第7話:たいてい上のやらかしは下がぬぐうことになる:アイラ

 様々な楽器が並ぶその部屋で、車いすで移動するアイラは頭を下げた。


「今日もありがとうございます」


 頭を下げられたトーンとレミファは困ったように眉を八の字にした。目端のしわが少し哀しそうだ。


「アイラ殿下。頭をお上げください」

「そうです。不甲斐ない私たちに頭を下げる必要などございませんわ」


 そう言いながら、レミファは辺りの楽器を見渡す。


「クラリス様も無茶をおっしゃる。最初から片手で弾ける楽器なら兎も角、そうでない楽器だけに限定するなど」

「いえ。クラリス様も何か意図があります。トーン楽師様、レミファ楽師様。また、明日よろしくお願いいたします」


 そう言って、儚げにトーンとレミファに軽く頭を下げたアイラは、その部屋を出ていった。残されたトーンとレミファは溜息を吐いた。


 クラリスによって、アイラの指導を言い渡されてから数日。いまだにアイラが弾けそうな楽器が見当たらないのである。



 Φ



「リーナ。この後の予定は?」

「カティア様とのお茶会でございます」

「ん」


 昼過ぎ。


 自分の手だけで進めている事業などでアイラは忙しい。王族としての権威を十分に振るうことができないため、その分の苦労も多い。


 それでも生誕祭で会場設営や料理等々で成功したおかげか、その手腕を買う貴族たちが増えてきたため、いろいろな仕事をこなすようになっていた。使えるお金も増えてきた。


 八歳の少女に仕事などそもそも酷というべきものかもしれないが、それでもアイラ自身が自分の有用性を他人に知らしめなければならない事情がある。


 身の回りの世話や雑事などは、新しく雇ったメイドがしてくれているため、メイドというよりはすっかり秘書となったリーナは、無表情に頷いたアイラに心の中で溜息を吐いた。


 生誕祭が終わった日。


 その日からアイラは目に見えて変わった。まるで自分を痛めつけているかのように、過密なスケージュールを組み込む様になり、色々なことに手を出していた。


 それは焦っているようでもあり、忙しくすることであることについて考えるのを避けようとしているかのようでもあった。


(……十中八九、セオ様……いえ、ツクル様のことでしょうが)


