第33話:ユリシアは実体化していない精霊を殴ることができます:Harvest festival 2
「マジか…………」
膝を突いて項垂れる俺。オルは無邪気にガッツポーズしてリンダさんに景品の玩具を貰っている。
そしてピカピカと光る刃を潰した玩具の短剣を握りしめ、オルは俺にドヤ顔をする。
「セオ! 俺が勝ったぞ! いいだろ、これ!」
「……そうだね」
言い返す気力すらない。
と、その時、
「アンタ、何してんのよ。地べたなんて這いずって」
「……ユリシア姉さん」
ククリ飴はもちろん、色々な食べ物や玩具、お面などを身に着けたユリシア姉さんと少し恥ずかしそうなルーシー様がいた。
……二人とも、満喫しているな。
「ってか、服汚して母さんに怒られるわよ」
「……ん」
ユリシア姉さんの手を借りて、俺は立ち上がる。オルはお面とか着けていたルーシー様を「似合わないことしてやんの!」とか煽って、氷魔法で縛り付けられていた。
あいつ、本当に学ばないというか、馬鹿だよな……とジト目を向けたら、
「アンタも大して変わらないわよ」
「
ユリシア姉さんに頭を軽く頭をはたかれた。痛くはないけど、反射的に痛いと言ってしまう。
ユリシア姉さんを睨む。ユリシア姉さんはふんっと鼻を鳴らした。
「それでセオ。アンタたち、このあと暇?」
「……オル、どこか行きたい場所ある?」
「……ないぜ」
ルーシー様にずるずると引きずられながらも反抗的に暴れていたオルは、しかしルーシー様の冷たい瞳を受けて静かになる。
俺は肩を竦めながらユリシア姉さんを見やる。
「暇だよ」
「……なんかその仕草ムカつくからやめないさい」
「え~」
「え~じゃないわ!」
「二度目は喰らわないよ!」
ひらりとユリシア姉さんのチョップを躱し、俺は何もなかったようにユリシア姉さんに首を傾げる。
「それで、何かあるの?」
「いや、ぴょんぴょんレースに行くから、アンタもどうよって話」
「つまり、共犯が欲しいってこと?」
「……そうよ」
ぴょんぴょんレース。
アホみたいな名前をしているが、いわばそれはカモフラージュ。使役している低級のウサギ型魔物を競わせる、いわば競馬ならぬ競兎である。
つまり、賭けである。
自由ギルドにより魔物を使用した賭けは禁止されていたりするのだが、収穫祭の時は無礼講か何かは知らないが、見逃してくれるらしい。
ただ、それでも子供は来てはいけないと言われているのだが……
「まぁ、いいよ。最悪、オルとルーシー様の要望だっていえばいいし」
「そうよね」
賭けは兎も角として、魔物とはいえ見た目は可愛い兎ので、頑張って走っている姿は見ていて癒される。
同じくちゅうちゅうレースという、ハムスターにも似たモコモコした毛皮を纏った鼠型の魔物バージョンもあるのだが、そっち可愛い。
可愛いもの好きのユリシア姉さんはもちろん、俺も見たい。たぶん、ルーシー様も見たいのだろう。
なので、俺たちは近くで買った子供用のフード付きローブを纏い、会場へと向かった。
Φ
「おお!」
「まぁ!」
申し訳ない程度にある色街のとある裏路地。そこに特殊な魔法ギミックがあり、それを解除すると地下へと繋がる階段が現れる。
そこを降りるとまぁまぁ広い馬場というか、コースと楕円形のスタンドが用意されたいた。
「あ、何でここにっ!」
「しー」
「ここに来たってバレたらアンタたちも困るでしょ?」
「……」
入り口の受付のおっさんんがフードを被った俺たちに目を見開いたが、俺とユリシア姉さんが悪戯をするような笑みを浮かべると、黙り込む。
「……入場料を払ってください」
「半額でいいわよね」
「……はい、小人族は半額です」
「ん。はい」
「確かに小人族四人分、頂きました」
小人族というのは、つまるところ子供の事を表す。本来子供が来てはいけないので、小人族と言って誤魔化すのだ。
「十分後に第一レースが始まります。投票場はあちらになります」
「分かった」
「ありがとうね」
俺とユリシア姉さんは受付のおっさんに礼をいい、レースの発兎機の奥で控えている兎たちに目を奪われていたルーシー様とオルの手を引いて第三コーナー辺りの席に座る。
そのころにはオルは兎も角、ルーシー様は冷静を取り戻していて、眉を八の字にしてユリシア姉さんを見やった。
