第13話:びっくり箱な兄弟:Second encounter

「「「乾杯~ッ!!!」」」


 王都の南地区の飲食街の一角。小さな居酒屋らしき店の奥で、俺とライン兄さんとバインが木製のコップをぶつけ合う。鈍い音が響く。


 俺とライン兄さんはもちろん、バインも果実水だ。バインはあまりお酒を飲む性質たちではないらしい。


 あれから数時間。


 夕暮れになるまで、俺とライン兄さんはバインと競い合うように様々な物を売った。ライン兄さんは絵具などを買ったりしているから別だが、俺の場合、売った魔道具の素材の全ては分身体がアダド森林やバラサリア山脈で手に入れたモノばかり。


 ほぼ100%の利益率だ。


 その頃にはバインとすっかり意気投合。


 こうして夕食を共にしている。


 と、テーブルを挟んで向こう側に座っているバインが少し眉を八の字にする。


「今更だが、坊主たちは大丈夫なのか? 俺とこんな場所にいて。それにあのピエロの兄ちゃんはどこに……」

「ピエロはただの分身体だし、ここにいても大丈夫。許可は取ってあるし、もしバインが人攫いだったとしても、返り討ちにできるくらいの力はあるから」

「そうそう。それにいつの間にか知らない人たちが護衛してくれてるし」

「……なんだ、それ」


 バインが不審そうに目を細めた。それから少しだけ辺りを見渡し、まぁいいか、と溜息を吐く。


 それから、こほんと咳払いする。


「じゃあ、改めて。俺はバイン。駆け出しの商人さ」


 そう言ったので俺たちも自己紹介しようとしたら、


「坊主たちはいいぞ」


 バインが止めた。俺たちが貴族だって勘付いているんだろうし、家名を知れば厄介なのは分かっているのだろう。


 だけどな……


 俺とライン兄さんは目配せする。


「いや、僕たちも名乗るよ」

「バインとは長い付き合いになりそうかもしれないし、そうでなくても紹介したいところもあるしね」


 バインは面倒そうに顔をしかめるが、俺たちが幼児笑顔でねじ伏せる。


 こっそり遮音の結界を張り、ライン兄さんから名乗る。


「僕はラインヴァント・マキーナルト。画家もどきで、絵本作家だよ。ラインって呼んでね」

「俺はセオドラー・マキーナルト。商人もどきで、魔道具師。セオって呼んで」

「んなぁッッ!!??」


 バインがガタリと立ち上がり、驚愕の叫びを上げる。わなわなと震える。それからそのまま後ろに倒れて気絶した。


 ありゃ? 確かに多少は驚かれるかと思ったけど、気絶するほどか?


 と、思ったら、バインがむくりと起き上がった。どうやら気絶はしていなかったらしい。ただ少しだけ意識が遠くなっただけのようだ。


「……少し周りがうるさかったらしい。失礼だが、もう一度頼めるか?」

「いや、遮音の結界を張ってるから聞き間違えじゃないよ」

「そうだよ。僕もセオもマキーナルト家の者だよ」


 俺とライン兄さんにツッコまれ、バインはつぐむ。何度か天を仰ぎ、唸る。

 

 それから数分後。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 大きな溜息が漏れた。


 俺たちは給仕の人が運んでくれた野菜で巻かれたお肉をもっさもっさと食べる。うん、アランには及ばないけど、美味しい。特に肉が美味い。


 それに、いつもはアテナ母さんがうるさいから、礼儀正しくナイフでお肉を切り分けているが、今はフォークで突きさしてそのままかぶりつける。


 それがたまらなくいい。たまにはこういう食べ方も楽しい。ライン兄さんも同感らしく、嬉しそうに唸っている。


 バインがジト目で俺たちを見て、もう一度溜息を吐いた。


「それで、ぼう――ラインヴァント様たちは何故このような場所へ?」

「バイン。さっきと同じでいいよ。僕たちが嫌がるって分かってるでしょ?」

「わざとだ。寿命が十年縮んだ思いをしたんだぞ」


 バインは疲れた表情をする。青年だったのに、一気に中年にまで老け込んだ気がする。


 俺が首を傾げる。


「俺たちの名前、そんな驚く? なんとなくだけど、バインなら公爵家の人を目の前にしても、飄々ひょうひょうとしていそうだけど」

「んなわけあるかッ!」


 バインが怒鳴る。


「公爵家相手にそんな態度を取ったら殺されるわッ! いや、確かにこの国は平民と貴族との関係が緩い部分があるからアレだが……いやいや、他の国ならば普通に打ち首になるぞ!」


 え、そうなの?


