第29話:実感:Harvest festival

「なんなのさ! 俺は余計な事してないよ!」

「嘘を吐くんではない! セオ」


 クラリスさんが俺の首根っこを掴む。


「お主が言ったそうだな。誠実であるべきだと」

「ッ!」


 やっぱりその件か。予想通りやらかしたのか、エドガー兄さん。


 なんというか、期待を裏切らないけど……


 しかし!


「確かに、俺は誠実にするべきだって言ったよ! けど、それは街の女の子に対してだよ! 貴族の令嬢に対しては、何も言ってないよ! エドガー兄さんが勝手に俺の言葉をそこまで解釈しただけだ!」

「つまり、お主は分かっていたわけであるな!? 分かっていて、エドガーを止めなかったわけだな!」

「……さぁ?」


 俺は小首を傾げる。


 俺の首根っこを掴むクラリスさんの力が更に強まる。


 痛いッ!


「と、止めなかったよ! だって、エドガー兄さん! ここで注意して、変に上手くいっちゃったら、後々もっと大きな事をやらかすかもしれないじゃん! だったら、まだ十二歳だし、学園はある意味隔離されてるから、失敗して学んだ方がいいと思ったんだよ!」

「………………一理あるの」

「た、助かったぁ……」


 クラリスさんはロイス父さんとアテナ母さんの方を見やる。


「確かに、こやつらの件で儂も過保護しすぎたとは思ったしの……」

「え、何それ」

「別に私たち、アナタに保護してもらったことないんだけど」

「ッ!」


 あ、地雷を踏んだな。


 ってか、今更ながら気が付いたけど、ロイス父さんたちってクラリスさんと一緒にいると、かなり緩むな。


 俺たちの前じゃ、こんな失言しないのに。


 なんというか、あれだ。親を前にした子供のようだ。たぶん、一緒に旅してた時はクラリスさんが保護者代わりをしていたんだろうな。

 

