第35話:近くでガチで叫んでいる人がいると、純粋に楽しめない:Harvest festival 2

『おぉっと! 飛び出したのは第二レーンのオーフィドッスク! グングンと他の兎たちを離していく!』


 スタートダッシュで、第二レーンの茶色の兎、オーフィドッスクが一気に飛び出た。予測していなかった飛び出しに俺とフレガーが思わず立ち上がり、叫ぶ。


「グレホリングス!! 走れ!! お前なら行ける!」

「勝負しろ! お前の能力なら勝てる相手だぞ!!」


 第三レーンの真っ白な兎、グレホリングスを必死に応援する。それに感化されたのか、フレガーに肩車してもらっていたオルも叫ぶ。


「グレなんとか! 頑張れ、頑張れ!!」

「そうだ! そこだ! お前なら抜ける! 第三コーナーが勝負だよ!! 刺せ! 刺せ! 魔力を吹き上げろ!!」

「並んだッ。後は直線だけだッ! お前の得意分野だろ! 抜け! 抜け!! 抜くんだッッ!!」


 拳を握りしめながら、叫ぶ俺たち。周りにいた大人たちも最後の直線に入ったことで、立ち上がり思い思いに叫ぶ。


「イエローマックス!! 今なら抜き返せる!! 俺に勝利をくれ!!」

「いけ、いけッ!! そこだ!」

「ああ!! お願いだ! 勝ってくれ!! じゃないと、カミさんに怒られる!」

「駆けろ! お前なら勝てる!! お前の凄さは俺らが一番よく知ってるんだ!! さぁ、走れ!!」


 男性たちの怒声。


「そこよ! そこ!! 私の可愛いルーナリルブス!! 一番になって!!」

「可愛い! 可愛い!! ふわふわ!!」

「勝つんだよ!! オーフィドッスク!! あたしの全財産をくれてやったんだから、勝ちな!!」

「モコモコ!! モコモコ! 尻ぃッ!!」

「両足に力入れてよ! ほら、アナタなら勝てるわ!!」


 女性たちの叫び声。ところどころ、全力で走るモコモコ兎たちの可愛さにやられてのか、悲鳴も混じっているが。


 そして、判断がつかないほどの同時にオーフィドッスクとグレホリングスがゴールに飛び込んだ。


 皆が、一斉に三人の審判を見る。微妙な時は、審判が咄嗟の判断で、先のゴールした方の旗を上げるのだ。


 上がったのは赤の旗。つまり、レーンの数字が高い方。


 つまり!!!

 

