうに下唇を噛んでいた。


 ……そうなのか。あれってかなり難しいのか。アテナ母さんとか、普通に街の人たちがやってるから簡単だと思ってたんだが……


 あれ? もしかして、魔術ってかなりの難易度になるのでは?


 だとすると、猶更魔力操作の訓練を小さい頃から……いや、なら、玩具として遊びながら魔力操作を習得できた方がもっといいのでは……


 今度、そういう魔道具を作ってみるか。


 そこまで考え、俺はアテナ母さんを見上げた。アテナ母さんは俺に頷く。


「分かったでしょ? 〝魔力糸〟は難しいのよ」

「うん」


 そのやり取りを見て、ルーシー様は息を飲んだのだった。





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