 そんなことを思いながら、リーナはアイラの車いすを押す。ハティアとのお茶会の場所へと車いすを進める。


 車いすに座るアイラを見やる。


 美しい銀の髪。華奢な首、肩、腕。後ろ姿だけでも、儚いとわかる程、細く、弱弱しい。


 数週間前まではそれでも明るい雰囲気をまとっていたため、そんな印象は抱かなかったが、張り詰めた空気をまとう今のアイラは、人外……神秘の存在と思ってしまう。


 まるで、水鏡に映る月のようだ。


 拒絶はしていないものの、クラリスに出会う前のアイラの様になってしまっていた。


 だからか、リーナは気配やら何やらで周りに誰もいないことを確認した後、アイラに言う。


「アイラ様。明日はお休みになられては? ちょうど必要性の高い用事はありませんし」


 リーナのその言葉は言外にいえば、休めと命令しているようなものであった。


 それを察してから、アイラは小さく首を横に振る。


「……いやよ」

「……そうですか」


 リーナは頷きながらも、淡々と言う。


「では、明日は溜まっていたバック・グラウスの冒険小説を読み聞かせます」

「……リーナ。ですから私は明日も――」

「アイラ様。もうすぐ着きますよ」

「ッ」


 リーナはアイラの抗議を遮る。強引だし、卑怯かもしれないが、今のアイラをこのままにはしておけない。


 嫌われてもいい。だからこそ、自分はメイドなのである。


 そう思いながら、リーナは黙り込んだアイラを乗せた車いすを押す。


 そうして、直ぐ。


 王族とそのお付きの使用人しか入ることのできないプライベートの中庭。その中央にあるガゼボ。


 そこには一人のメイドが茶菓子を並べており、またハティアが紅茶が入ったティーカップを片手に、優雅に座っていた。


「時間通りですわね、アイラ。来てくれて嬉しいわ」

「こちらこそ、お招きくださり感謝します、ハティアお姉さま」


 ハティアが優雅に微笑み、アイラは車いすに座りながらも美しくドレスの裾を〝念動〟で持ち上げて、頭を下げる。


 ハティアはチラリとリーナを見やり、リーナは軽く頷く。それと同時に、茶菓子を並べていたメイドとリーナが音もなくガゼボから離れた。


 それを魔力感知で感じ取りながらも、アイラは自身の車いすの〝念動〟をかけて浮き、数段の段差を乗り越え、ガゼボに上がる。


 ハティアと向かい合う。


「それでハティアお姉さま。此度こたびはどういった用件で?」

「あら、伝えてなかったかしら。お茶会よ、お茶会。生誕祭が終わってからなかなかアイラとお話しできなかったしね」

「……そうなのですね」


 アイラは一瞬だけ顔を歪めた。それを見逃さなかったハティアは、されど気にすることなくアイラの目の前に置かれたティーカップに紅茶を注ぐ。


「そうよ。だから、もっと気楽でいいわよ。それこそリーナやクラリス様に話すような。ここにはわたくしたちしかいないのだから」

「……分かりまし――」

「アイラ?」

「分かったわ」


 鋭くハティアの声音が響けば、アイラは仕方なく頷いた。


「今、人気のケーキを取り寄せたの。令嬢たちの間でおいしいって評判なのよ」


 それに満足気に頷いたハティアは、アイラに紅茶と茶菓子を勧める。


 ただ、瞳を閉じているアイラがきちんとティーカップを握れるか急に不安になり、首をかしげた――


「見えている……のよね?」

「はい。それなりに魔力の質がよいので、ある程度の大きさなら分かります」


 わけではなく、ハティアはアイラの口調を確認するために尋ねたのである。そして案の定、アイラは気楽に話さなかった。


「アイラ?」

「……見えているわ」


 アイラはため息交じりに頷いた。気を付けなければと気を引き締める。ティーカップを手に取り、紅茶で唇を湿らせる。


 そんなアイラの心中を手に取るように把握したハティアは、心の中で溜息を吐く。姉妹として楽しいお茶会をしたいだけなのだが、上手くいかない。


 そうしたもどかしい感情を抱いたせいか、あることを思い出した。


「そういえば、もうすぐ中等学園の入学式があるのよ」

「ハティアお姉さまも入学するのですよ……するのよね?」

「ええ、そうよ」


 ハティアは頷く。


「オリアナお姉さまが中等どころか、高等学園にすら入らなかったならね。わたくしが伯母上の下地を引き継がなければならないのよ」

「オリアナお姉さま……」

「そういえばアイラはオリアナお姉さまと直接会ったのことがないのよね。ちょうど、アイラが生まれた年でバキサリト王国に嫁いでしまったし。元気かしら」


 そう言って心配するような表情を見えたハティアは、されど次の瞬間、舌打ちをした。


「全くずるいわよ、オリアナお姉さまは。第一王女なのに、責務すら放り出して恋愛結婚で他国に嫁いだのだもの。まぁ一応、バキサリト王国と利が一致したようだけれども。お父様たちの恋愛結婚に感化され過ぎなのよ。アダルヘルムお兄様だって王太子なのに婚約破棄ブームなんて害悪でしかないブームを作って……全く、わたくしがそれでどれだけ色々な令嬢たちに嫌味を言われたと思うのよ!」

「は、ハティアお姉さま」


 珍しく感情をむき出しにしたハティアに、アイラは目を丸くする。


 基本、ハティアは常にニコニコと微笑んでいる。怒りがあっても、それを表情や声音で見せることはない。


 なのに、声を荒げて怒りを見せているのだ。アイラは驚きを通りこし、呆然とする。強いショックを受けた気分だ。


 そんなアイラの心を知りながら、ハティアはさらに続ける。


「アイラも気をつけなさい。ちょうどミロお兄さまがやらかした後の、中等学園入学よ。ことは高等学園で起こるけれども、中等学園にまで飛び火するから。気をつけなさい」


 ショックからどうにか立ち直ったアイラは、慌ててミロのフォローに入る。


「い、いや、ミロお兄様はまだ高等学園に入学していないし、やらかすとは……」

「やらかすわよ、絶対。あれ、恋してるし」

「うぇっ!?」


 第二王子であるミロをあれ呼ばわりしたのもそうだが、恋している発言にアイラは目を剥く。素っ頓狂な声をあげてしまう。


「どどど、どういうことですか!?」

「どういうことも何も、マキーナルト子爵の長女、ユリシア嬢よ。わたくしと同じ年の」

「えっ!?」

 

 アイラはさらに目を剥いた。






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