第34話:カオスがあるためいずれにしろ机上の空論ではある。が、確度の高い未来予測は可能:Harvest festival 2

「それで、フレガー。どれが狙い目なの?」


 俺はフレガーに競走馬ならぬ、競争兎の情報を聞く。隣でルーシー様が微妙な表情をしていたが、気にしない。賭けに勝つためだ。


 すると、フレガーがオルの頭を撫でながら、チッチッチッと舌を鳴らした。


「なってないな」

「何が?」

「そりゃあ、お前のその心根だ」


 あからさまな上から目線の様子に、俺は少し頬をピクピクさせるが、我慢だ我慢。気分よく話してもらわないと。


「いいか。確かにここは賭事を行う場所だ。だが、本質は違うのだ!」

「ほぅ、それはそれはっ?」

「あの可愛らしく愛らしい魔兎たちが、おのあるじと共に一年……いや、数年という歳月を掛けて心身を鍛え抜き、僅か数十秒という短い刹那にその全てをけるッ!」

「うおっ!? ……だぞ!!」


 フレガーがグッと立ち上がり、片方の拳を握りしめて挙げる。


 フレガーの膝の上で座っていたオルはフレガーに片手で持ち上げられて驚いていたが、熱いフレガーの様子に感化されたらしく、真似して拳を握りしめた両手を高く挙げる。


 そしてオルの頭上にはフレガーの頭があるわけで……


「ふごっ」


 オルが勢いよく挙げた二つの拳がフレガーの顎を打ち上げた。


「あ、おっさん、ごめん! 本当に悪い! 痛いところはないかっ?」

「お、おっさんて呼ぶな。フレガーと呼べ。それと、大丈夫だ。気にするな、坊主。人族の幼子の拳など精霊の俺にとってはどうってことない」

 

 いや、かなり痛がっている気がするんだけど。たぶん、人込みに紛れるために色々と自身に制約を課したんだろうけど、そのせいでオルの拳がもろに刺さったんだと思うんだけど。


