第8話:愛しの妹へ捧ぐ。それだけで十分:アイラ

 第二王子であるミロがマキーナルト子爵家の長女、ユリシアのことを好き。


 アイラはハティアが告げたその事実にめまいがする。


 ぶっちゃけ、ことが世間に知られれば、貴族社会で大きな批判を受けかねられない事実である。


 王家とマキーナルト子爵家のつながりが強くなるのは、保守派などにとっては気に食わない事実であるし、貴族の派閥のバランスが大きく崩れやすくなる。


 そのアイラの懸念にハティアは頷く。


「だからやらかすのよ、絶対。まぁ、わたくしの見立てだと向こうにその気は一切ないようだけれども。惚れた理由が強くて凛々しかったことである限り、無理ね」

「それってどういう……」

「数年前だったかしら。ユリシア嬢がとある伯爵令嬢を殴った……いえ、侯爵令嬢だったかしら? 侯爵令息だったかしら? まぁ、殴ったのよ」

「な、殴った……」


 アイラは理解できない言葉がでてきて、頭を抱える。令嬢が人を殴った。それだけでも衝撃的なのに、ハティアの口ぶりや家名を言わないことから察するに、かなりの人数を殴ったのが伺える。


 まだ十分も経っていないのに、ショックを受けることが多すぎる。


「それでその姿に惚れたのよ。もともと、ミロお兄様は虚弱で臆病だから分からなくはないけれども」


 ハティアは溜息を吐く。


「けど、ユリシア嬢はそもそも恋なんてどうでもいいと思っているでしょうし、もし仮に恋に興味があったとしても自分より弱い人にあまり興味がない、といったような感じよ」

「そ、それは……」

「無理でしょ?」

「え、ええ」


 アイラは戸惑いながらも、なんとなく頷く。


 ハティアは咎めるようにさらに言う。


「そもそも、甘いし、意気地なしなのよ、ミロお兄様は。恋心を伝えるどころか、ユリシア嬢と関係すら繋いでいないのよ。向こうが社交界とかに出ないのもあるけれども手紙の一つくらい送りなさいよ。だから、無理よ。全く。せっかくわたくしが相談に乗っているというのに」


 ハティアは溜息を吐く。


「相談に乗っているの?」


 アイラが首を傾げた。


 ハティアは貴族社会ではおっとりとしていると思われている。しかし、実際は王族としての責務や理念を持ち、それに従って計算高く動いている。


 おっとりしているのも、その計算高さを隠すためだと、アイラは思っている。


 だからこそ、ミロとユリシアの仲を取り持つことは、いわばそういった王族としての責務や理念に反する。


 そういったアイラの疑問を読み取ったのか、ハティアは紅茶で口を湿らせながら、頷いた。


「布石よ」

「布石?」

「マキーナルト子爵領は、国家内にある独立地。今はロイス子爵様がいるから問題ないかもしれないけれども、ロイス子爵がいなくなった後は? 死之行進デスマーチ。あれによる歴史的な事件や禍根はあるのよ」

「それは……」


 アイラは言葉を迷わせる。先の会話との落差に戸惑う。


 気にせずハティアは続ける。


「これは公にされていないし、お父様も隠しているけれども、ロイス子爵様とアテナ子爵夫人は人族ではないわ」

「うぇっ!?」


 アイラはハティアの突拍子もない言葉に大きな声をあげる。


「クラリス様を師匠に持つアイラなら気づいているのでしょう? その目で分かるでしょう?」

「ッ、それは……」


 アイラは言い淀む。


 確かに、生誕祭のあの日、ロイスとアテナ、クラリスの三人が並んだ瞬間、三人の魔力に同じ特質があることが分かった。


 直感的に、アイラはそれは人外が持つ特質だと理解したのだが……


「特級禁書庫にある一冊の中に、とある書物があるのよ」

「……どういったものなの?」

「人が妖精になる方法が記された書物よ」

「なっ!」


 アイラは言葉を失う。そして一転。恐ろしい表情になる。


 何度かわなわなと震えた後、感情を抑えきれなかったのか、右手で机を叩き、怒鳴る。


「ハ、ハティアお姉さまはッ! 何故、その書物を読んだのですかッ!」


 まるで失望したかのようなアイラのその表情に、一瞬だけハティアは顔を歪めたが、直ぐにつかみどころのない微笑みを顔に貼り付ける。


「アイラ。あなたが思っているより、わたくしは利己的なのよ。王族としての責務もそこまで重要とは思っていないのよ。あなたの思いを尊重するより、わたくしの思いを尊重するのよ」

「ッ。わ、私は自分でこの身をッ! 自分で乗り越えなければならないんです!」

「でしょうね」


 ハティアは静かに頷いた。


 そして、けれど悲しく強い瞳でアイラを見た。


「だけど、わたくしはあなただけが苦しむのは嫌なのよ。あなただけが戦うのは嫌なのよ。だから、あなたの思いを踏みにじってもあなたを助けたいのよ」

「ッ」


 アイラは息を飲んだ。そして項垂れたように弱弱しく言う。


「……それを私は望んでいません」

「ええ」


 ハティアはそう頷いてから、一転。柏手を一つ打つ。


「話を戻すわね」

 