「あの、ユリシア様。ここは、その」
「普通は来ちゃだめよ。でも、そもそも駄目なことをやってるんだから、子供だろうが大人だろうが来てもいいでしょ」
「は、はぁ」
「それに、あの子たちが走る姿、見たいと思わない?」
「それは、確かに……」
ルーシー様の紫の目が少し輝く。
「なぁ! セオ! これから何が起こるんだ!」
「落ち着け、オル。後でいっぱい叫んでいいから」
「分かったぞ。それでここはなんだ? あの兎は魔物なのか?」
俺は頷く。
「あの兎たちを一斉にかけっこさせるんだよ」
「それがどうかしたのか?」
「楽しむだよ。どれが一番になるか予想して、応援するんだ。オルもどの子を応援するか、決めなよ」
「分かったぜ!」
オルが兎たちを凝視する。俺は前の席にいた赤髪の男性の肩を叩く。
「ねぇ、精霊だよね、お兄さん」
「ああ、いかにも俺は炎の精霊のフレガーだが……お前さんはもしかして」
「し~、だよ」
「ああ」
妖人族がいる関係などで、この街にはかなり高位の精霊も暮らしていたりする。
それでもあまり人前に姿を表したりはしないのだが、一昨日、アテナ母さんが言っていたように、こういう時は普通に姿を見せてくれたりするらしい。
あと、普通の人間の姿に偽装して暮らしている場合もあるが。
目の前のフレガーは後者のだと思う。
「それで小人族の坊主が何の用だ?」
「いや、フレガーってここの常連でしょ?」
「そうだが……」
やはり。先ほどから兎一体一体の魔力を確認して、ぶつぶつと呟きながらメモをとっていた姿を見てそうだと思ったが。
「ねぇ、どの子が勝ちそうか分かるんでしょ?」
「……言わねぇぞ。あっちで、一応オッズと調子が書かれた張り紙が出てる。そっちを見ろ」
「え~、ケチだな」
「精霊にケチとはなんだ、ケチとは!」
「うわ!」
「きゃあ!」
フレガーの赤髪が一瞬、ぼうっと燃える。オルとルーシー様がそれに驚いた。
ユリシア姉さんが両目を吊り上げる。
「アンタ、ルーシーを怖がらせて、どう落とし前付けてくれるのよ!」
柄の悪い人のような事を言うユリシア姉さん。フレガーが少したじろぎながらも、言い返す。
「落とし前も何も、こいつが精霊の俺に失礼な事を言ったからだ! そっちこそどう落とし前つくてくれるんだ!」
「あん、何よ!」
「何だと!」
ガンを飛ばしあう二人。ルーシー様が慌てる。
「ゆ、ユリシア様そこまででいですから!」
「分かってるじゃねぇか、嬢ちゃん。炎の精霊の俺に盾突く事が悪いんだ」
「なによ、アンタ! ちょっと炎の扱いが上手いからって! ここでぶん殴ってもいいのよ!」
「ちょ、ユリシア様!」
ルーシー様がユリシア姉さんを宥めた。しかし、次の瞬間フレガーの言葉を理解して驚愕に顔を歪める。
「ってか、その方、精霊なのですか!?」
「そうだが」
「なっ」
フレガーの頷きにルーシー様はフラリとよろける。
「なんで、人語を解す精霊がこんな場所に。伝説級の存在ですよ。こんな賭け場にいていいわけがないじゃないですか。っというか、ユリシア様は何故、こんな高位の精霊様に逆らうなんて……」
聞き取れないほど小さく早く呟くルーシー様。
フレガーが眉をひそめる。
「もしかして嬢ちゃん、外の人か」
「え、ええ、はい。そうですけど……」
フレガーにじっと睨まれ、ルーシー様は怯えるように困惑する。
「あんた、ルーシーに何か文句でも――」
それにユリシア姉さんが両目を吊り上げるが、その前にフレガーが立ち上がる。
「おい、坊主。俺の膝の上の乗れ」
「いいのか、おっさん!」
「ああ。あと、おっさんて呼ぶな。俺はフレガーだ」
フレガーがオルを膝に乗せ、俺の隣に座った。そしてフレガーが俺に肩を組む。
「おい、お前。券を買うのに情報が欲しいんだろ。教えてやるぞ」
「……ありがたいけど、交換条件でもあるの?」
「いや、ない。いいから、教えてやるから」
「……」
一変したフレガーの態度に俺は胡乱な目になるが、教えてくれるというなら教えてもらおう。
まだ、少し怒っているユリシア姉さんを宥め、俺はフレガーに情報を教えてもらった。
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