第31話:どんな性格の子でも、上手くいかないと泣いてしまう:Harvest festival 2

 収穫祭二日目。 


 清々しいほどの秋晴れ。心地よい風が耳をくすぐり、太陽の光が少しだけ、肌を突き刺す。


 行き交う人の数は昨日よりも多く、見慣れない恰好の人も多い。たぶん、外から来た観光客だろう。


 今年は貴族たちが多く来ていたり、また屋台などを増やしたとはいえ、昨年から今年でここまで増えるか? と俺は少しだけ首を傾げた。


 すると、隣を歩いていたライン兄さんがそれに気が付き、教えてくれる。


「父さんたちがこの領地を賜ってから、三回も死之行進デスマーチを乗り切ったからだと思うよ。しかも、ほぼ被害もなく」

「なるほど。安全な街だと思ったんだね」

「たぶん。それだけ、王国の大人たちにとってはトラウマなんだと思うよ」

「……まぁ、確かに」


 なにせ、天災と称される程の魔物の進行だからな。


 いや、だからこそ、


「あいつら、元気だな」

「何言ってるの? セオだって、いつもあんな感じじゃん」

「それはライン兄さんもでしょ?」

「そう?」


 オルとニュー君が無邪気に昨日よりも増えたいくつもの屋台を覗き、直ぐに違う屋台へと走っていく。


 観光客は少し怯えというか、感慨深い眼差しを収穫祭に向けているのに対し、子供たちは実に単純明快に収穫祭を楽しんでいる。


「お~い! オル! あんまり走り回ると、ぶつかるぞ!」

「へへ、大丈夫だって! 俺がそんなへまするかよ!」

「どこからそんな自信が湧いてくるんだ!」


 後ろ向きに走るオル。まぁ、確かに後ろに目がついているのかと思うほど、スルリスルリと人の間を縫って歩くが。


 だが、オルは五歳児だ。背が低いからこそ、大人たちが気が付かずに蹴とばしてしまうこともある。


 と、その時。


「こらっ! 坊主たち、あぶねぇだろ!」


 上半身裸の巨漢がオルとニュー君を摘まみ上げる。上半身に石をまだらに纏い、その巨漢も相まってか、岩が動いているように見える。


「のわっ、岩が動いてる!」

「岩じゃねぇ! 人だ!」

「じゃあ、もしかして妖人族の方ですか!?」

「もしかしても何も、そうじゃなかったら何なんだ!」

「そんな怒んなよ、岩のおっさん!」


 岩のおっさん、もとい妖人族の一つ、岩の精霊の子孫である岩霊族の男性がニカッと笑いながら自分の肩を叩くオルに両目を吊り上げる。


「親はどこにいるんだ! 危ないだろ! だいたい、こんな幼い子が外を出歩くことすら、よくねぇのに!」


 …………


「ねぇ、ライン兄さん。確かあの人って」

「うん。反対派の人だね。まぁ、悪い人じゃないよ。たまに街で会ったら遊んでくれるし」

「それは知ってるよ。大抵、子供好きだからこそ、そう反対しているだけだし」


 何度も言うように昔から、この土地には幼子が家の外に出ないようにするという慣習がある。


 今は、時代の移り変わりと共にそれも変化して言っているが、長命種や老人を中心にそうした動きに反対する者もいる。


 当り前だ。というか、反対がいなかったら逆にそれはそれでおかしいし。


 まぁ、ともかく、そういった人々とマキーナルト家は仲がいいわけではない。


 が、


「今、親を探して突き返して――」

「イェルググ! その子たち、僕たちの連れ!」


 ライン兄さんがそういえば、岩霊族の男性、イェルググはふっと目を細めた。そこに嫌悪感や怒りはなく、説教をするような目だった。


「……そうか。おい、ラインの坊主。お前が年長者なら、キチンと面倒を見ておけ。セオの坊主も兄のそれを支えろ」

「おっと」

「わっ」


 イェルググは摘まみ上げていたオルとニュー君を俺たちの前に降ろす。それからイェルググはオルとニュー君の頭を撫でる。


「それと、坊主たちも落ち着け」

「おう! 落ち着いてるぞ!」

「はい! それよりもおじさん! その岩って生え変わったりするんですかっ?」

「……時期によって生え変わる。詳しいことはラインの坊主にでも聞いておけ」


 物怖じせず質問するニュー君にイェルググは呆れた顔になり、それから直ぐに人込みに紛れて去ってしまった。


 ニュー君があ~、と残念そうな表情になる。


「シャイなんだな、あのおっさん」

「違うよ。それより、オル。イェルググじゃないが、あんまり俺から離れるなよ。危ないし、迷子になったら、それこそ射的とかできなくなるよ。お金だって持ってないでしょ」

「む、それは困るな。よし、分かった!」

「分かってくれたか」


 俺は満足そうに頷いた。


 けど、それが間違えだった。


「セオ、最初はあそこだ!」

「ちょ、おい!」


 オルは俺の手を掴むと、無理やり引っ張ったのだ。


「おい、オル! 離せ!」

「なんでだ!? お前が離れるなって言ったんだろ!」

「チッ、クソ!」


 俺は慌てて、ライン兄さんに〝念話〟を飛ばす。


『ライン兄さん! ちょっと離れる! オルがいうこと聞かない!』

『分かった! っていうか、こっちもニュー君が色々目移りしてるから、別行動の方がいいと思う!』

『分かった!』


 そして、俺とライン兄さんは別行動になった。

 