 あと、ユリシア姉さんが涙目のフレガーに呆れた目を向け、ルーシー様を連れて離れた場所に移動していた。


 それに気がついたのか、フレガーが涙目を引っ込めて一瞬だけ目を鋭く細めた。しかし、直ぐに俺に向かって咳払いした。


「こほん。つまるところだ! 俺たちが競争兎たちに賭けるのは、その努力を称えるためだ! 賭けに勝つかどうかは、二の次でしかないのだ!!」

「のだ!!!」

「いいぞ、坊主! お前もあの競争兎の命の炎を見たいだろ!」

「ああ、見たいぞ、おっさん!」

「だからおっさんって呼ぶな」


 あ~。


 目をキラキラとさせたオルとやり取りするフレガーを見て思った。こいつ、やっぱり炎の精霊だわ。


 炎の精霊は、自然界で生まれる事もあるが、意外と人の生活内で生まれることが多い。なんせ、火は人の歴史の殆どを支えてきたと言って過言ではないからだ。


 どちらにせよ、火や炎の精霊は人とよく関わるし、人の影響をかなり受けている。


 そして何より、暑苦しい。


 いや、中には一見クールに見える者もいるかもしれないが、かなり熱く重い感情を持っている奴が多い。


 アテナ母さんの授業でそんな話を聞いた。


 目の前にいるフレガーは命の輝きとか、そんなのに熱くなるのだろう。たぶん。


「それで、結局どれが狙い目なの?」

「ッ、お前! ここまで言っても、それをいうか!」

「いや、だって、情報を教えてくれるんでしょ?」

「……まぁ、そうだがよ」


 フレガーはどすんっと座る。オルがフレガーの片腕の中で跳ねる。オルはその座り方が気に入ったのか、楽しそうに笑う。


「なぁ、なぁ、今のもう一回!」

「いや、遊びじゃねぇんだが」

「いいから、もう一回してくれ!」

「……仕方ないな」


 フレガーは立ち上がり、またどすんっと勢いよく座った。そしてはしゃぐオルの頭を撫でながら、やや真剣な目を俺に向けた。


「ところで、お前。演算能力スキル持ってるよな? かなり高位の」

「まぁ、ね。だから、情報が欲しいんだよ。一応、解析であそこにいる魔物の兎の能力スキルとか調べてるけど、それだけじゃ計算できないでしょ? 経験とか勝率とか、さ」

「ふんっ」


 フレガーは虚空から百枚近い紙の束を取り出し、悪い顔になる。


「この街ができて早十数年。俺が十一年間集めたぴょんぴょんレースの情報だ」

「借りるよ……」


 俺はフレガーから紙の束を受け取り、ペラペラとめくっていく。


「ぴょんぴょんレースは賭事とじだ。俺たちは勝負事に干渉できない」

「つまり、数学……主に統計学だね」

「数学に統計学……言い得て妙だな。なるほど、既に学問として確立されているのか」

「いや、違うよ。まだまだ。演算能力スキルとかがあるせいで、微積分とかがなんで成り立つか分かってない世界だよ、ここ。学問として確立されてないよ。魔道具学に関しても、理屈は分からないけどなんか分かってる数式を使ってる状態だし」


 まぁ、魔道具学の祖であるクラリスさんは違うんだけど、この世界の数学は演算を無理やり補助してくれる演算能力スキルがあるせいで、証明はできてないけど、数式だけはあるっていう凄い歪な感じだし。


 いや、それ自体は歪じゃない。昔から、新しい数式を発見する際、最初に直感でこうだろうと仮定して、数式を作り、後から証明しているもんだし。


 ただ、この世界の人たちは証明なんてしなくても演算能力スキル等で確実性があると思っているのだ。それが歪だ。


 証明、つまり普遍的存在ですら再現できる再現性を獲得しなければ、科学という領域が発展しないというのにも関わらず。


 魔道具は、いわば科学のはずだ。魔法という誰もが扱えない現象を、誰でも意図的にその現象を引き起こす学問のはずだ。


 もちろん、数学という力を使って魔道具学を進めている人もいるが、ごく僅かだ。それこそ、王宮直属の研究所にいる人ぐらい。


「まぁ、人間の事情は俺たちにとっちゃあんまりわからねぇが、数字は凄く便利な物だと思うがな」

「それは同感だよ」

 

 そう思いながら、俺は百枚近い紙の束を読み込んだ。


 そして悪い顔をしながら、フレガーに首を傾げる。


「賭け事は二の次なんじゃないの?」

「ああ。だが、賭けるなら勝つ以外ないだろ?」

「確かに、そうだね」


 俺とフレガーがニィッと悪そうに笑う。オルがキョトンと首を傾げた。


「なぁ、セオ! 悪い顔してなにするんだ?」

「勝つんだよ、オル。賭事は勝負事に干渉できないから、賭けに勝つかは運だと思われてる」

「だが、実際は違う。これまでの競争兎の勝率。具体的には、その日の調子やどのレーンで走ったか。周りにどの競争兎がいたか。持っていた能力スキルや肉体の構成。そもそも競走馬をどの従魔師がしつけたか。それら全てを数字として昇華し、計算する。すれば、一発逆転なんか狙わなくとも大勝できる。大金持ちになれるってわけだ!」

「大金持ち!!」


 話している内容がチンプンカンプンだったのだろう。オルはぐるぐると目を回していたのだが、大金持ちと聞いて目を輝かせる。


 まぁ、大金持ちって言葉を聞くと気分があがるのは分かる。


「そうだ、大金持ちだ! 俺は毎年、ここで大金を手に入れ、人間が作った世界各地の美味い食いもんを食ってんだ」

「……しゃれてんな」

「いいだろ」


 フレガーがニカッと笑う。俺はうぐっと声を詰まらせる。


 まぁ、いいか。


「フレガー。ここの計算。こっちの方がよくなる……」

「なるほど。じゃあ、すると、賭け金はこっちに変えて……」

「いや、なら、こっちを小銀貨二枚増やして、逆にここに。四走目の四レーンが今日、この調子で動くだろうから……」

「なるほど。確かに魔力状態が少し良くねぇもんな。すると、他の奴と比べてこれくらいの数字を代入して……」

「だから、ここの額は√(1―0.1^2 )だけさげて……」

「なるほど。いいな、その数式」


 そして最終的に、俺たちは最悪でも大金貨一枚、つまり二百五十万円は儲けられる試算を出した。






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