第12話:売る:Second encounter

「暑い! 今年の夏は暑すぎる!」


 バインが朗々うたう。


 ……やっぱり、その声を聞くと強制的にバインに注目してしまうな。言葉選びもだが、それよりも魔力だ。


 たぶん、能力スキルかなにかなのだろうが、思わず意識を向けてしまう魔力が声にのっているのだ。


 声量がかなりあるのに、うるさいとは感じない。スッと耳に入ってくるのだ。


 多くの人が足を止め、バインに視線を向ける。半径十メートル近くの人は全員だ。それより遠くにいた人のほとんども足を止めている。


 直ぐにバインを中心に人込みが形成される。


「お姉さん! うだる暑さに滅入っていませんか! いつでもどこでも涼しくなりたいと思いませんか!」

「え、ええ。それが出来たらうれしいけれど……」


 女性の頷きにバインはニヤリと笑う。


「それができるんです!」


 バインが手に持っていた掌サイズの平べったい魔道具を掲げる。俺が作った小型冷蔵庫の冷気を放出する内部魔道具だ。


「お姉さん、これを持って見てください!」

「ええ」


 女性がバインから冷気を放出する魔道具を受け取ると。


「!! 冷たいわ!」

「そうでしょう、そうでしょう! この魔道具は身につけているだけで微弱な冷気を放出してくれるのです」


 まぁ、魔力供給機構などは外付けだし、魔力吸収機能制御機構もないからな。普通の人の放出魔力を全力で吸収するだけだ。


 と言っても、たいていに人の放出魔力はたかが知れているため、微弱な冷気しか放出できないのだろう。


 バインは続ける。


「この魔道具をこう紐でくくりつけて首にぶら下げれば、この通り! 体全体に行き渡る。しかも、心地の良い涼しさだからこそ、体を冷やす心配もない!」


 なるほど、なるほど。そんな感じにくるのね。


 俺はライン兄さんに目配せしながら、"宝物袋"からグローブを取り出し、手にはめる。首に下げていたゴーグルを顔にかけ、昼食を食べて髪の毛の中でウトウトしているアルたちをゆっくり撫でる。眠らせる。変に興奮させるかも知れないし。


