第30話:弟子以外は、嘘は言っていない気もしなくもない:アイラ
コンコン。
夜中。アイラの部屋の扉が叩かれる。
「どうぞ、入ってください」
「失礼するぞ」
寝間着姿のクラリスが現れた。ネグリジェを纏うアイラが座るベッドの前へと移動する。
「今日はどうだった?」
「特別変わりはなかったですよ」
「……そうか」
アイラがシュークリームを食べた翌日。
クラリスは再び転移でマキーナルト領から王城へと来ていた。
理由は、
「ほれ。ククリ飴だ」
クラリスが収穫祭で気に入ったお菓子や食べ物をアイラに渡すためだ。昨夜、アイラがクラリスに驚かされたお詫びも兼ねて、持ってくるように頼んだのだ。
「ククリ……というと、果物のククリですか?」
「うむ。そのククリに飴が纏っているというかの。まぁ、食べてみればわかると思うぞ」
「はい」
アイラは、りんごにも似たククリ飴を受け取る。ククリ飴に刺さった木の棒を手に持ち、少し戸惑う。
「あの、クラリス様。どこから食べれば……」
「どこもでもよいらしい」
「どこでも……?」
「うむ。それと、少し固いから驚かんように」
「分かりました」
頷いたアイラはゆっくりとククリ飴にその小さな唇をつける。
「ッ!」
舌で感じられる
目を瞑りながら、思いっきり噛む。
「ん!」
パリッと割れた飴が少し歯にくっつく。それと同時に、シャリシャリとククリを噛む音に響く。
僅かな酸っぱさとフルーティーな甘さ。それに噛むたびに歯については溶けていく飴の甘さ。それが絶妙に口の中で混ざりあい、アイラは大きく目を見開く。
「気に入ったようだの」
「はい!」
アイラは、口の周りが飴でベトベトになる事さえ新鮮なのか、頬を紅潮させる。
う~ん! と唸ったり、少しジタバタしたり。
嬉しそうに、それでいて大事そうに、じっくりゆっくりとククリ飴を食べ進めるアイラ。
と、
「失礼します」
三回ノックがされたかと思うと、リーナが強引に部屋に入ってきた。
ククリ飴を食べていたアイラはビクッと肩を震わせた。実は、クラリスにお菓子をもってくるように頼んだことを伝えていなかったのだ。
アイラは怒られるっと思ったが、しかしリーナはアイラに微笑む。
「アイラ様。美味しいですか?」
「……ええ、美味しいわよ」
「それは良かったです」
リーナはアイラの返答に「よかったのぅ」と頬を緩ませていたクラリスを見やり、そして、
「
「うるさいですよ。クラリス様」
リーナがクラリスの長い耳を引っ張ったのだ。
アイラが慌てる。
「り、リーナ!」
「アイラ様は気にしないで、そのお菓子を食べていてください。私はクラリス様をお話がありますので」
「わ、分かったわ」
柔らかでありながら、どこか恐ろしい声音にアイラは焦ったように頷き、それから無心でククリ飴を食べ始める。
そしてリーナは更にクラリスの長い耳を引っ張る。
「クラリス様。私の言いたいことは分かりますよね?」
「こ、この時間しかなかったのだ!」
「なら、猶更困ります。今日もですが、アイラ様は昼間、とても眠そうにしておられました。それは作業が手につかないほど」
「うっ」
無心でククリ飴を食べていたアイラは、冷や汗を流す。が、リーナがこちらを見ない以上、余計な口を挟むとこじれると思い、必死にククリ飴を食べる。
「……分かった! 分かった! 明日からはもう少し早い時間に来る!」
「アイラ様がいつも寝る時間までには来てください。昨日や今日のようにこんな遅い時間でなければ、多少の夜更かしは大丈夫ですので。それと、夕方には〝念話〟か何かで私にどれくらいのお菓子やらを持ってくるか伝えてください。それにより、夕飯の量や栄養を変えますので」
「う、うむ! 分かったから、耳を引っ張らんでおくれ!」
「分かりました」
リーナは淡々とクラリスの耳から手を離す。クラリスは赤くなった耳を抑えた。
その様子に一瞬だけ、申し訳なさそうに顔を歪めたリーナは、チラリとアイラを見やる。
「アイラ様。そのように急がなくても大丈夫ですから」
「……でも」
「私は怒っていません。アイラ様のお付きのメイドとして、言わなければならないことを言ったまでです。アイラ様を責めているわけでもないです」
むしろ……とリーナは続ける。
「普段、アイラ様は我がままを仰らないので、安心しているのです。そこは分かってください」
「……分かったわ」
アイラは少し恐れながら、それでいて嬉しさを隠せない表情で頷き、急いで食べていたククリ飴を、再びゆっくりと食べ始めた。
リーナは頬を緩めた。
「ところでクラリス様。アイラ様が食べているそれ。私は見たことないのですが」
「ああ、せ……ツクルが作ったものだ」
「ツクル様がですか?」
リーナが首を傾げた。
「うむ。ほれ、ツクルは料理のレシピも作っておるだろ」
「そういえば、確かに」
「今回の収穫祭。ツクルも料理やお菓子で大きく関わっておっての。今回のために色々なレシピを作ったのだ」
「なるほど……」
リーナは納得したように頷いた。
と、逆にアイラが怪訝な表情になる
「あの、クラリス様。昨日食べたあのシュークリームは……?」
「む?」
クラリスは一瞬、何の事だ? と首を傾げ、昨日の自分の発言を思い出す。
「それか。つまり、だの。シュークリームはツクルが作ったものだ。曲げわっぱはセオが作ったものだがの」
「でも、セオドラー様に作ってもらったと……」
「そ、その事だがの……」
クラリスはやべっと焦る。ついでに、リーナが何やってるんですか!? とクラリスを睨む。
アイラはそれに気が付かない。
それにほっとしながら、クラリスはようやく平静を取り戻す。
「……ほれ。ツクルはレシピを作るだけなのだ。シュークリーム自体を作りはせん。それで、セオドラーは手先が器用での。お菓子作りも得意なのだ」
「ご自分でお菓子を作るのですか?」
アイラは驚いたように目を見開く。貴族の息子なのにお菓子を作るということに驚いているのだ。
「うむ。趣味なのだ」
「……そうなのですか」
趣味。
そういえば、モノづくりをしていると行ってたし、そういうのがお好きなのね。とアイラは心の中で納得した。
クラリスはアイラに気が付かれないよう、内心で安堵の溜息を吐いた。
そのせいか、少々クラリスの口が緩む。
「それにの。ここだけの話、ツクルは儂のような存在なのだ」
「クラリス様のような存在……?」
アイラはその魔力を見通す瞳でクラリスを見やる。
尋常でないほどの量と密度、神聖さを持つ、いわば妖精や精霊に近いクラリスの魔力。人ならざる魔力。
アイラは納得する。
「だからの、あやつは表舞台にはあまり上がってこんのだ」
「そうなの……ですか」
アイラは少し寂しそうに、頷いた。
クラリスが慌てる。
「だ、だがの! あやつもそれでは困ると思ったのか、自分によく似た魔力の持ち主を弟子にしたのだ」
「……もしかしてそれがセオドラー様ですか?」
「うむ。だから、セオはレシピ開発に携わっているから、料理ができたりするのだ」
「そうなのですね」
アイラは心から納得したように頷く。
今まで感じていたセオドラーの魔力の違和感や、セオドラーの雰囲気が手紙のツクルと少し似ていることなど。全てに納得がいったのだ。
そんなアイラの様子に、これでよかったかのぅ? とクラリスは若干首を捻ったのだった。
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