 アイラはハッと顔をあげた。雰囲気が変わる。


「その書物には妖精になると方法とは別に、それに近い存在になる方法が示されていたのよ。簡単よ。強くなる。厄災に勝てるほど強くなる。すると、格が上がって寿命が大幅に伸びる。妖人族のようなものかもしれないわね」

「……それで?」

「ロイス子爵様たちは人族よりも寿命が長いってことよ。すると、ただの英雄ではいられないわ。今のところ長子であるエドガー様がマキーナルト子爵家を継ぐことになっているけれども、それが見かけ上のかもしれないと疑われる。または担ぎあげられる。さっき言った歴史的な、ね?」


 ハティアは冗談めかすように微笑みながら、紅茶をすする。


「比較的安定した多種族国家として知られているけれども、エレガント王国はあくまで人族の国。寿命による軋轢はぬぐうことはできない。だから、貴族は人族か、それと同等の寿命を持った種族だけなの」

「……結局、それがミロお兄様の相談に乗ることと何の関係があるのですか?」


 アイラは昏い声音で尋ねる。


 先ほどのハティアの妖精うんぬんもあってか、自分を否定されたかのような気分になったのだ。


 ハティアは眉をわずかばかりに八の字する。


「ミロお兄様とユリシア嬢は、無理ね」

「断定するのですね」

「ええ、するわ。そうなるのよ」


 ハティアは躊躇いもなく頷く。


「だけど、言ったわよね。やらかすと。そのやらかしを収拾するには落としどころが必要でしょう?」

「落としどころ……」

「政治的に、ミロお兄様がマキーナルト子爵家と直接繋がりをもつのは駄目よね。けど、わたくしか、あなたなら?」

「……ハティアお姉さまと、わたし?」

「ええ。正確にはアイラだけだけど」


 ハティアは一瞬だけほの暗い表情を見せた。


「わたしはオリアナお姉さまが他国に嫁いだせいもあって、権力が若干大きすぎる。けど、アイラは王族としての権力はそこまで大きくない。ミロお兄様がやらかしたあとで、その収拾をつけるためには一番いい落としどころ。しかも王族がマキーナルト子爵家に嫁げば、人族が支配しているとみなされる。その時の混乱も鑑みれば言い訳は十分だと思わない?」

「ッ!」


 そこまで言われ、アイラはどうしようもない気持ちになる。悔しさと悲しさと嬉しさと色々がごちゃまぜになってしまう。


 ハティアは優しく、柔らかく、妹を思いやるように頷いた。


「言ったでしょう? あなたの助けになりたいと。あなたが乗り越えるまでは無理かもしれないけど、乗り越えたあとの場所を作るくらいはできる。あそこは王都の人間とは違う人たちがたくさんいる場所。少しは生きやすいわよ。まぁ、とはいえ無理強いはしないわ。あなたを思ってやっていることだもの。好きでもない人に嫁げとは言わないわよ」


 そういったハティアは席を立った。


「もう時間ね」


 手を三回叩けば、どこからともなく数人のメイドが現れた。その中にはリーナもいた。


「アイラ。話せて良かったわ。これから寮に入るし、顔を合わせずらくなるしね」

「あ……」


 アイラは今気が付いたのか、思わず声をあげる。


 今日、ハティアがアイラをお茶会に招待したのは、これを話したかったから。中等学園の特別寮に入り、学園で忙しくなる前にハティアはこれを伝えたかったのだ。


「アイラ。さっきの話、考えておいてね。ああ、猶予はかなりあるから、じっくり悩んでね。お願いよ。あと、無理なら無理で問題ないわ」


 そう柔らかく言ったハティアは次の瞬間、王女としての顔をまとう。


「ではごきげんよう、アイラ。今日は素晴らしいお茶会でしたわ。今度はアイラが招待してくれると嬉しいですわ」


 そういってハティアが去ろうとした。


 その時。


「は、ハティアお姉さまッ!」

「……どうしましたの?」


 アイラがハティアを呼び止めた。


 アイラは振り返ったハティアを何度か見て、迷い、わなわなと唇を振るわせる。乱れる呼吸をどうにか落ち着かせ、静かに尋ねた。


「ハティアお姉さまは……ハティアお姉さまは恋をしていなのですか?」

「ッ!」


 兄二人が恋をしている。会ったことがない姉も恋で他国に嫁いだ。父と母だって、政治的な意味はあったらしいが、それでも恋愛結婚に近いものだと聞いた。


 なら、ハティアはどうなのだろうか。


 そんな疑問が、しこりのようにのどに突っかかり、思わずアイラは尋ねてしまったのだ。


「どうかしらね?」


 ハティアは微笑んだ。


 アイラの目ではその表情を確かに見ることはできなかったが、けれど美しいと思ってしまった。


 いわば散って舞う花びらのような、美しいけれど掴みどころのない微笑みだと思った。


 そしてハティアは去っていった。

 


 




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