それから俺は目の前に並べたいくつもの鉱石を手に取る。"細工術"を発動し、手先の器用さを上昇。鉱石に魔力を浸透させていく。


鉱石を粘土のように柔らかくしていくと、小さな自分の手に目一杯の力を込め、粘土化した鉱石を捏ねていく。


 "錬金術"さえあれば、魔力操作だけで鉱物の変形させることができるのだが、俺の場合は手先ので整形しなければならない。


 一応、はめているグローブは手の筋力や器用さを上昇させてくれる魔道具のため、そこまでは疲れないが。


 捏ねて整形した鉱物を接合したり切断したりしている俺をちらりと見て、バインは僅かばかり首を傾げる。


 が、直ぐに目の前の客に注意を戻す。


「さぁ、これからもっと暑くなる夏! 外仕事をする人はもちろん、体の弱い女性や子供も暑病に掛かりにくくなる!」


 暑病とは、いわば熱中症。この世界だと、水分に追加して魔力が関係するのだが、まぁ暑さによる水分不足と体温調整ができなくなることによる病気なので、熱中症だ。


 まぁ、前世もそうだったが、熱中症は侮れない。死を招く病気である。


 なので、俺やライン兄さんが着ている服にはアテナ母さんが付与した体温調節が組み込まれている。


 ここら辺はロイス父さんとアテナ母さんが過保護なゆえんだよな。といっても、二人ともは感覚がずれてるからこっちに負担になることもあるのだけれど。


 ここ最近は減ってきたけど、虎の子を崖から落とすかのようなことがたまにあったからな……


 ロイス父さんとアテナ母さんの強さゆえの弊害かな。周りにはそこら辺の調節は上手くできているらしいが、俺やライン兄さんたちなど、身内になると調節ができなくなる。


 ロイス父さんたちもマズいと思っているらしく、そこらへんは結構気を使っている。二人とも隠している感じだが、まぁ分かる。


 そしてそれゆえにストレスも溜まってるんだよな……。今日のデートで発散してくれればいいけど、何か作るか。


 と、思考が逸れた。


 バインが値段を言い、客が争うように冷気を放出する魔道具を買おうとしている。


 なら、今だ。


 俺は分身体に命令を出す。


「――!!」


 キンッと耳をかき鳴らす音が響く。分身体が周りに見えないようにこっそり風魔術で高音をかき鳴らしたのだ。


 バインに殺到していた客全員が俺たちの方を向く。ギヌロと睨む。


 ここでタイミングをミスるな。ライン兄さんに目くばせすると、ライン兄さんは集中する。まるで、タイミングを読むことだけに一緒を注いだ芸術家のような……


「はじめまして!」


 ライン兄さんが天真爛漫な笑みを浮かべる。無垢なその声は多くの人の耳を優しく撫で、心を洗う。


 実際に買い物を邪魔され睨んでいた客全員が、デレと頬を緩ませた。やっぱりライン兄さんは天使だな。ブラウも天使だが。


 っと、俺がデレてどうするのだ。


 ライン兄さんの言葉で弛緩した人たちの心を掴まなければ。


 っということで、ピエロの分身体。頼むよ。


『さぁさぁ、皆様、こちらをご覧ください!』


 ピエロの分身体が俺がさっきまで作り、急いで複製していた魔道具を掲げる。それからアクロバティックな動きを入れる。


『こちらの魔道具はこの夏を乗り切るための必需品。誰もかれもが手に入れられる魔道具!』


 ピエロらしくコミカルな動きで多くの人たちの注意を引きながら、声を張り上げていく。


 バインほどではないが、それでも声に魔力を乗せることはできる。特に魔力だけで構成されている分身体はなおさらだ。


 ついでに、パーンとクラッカーのような音を風魔法で演出しつつ、煙からもう何人かのピエロの分身体を召喚する。


『『『こちらをお手にどうぞ』』』


 ピエロの分身体たちが手に持っていた魔道具を近くの男性や女性に手渡す。戸惑っているが、おずおずと受け取る。


『『『こちらのスイッチを入れて下さい』』』


 そういわれ、魔道具を受け取った人たちはスイッチを入れる。


 すれば、


「「「! 涼しい!」」」


 涼しい風が当たり、気持ちよさそうに目を細めた。


 つまるところ、俺が作ったのは冷気付きの小型扇風機の魔道具だ。手のひらサイズで、首から下げることもできるように鎖穴も開けてある。


 スイッチ式だから、身に着けている時ずっと冷気を放出することもない。それに身に着けていなくても冷気の風を送り続けてくれる。


 魔力供給自体は自然魔力と近くの人の放出魔力を吸収する機構にしてある。そもそも、扇風機を使うのは夏だけなので、魔力貯蔵量だけ高くしておけば、秋冬春に夏の期間中の魔力をためてくれる。


 今回は俺の魔力を注いであるが。よほど酷い使い方をしなければ、数か月持つほどの魔力を注ぎ込んでおいた。


 これでも魔力量はかなりあるのだ。


 ピエロの分身体が声を張り上げる。ついでにあともう十体くらいピエロの分身体を召喚する。


『『『みなさまっ! こちらの魔道具はお隣の魔道具とは違います!』』』


 ピエロは朗々と上げていく。後ろでお手玉をしていたり、大芸道をしながら。


 構造や耐久性、値段、使いやすさ、皆様の気持ちに寄り添えること。買い物の大体は感情だ。損得や機能よりも、好感で決まることが多い。機能などを重視する人もいるにはいるが、少ない。