 

 Φ



「セオ、こうやってやるのか!?」

「違う違う。そうじゃなくて……」


 屋台の射的。


 とはいえ、前世のように射的銃ではなく、形状はボウガンに近い。そこに実体をもった魔力の矢、無属性魔法の〝魔力矢〟を生み出し、直線状に射出する魔道具が組み込まれており、引き金を引くことによりそれが発動する。


 また、〝魔力矢〟の数は引き金の上部の窪みにはめ込む魔石や魔晶石に込められた魔力量で決まり、屋台のおっさんが自分で魔力を調節して均等に魔力を充填している。


 もちろん、殺傷性は殆どなく、ただの玩具である。


 とはいえ、慣れていないとそれなりに当てづらいし、そもそも五歳児が扱うには少し大きい。子供用のも作ってはいるのだが、それでも俺たちの手の大きさだと少し大きいのだ。


 なので、欲しい小さな剣の模型に当てられないと騒ぐオルをサポートしようとしたら。


「セオ様は参加しないでくださいよ!」


 射的のおっさんに止められる。


「何でだよ!」

「そりゃあ、セオ様が参加したら、ここにある全部が落とされるに決まってるからでしょ! 商売上がったりですよ!」

「何で、こいつが全部落とせんだ!?」


 オルが射的のおっさんに抗議する。


「何でって、そこの魔道具を作った本人ですからね」

「それが何の関係があるんだ!?」

「む」


 まぁ、確かに。道具を作ったからといって、それをうまく使いこなせるかは別物だし。


 その指摘に射的のおっさんは顔をしかめる。この点で反論は面倒だと思ったのだろう。


 違う方法でオルを言いくるめようとする。


「自分の力だけで手に入れてこそ、男の子ではないのですか? それとも、自分では何もできないんですか?」


 男の子関係ないと思うんだけど。


 まぁ、兎も角、その煽りはオルに効いたらしい。


「おい! セオ! 一切手だしするんじゃねぇぞ!」

「……あ、はいはい」


 ああ。お金が。


 一応、ロイス父さんたちからお金は貰っているが、パスパスと〝魔力矢〟を外すオルの力量だと、ここで全て使い切りそうだったのだ。


 だから、手伝おうとしたのに。


 パスパスと〝魔力矢〟を外すオルに俺は内心、溜息を吐いたとき。


「分かったぞ!」


 オルがそう叫んだ瞬間、急に雰囲気が変わった。


 あのアホっぽい雰囲気から、鋭い、そう狩人が獲物を狙うときのような雰囲気へと変わったのだ。


 それには、俺も射的のおっさんも驚く。


 そして俺たちが驚いている間に、オルは深い深呼吸をした。


「そこだ!」


 バスンッ! 


 玩具の魔道具ボウガンとは思えないほどの〝魔力矢〟が発射され、剣の模型を貫いてしまった。


 そう貫いてしまった。


「なっ!」

「ちょっ!」


 俺と射的のおっさんが驚く。


 なにせ、先ほどオルが発射した〝魔力矢〟は明らかに攻撃性を持っていたからだ。


「セオ様! 安全装置は!?」

「働いてるって! 魔力量を絞る機能が壊れてる様子もない!」

「ないって……あ、そもそも弾切れのはずじゃ!?」

「それだよ! 今のこいつの〝魔力矢〟! 無意識に、発動したんだって!」


 オル。恐ろしい子。


 が、俺たちが驚くのをよそにオルはぐずり始めた。


「なぁ、セオ! セオぉ! 俺の剣が! 壊れたぁ! 壊れたんだがぁ!!」

「あ、ちょっと! おっさん、もう一つないの!?」

「ありますよ!」


 本格的にオルが泣き始める。

 

 確かに落としたと思ったら、剣の模型を矢が貫いて、壊れたんだから。


 別に意図的にやったわけではないから、本人としては驚き、悔しくて、悲しくて泣くのも、まぁ分かる。


 にしても、いつもあんな騒がしいオルが泣くとは。なんか、ものすごく慌ててしまう。


 射的のおっさんも慌てて、屋台の裏に置いてあったであろう在庫を取りにいった。


 そして急いで戻ってきて、オルに渡す。


「お、お前さん、泣くな! ほ、ほら! 上げるから、ほら!」

「……ッ! 本当か、くれるのか!?」

「もちろんだとも。お前さんが落としたのだから!」


 さっきまで泣いていたオルの顔がパァーっと輝く。


「ありがとう、おっさん!」

「いえいえ」


 ……ふぅ、よかった。


 それにしても、色々と忙しいやつだな、こいつ。









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