「よっしゃああああ!!!!」

「これで五連勝だぜ!!!!」

「うぉ、おおぉぉっぉぉぉおおお!!!」


 一番賭けてベットしていた本命のグレホリングスが勝ち、俺とフレガーが全力でハイタッチする。オルが白熱したバトルに興奮していた。


「よくやったぁぁぁ!!! グレホリングスぅぅぅ!! 凄いぞ!!!」

「見ろよぉぉ!! 大穴だぞ!! 三―二の大穴だぜぇぇ!!!」

「よ、よかったぁぁあ!! これでカミさんにどやされない!!!」

「く、クソォォォォォォォッォ!! お、俺の金がぁぁぁぁぁ!!」

「いやぁぁーーッッ!! これから一ヵ月どうやって過ごせばいいのぉおぉ!!」


 そしてまた、周りの人が勝利の悲鳴や絶望の叫び声を上げたりと一瞬にして騒がしくなる。


 しかし、それも十数秒。


 パンッと大きな音がなると同時に、泣き叫んだり勝利の踊りをしていたり思い思いだった観客全員がスンっと席に着き、静かになる。


 兎たちは大きな音に弱い。


 レース中とレース後の十数秒間は防音の結界を張るが、それが長く続くと逆に兎たちは周囲の音が聞こえないことにストレスを感じ始める。


 結果、そのストレスが感じる直前。だいたい、レース終了から十三秒前後。


 その間だけ、観客は思い思いに叫ぶ事が許されるのだ。その後は小さな話し声なら許されるくらい。


 ちなみに、それらのルールが守れない者は一流冒険者ですら顔負けの凄腕警備員(普段は農業に従事しているおっさんたち)が、全力で追い出す。


 なので、ここにいる人たちは全力でルールを守り、楽しむことができる人たちなのである。


『では続いて、今日最後の第八レースを始めます」


 そして最後のレースが始まり、結局俺とフレガーはぴょんぴょんレースでそれぞれ大金貨三枚を稼ぐことができた。


 ちょっとした大金持ちだぜ。



 Φ



「じゃあ、ユリシア姉さんとルーシー様はちゅうちゅうレースも見ていくんだね」

「ええ。こっちはさっきみたいにうるさくないでしょ?」

「まぁ、ハムスターみたいなのを走らせるだけだからね。賭けもかなり制限されているし」


 もともと、ぴょんぴょんレースやちゅうちゅうレースは自分が育てた相棒の従魔の凄さを披露するために行われている。


 なので、ぴょんぴょんレースを走った兎たちは可愛らしい見た目をしていても、アダド森林の魔物と戦えるほどの実力を持っている。


 対して、ちゅうちゅうレースを走る鼠たちは、戦う事よりも斥候だったりとサポート面で育てられた従魔だ。


 そのため一応、走る速さを競ってはいるが、鼠の従魔としての趣旨は外れるため、いわばぴょんぴょんレースが終わった後の、お遊びというか。


 ぴょんぴょんレースのガチさについてけない人たちなどが主な観客なので、賭けもそうだし、勝負もかなり可愛らしいものとなっている。


 つまるところ、障害物競争にも近く、ハムスターにも似たモコモコとした鼠たちが穴をくぐったり、ピーナッツを食べたり、そうやってゴールまで走るのである。


「フレガーはどうするの? あの紙を見た限りだと、ちゅうちゅうレースはあまり興味ない感じだけど」

「俺か。俺はな……」


 そう言いながら、フレガーはユリシア姉さんの隣にいたルーシー様を見やった。その両手は、主に大銀貨や小銀貨などのお金が沢山入った袋を抱えていた。

 

 ルーシー様も俺たちほどではないが、それなりに勝ったらしいのだ。っというか、勝率は俺たちとほぼ同じ。


 ただ、ルーシー様はお金を稼ぐ気でやったわけではなかったので、賭け金が少なく、貰った額が俺たちよりも少なったのだ。


 ………………なんか、落ち込む。


 必死に色々な能力スキルを使ってまで勝とうとした俺たちとほぼ同じ勝率を叩き出し、しかもルーシー様はお金を持っても困ります、といった表情をしているのだ。


 俺がそんな事を考えていたら、フレガーが俺の先ほどの質問に答えた。


「俺は嬢ちゃんたちと一緒にちゅうちゅうレースを見ていくわ」

「あ、そうなの?」

「ああ。ほら、危ないだろ?」

「ああ、確かに」


 ルーシー様が抱きかかえていたお金の額を考え、俺は頷く。


 まぁ、この街で窃盗を行う様な馬鹿はいないと思うが、用心するに越したことはない。


 それが分かり、ルーシー様がフレガーに申し訳なさそうに眉を八の字にする。


「お言葉は嬉しいのですが……精霊様の手を煩わせるわけにも」

「人間の嬢ちゃんが遠慮する必要はないぞ。大体、俺の勝手でやることだしな」

「そうよ! ルーシー! どうせ、暇しているおっさんなんだから!」

「お前、本当にいらん事言ってくれるな!?」

「いいじゃない。だって、こないだ勝ったんだし」

「チッ」


 フレガーが嫌そうに舌打ちした。つまり、本当に勝ったらしい。


 ユリシア姉さんの言葉に俺とルーシー様が驚く。


「か、勝ったって……」

「試合よ。父さんたちの結界の元である程度全力の戦いをしたのよ。んで、勝ったわけよ!」

「ま、まさか……」

「知らなかった……」


 いつ、そんな試合なんてしたんだろ。


 まぁ、けど、ユリシア姉さんがフレガーに対して強気な理由を理解した。


 と、俺たちの会話がつまらなかったのか、オルが俺の手を引く。


「なぁなぁ、セオ! なんか、あのしょうぎ? とかの大会があるんだろ! 爺さんがお菓子いっぱいくれるやつ!」

「それはお前だけよ。あの人、なんだかんだいって甘やかしてるんだから」


 俺はエルフの爺を思い出し、溜息をついた。


「じゃあ、俺は将棋大会に行ってくるから」

「アンタ、父さんに大会に出ちゃダメって言われてなかった?」

「うん。だから、解説に回るよ」

「あら、そうなの」


 俺はオルの手を引いて、自由ギルドで開かれる将棋大会へと移動したのだった。





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