 ピエロの分身体はもちろん、ところどころでライン兄さんが相槌を入れたりする。


 と、


「おっと! みなさな、落ち着いてくだされ! 話がうますぎやしないかい!」


 バエルがタイミングを見計らって言葉を入れてきた。しかも、言葉による注意引きがなんと上手いことか。


 俺が作った魔道具に傾きかけていた心が止まってしまった。


「そちらの魔道具は大変高価だ! 私たち庶民に手がでるものではない! しかも、この魔道具はアカサ・サリアス商会の魔道具が売っているのを小型化しているのです! ありえますか、こんな場所で売っているのですよ!」


 チッ。


 大体、お前だってアカサ・サリアス商会の魔道具の中身を売ってるじゃねぇか。それに、最近アカサ・サリアス商会が出している魔道具の設計者は、ほとんど俺だ。大型の扇風機、正確には換気扇を設計したのも俺だ。


 客が少し首を傾げた。

 

 アカサ・サリアス商会は、手広く商売をしている。日用雑貨も売っているが、魔道具はたいてい貴族か冒険者相手に売っていることが多い。庶民層にも売りたいところなのだが、コスト的に叶わないそうだ。


 まぁ、バインみたいな売り方をすればいいのだろうが。一部の機構を抜き出して、違う用途として売る。あれならば、かなりコストを抑えられる。


 そう考えれば、バインはかなり優秀だろう。魔道具に関してもかなり知識がありそうだし、商売の才能もありそうだ。


 ……いや、だが、仕入れのコストは高くつくはずだよな。大体、アカサ・サリアス商会で売っている冷蔵庫よりも、バインが今売ってる魔道具の値段は安い。単純に考えても利益は……


 っと、それは後でいい。


『『『それならご心配なく、皆様! こちらの魔道具は、我が弟子が作った物!』』』


 ピエロの分身体が俺に手を向ける。ライン兄さんみたいにはいかないが、俺もにっこりと笑う。ついでに、ライン兄さんが一緒に笑ってくれる。


『『『一人前でないが故、銘の金額が大幅ダウン! これはアカサ・サリアス商会に務めている私が宣言いたしましょう!!』』』


 そういって、ピエロの分身体がアカサ・サリアス商会の職員証をかざす。


 嘘ではない。俺だってアカサ・サリアス商会に務め――いや、提携か。まぁ、あそこからも給金はもらっているし、嘘ではない。うん。


 バインがめっちゃ驚いた表情をしている。


『『『この魔道具は弟子が初めて売る魔道具! 将来、アカサ・サリアス商会を牽引する魔道具師が売る最初の魔道具!!』』』


 ……これ言ってるの、分身体なんだよな。自分で自分を褒めたたえている感じで、なんかすごい恥ずかしい。


 こんな設定にしなければ良かった。


 あ、設定と言えば、教会の人たちが遠巻きに俺たちを護衛……まぁ、いっか。向こうの勘違いだし、どうせ今後関わることはないだろう。


『『『たった、たった小銀貨五枚で買える! 今後、こんな機会は絶対に訪れない!!』』』


 畳みかける。


「ッ! か、買わせてくれッ! さっき言った機能は本当だろうな!」

『『『ええ。信じるかどうかなあなた次第! しかし、あなたはここで買わなければ、毎年の夏に商会の前で後悔し続けることになるでしょう!』』』


 バインの言葉に止まっていた天秤が俺たちに傾いた。


 多くの客が殺到し、ピエロの分身体たちが裁いていく。ついでに俺は必死になって増産していく。


 その隣でライン兄さんが気前のよさそうなお客さんに声をかけては、自分が先ほど作った木彫りや、似顔絵を描くなどといって、商売していた。

 

 よし、この勝負、俺たちの勝ちだな。バインにも客はそれなりに流れているが、それでもこっちの方が儲かっただろう。


 だがしかし、これで終わるバインではなかった。


 間髪入れず既存の魔道具の一部を新しい魔道具の用途として売り出す。たくましい。


 俺もその案を奪い、新たな魔道具を作っていく。


 そうして、午後のほとんどをそれに費やしてしまった。





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