 態度一つで殺されるとか、どんな世紀末な世界……あ、そういえば魔物が闊歩しているせいでまぁまぁ命が軽いのか、この世界。


 でも、エレガント王国って、緩いのか。


 ……たぶん、死之行進デスマーチだろうな。


 昼間の白髪のお婆さんが言っていたが、ロイス父さんたちがマキーナルト家を賜り、アダド森林前で防波堤を創るまでは、相当の数の魔物が王都に侵攻してした。


 その時、王族も含めあらゆる貴族たちが先陣を切り、魔物と戦っていたらしい。だからか、その時はどんな身分の者だろうが、戦場を共にする仲間だったとか、何とか。


 死之行進デスマーチの脅威が王都を脅かさなくなって十年ちょっとだが、それでもその名残は残っているらしく、魔物討伐など有事の際は普段の身分的な隔たりが取っ払われるのだとか。


 まぁ、緩い部分があるのだろう。


「大体だッ! マキーナルトと言ったら英雄様じゃねぇかッ!! 王都に住む人間なら誰もが敬う存在だぞッ!! そのご子息が目の前にいて、どうして落ち着いてられるんだッ!」

「いや、僕もセオもたまたま父さんたちのもとに生まれただけで、そこまで偉くないからね。商人なんだから、そこらへんの割り切りできるでしょ?」

「うんうん。聖雪鳥白鳥の子が聖雪鳥白鳥とは限らないしね。その逆もしかりだけど」


 そう言ったらバインが更にキレる。


「これだから良いとこのお坊ちゃんは賢くて困るッ! いいか! 世の中、これはこれ、それはそれができる奴なんて少ないんだッ!」

「バインはできるでしょ? じゃなければ、俺の魔道具の一部を抜き去って売るなんて事はしないだろうし」

「ハァッ!?!?」


 キレていたバインが今度は思いっきり驚く。ついでに徐々に顔を青くしていく。目を白黒させている姿は見ていて面白い。


「は、え、はぁッ!? 魔導冷蔵の製造者ッ!?」

「いや、設計者だよ。流石に“細工術”であれだけ緻密なやつを創るのは大変だしね」

「んなッッ!!??」


 またまたバインが後ろに倒れる。天を仰ぐ。


 あ、注文していたスープがきた。いい匂いだ。


 ……給仕の人が悶え唸るバインをすごい目で見てるけど……通報されないかな。まぁ、大丈夫か。


 ライン兄さんがニッコニッコ笑って給仕の人の思考を奪っているし。やっぱり、ライン兄さんはすごい美少年だよな。


「ツ、ツ、ツ、ツ、ツ、ツ、ツ!!」


 そう思っていたら、バインが壊れた人形のようになった。俺を指さしわなわなと震える。


 仕方ないので、バインが言いたいことを代弁する。


「そう、ツクルだよ。ちょっと騒がせている魔道具師は五歳児でした。どう、驚いた?」

「ちなみに僕はガンサク。七歳児だよ。そして僕とセオでドルック商会を営んでいるんだ」

「!!!」


 あ、バインが今度こそ気絶した。


「……どうする? ここまで驚くとは思わなかったんだけど」

「たぶんだけど、きちんと情報を把握してるからじゃない? だいたい、それを確かめるために尋ねたんでしょ?」

「いや、俺は世間に疎いから自分たちの世間的評価は知らないよ」

「僕も知らないよ」


 スープ美味しい! と頬を紅潮させているライン兄さんに俺はジト目を向ける。


「なんでだよ。一昨年、王都に来たんでしょ? エドガー兄さんから何か聞いてなかったの?」

「もう王都には二度と行かないと決意したから、頭から追い出した」

「結局来てるじゃん」

「セオのせいだよ」


 それにしてもバイン、起きないな。






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