 甘えてるんだろ。


「お主ら! じゃあ、何か!? 儂がお主らの問題を処理したのは当り前だとでも思っているのかえ!?」

「あ、待って、待って!」

「ち、違うのよ、クラリス!」


 ロイス父さんとアテナ母さんが慌てる。


 ああ~。クラリスさん、かなりキレてるな。


「ヂュエル様。行きましょう」

「せ、セオドラー殿?」

「この場を早く離れないと、クラリスさんの怒りに巻き込まれますよ」

「な、なるほど……」


 ヂュエル様は恐ろしいオーラを放つクラリスさんと、それに怯えるように正座しているロイス父さんたちを見て、納得したように頷いた。


 俺とヂュエル様はこっそりとその場を後にした。


「ヂュエル様はこのあと自分の部屋に戻りますか?」

「……セオドラー殿。私に敬称は要りません。口調もです。このような場であるし、周りも気にしなくていいです」

「なら、ヂュエルさんもセオでいいよ。口調も」

「……そうか、そうさせてもらう」


 ……何だ。ヂュエルさん。めっちゃいい人じゃん。


 ユリシア姉さんが嫌っていたから、嫌味な人かと思ったけど、うん、めっちゃいい人じゃん。


「それでヂュエルさんは部屋に戻る?」

「……いや。そういえばエドガーに聞いたのだが、セオは魔法が得意だそうだな」

「いえ、俺は無属性魔法しか使えないよ」

「それだけで、エドガーを圧倒できると聞いた」

「確かに、そうだけど……」


 まぁ、ぶっちゃけ、魔法勝負なんて無属性魔法さえあれば、どうにでもなるしな。


 そう思って頷くと、ヂュエルさんはかなり驚いたように目を見開く。


「本当だったのか!?」

「え?」

「いや、エドガーに聞いた時はにわかに信じられなかったのだ。なので、話半分で行ってみただけなのだが……セオが嘘を吐いている様子もないので」

「なるほど……」


 まぁ、確かにそうだよな。


 基本、魔法は属性ありだ。一部、身体強化などといった部類は無属性魔法しかできないが、大抵の無属性魔法は属性魔法で再現できる。


 なんせ、無属性魔法に属性を付け加えたのが属性魔法だし。それに、火を起こしたり、水を操ったりと、物質や現象に干渉するのは属性魔法の特権だし。


 だから、属性魔法の方が無属性魔法よりも優れていると思われる。


 なので、ヂュエルさんの言葉も分かる。


 と、その時、


「あ、セオ。エド兄の話、終わったの?」

「あ、ライン兄さん」


 ライン兄さんが二階から降りてきた。


「いや、終わってないよ。っというか、色々話が脱線して今はクラリスさんがロイス父さんたちを説教してる」

「あ~、なるほど」


 想像がついたのか、ライン兄さんは苦笑いした。


「それでライン兄さんは何をしてるの?」

「ああ、僕? 僕はニュー君とオル君の飲み物を取りに来たんだよ」

「なるほど」


 すると、ヂュエルさんが首を傾げた。


「そのような雑事、使用人に頼まないのか?」

「あ~。基本、うちは自分の事は自分でしろって感じなので。特にそんな雑事は。ロイス父さんもアテナ母さんもあれでもと冒険者だから」

「なるほど……だから、エドガーも自分で紅茶を入れられるのか」

「え?」

「いや、何でもない」


 ヂュエルさんが首を横に振った。


「そういえば、セオとヂュエル様は何を話していたの?」

「ヂュエルでいい、ラインヴァント殿」

「なら、僕もラインでいいよ。ヂュエルさん」

「うむ」


 俺はライン兄さんにいう。


「魔法の話をしてたんだよ」

「魔法?」

「ああ、エドガーが言っていたのだ。セオは魔法が得意だとな」

「確かに、かなり得意だよ。セオ」

「らしいな」


 ヂュエルさんが俺の方を見やった。


「それでだ、セオ。もし良かったらでいいのだが、俺の滞在期間中に魔法を教えてくれないだろうか?」

「え、俺? ぶっちゃけ、魔法を教えるなら俺じゃなくてアテナ母さんの方がいいと思うんだけど」

「確かにアテナ様に頼みたいところだが、収穫祭の運営で流石に忙しいであろう。無理はあまり言えない」

「そうかな……?」


 俺は首を傾げ、ライン兄さんを見やった。


 ライン兄さんも小首を傾げていた。


「確か、明後日は朝稽古があったはずだよ。それに、五日後だったけ? その時には守護兵団と放浪兵団のよる実技演習もあった気がするし」

「だよね」


 俺は頷いた。


「ヂュエルさん。たぶん、アテナ母さんもロイス父さんも時間は取れるよ?」

「本当か!?」

「うん。なんなら、俺たちからロイス父さんたちに頼もうか?」

「……いや、それはいい。自分から頼もうと思う」


 そう言ったヂュエルさんは、俺たちに軽く頭を下げる。


「俺はここで失礼させてもらう」

「あ、うん。じゃあ、また明日」

「うむ」


 ヂュエルさんは別棟の自分のエリアへと消えた。


「じゃあ、僕も飲み物を持っていこうかな」

「俺も手伝うよ。オル達にも話したいことあるし」

「あ、そう?」

「うん」


 俺とライン兄さんは厨房へと向かう。


「そういえば、明日はどうするの?」

「う~ん。僕はニュー君を連れて街に行こうかと思うけど。今日は誰かさんのせいで長居できなかったし」

「……悪かったって」


 ニシシと笑うライン兄さんに俺は肩をすくめる。


「セオはどうするの?」

「どうしようかな。まぁ、オルに明日も街に連れていくとは言ったしね。ライン兄さんと同じじゃない? それに、明日の方が出し物も増えてるでしょ?」

「まぁね」


 頷いたライン兄さんはそれから、首を傾げる。


「ルーシー様とヂュエルさんは?」

「さぁ? ルーシー様はユリシア姉さんが連れまわすんじゃない? 一緒に行動するかは分からないけど」

「じゃあ、ヂュエルさんは僕かセオのどちらかかな?」

「案外、一人で周るというかもよ」

「ああ、確かに」


 そう話しながら、俺とライン兄さんは厨房室へと踏み入れた。忙しそうに厨房を行ったり来たりしているアランが俺たちに気が付く。


「お、セオにライン。どうしたんだ?」

「飲み物を取りに来ただけだよ」

「なるほど。なら、上から三段目の飲み物は適当に持って行っていいぞ。それ以外は、今後の料理で出すし、駄目だ」

「分かった」

「ありがと、アラン」


 俺とライン兄さんはアランに礼を言って、冷蔵庫の魔道具を開く。


「あれ? アラン。これは?」

「ああ、デザートのシュークリームだ。ほら、結局、今日はデザートを出せなかっただろ?」

「ああ、確かに」


 そういえば、エドガー兄さんのごたごたでそんな場合じゃなかったからな。


「それで、エドガーは何をしたんだ?」

「いや、それがあんまり。途中で脱線して、クラリスさんがロイス父さんたちを説教しだして」

「ああ。なるほど」


 アランは納得いったように頷いた。


「あ、でも、あれだって。痴情のもつれだってよ」

「……ああ、なるほど」


 アランは溜息を吐くかのように頷いた。先ほどの頷きよりもかなりどんよりしている。


 そしてライン兄さんを見やった。


「ライン。お前も気をつけろよ」

「え、僕? 僕は大丈夫だよ。エド兄みたいに酷いことはしないし、そもそもそんなに人と関わんないって」

「それはそれでどうだか……。あ、あと、セオ、お前もだぞ?」

「え、俺? 俺は本当に何にもないじゃん。エドガー兄さんやライン兄さんみたいにモテる容姿じゃないし」

「……どうだか」


 アランは肩をすくめた。


「確かにお前は多くの人間が目を引かれる容姿をしてないが、それとモテないっていうのは直結しないぞ。女性は案外、内面を見てるし、内面に気づける女性はいい女性が多いしな。そういう女性が揉めると、普通よりもかなり厄介なんだ」


 やけに実感の籠った事を言うアラン。


「まぁ、今のお前らに関係ないか。幼いしな。それよりも飲み物、いいのか?」

「あ、そうだった。ニュー君たちをかなり待たせてる」

「ありがと、アラン」


 ライン兄さんと俺は飲み物を持って厨房室を出た。










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