第7話:今度こそ、行きます:Second encounter

「セオドラー様。セオドラー様」

「……ぅん」


 扉を叩く音が遠くで響く。知らない声。つまり、ここは夢。


 でも、なんか夢とも違うような……


 まぁ、いいか。眠い。


「セオドラー様は私が起こしますので、はい」


 ……レモン? けど、なんで愛称じゃない……じゃあ、やっぱり夢……


 ぼんやりする思考で考えていたら。


「セオ様っ! 起きてください!」

「のわっ!?」


 ガタンッと扉が開き、頭をペチンと叩かれた。思わず飛び起きる。


 そこにはレモンがいた。


「ったく、ここは自宅じゃないんですよ。もっとシャキッとしてください。シャキッと。舐められますよ」

「……ええっと、ここ、どこ?」

 

 寝ぼけた頭で周りを見渡した感じ、知らない場所だ。自室ですらない。だって、自室ならアルたちが集めに集めた草木が部屋全体を覆っているはずだし。


 うん、夢だな。ここ。


 そう思って横になろうとしたら、


「寝ぼけてるんですか? 王都ですよ、王都。ハイハイ、早く起きてください。それとも私が着替えさせた方がいいんですか」

「……ッ! レモン、やめっ!!」


 とても手際よくレモンが俺のパジャマを脱がしていく。そして、パンツにまで手を掛けようとしてきたので、ようやく寝ぼけていた頭が覚めた。


「減るものではありませんよ」

「俺の心がすり減るのっ! いいから、起きるから、出てってっ!」

「はい、分かりました。それと、もっとてきぱき動いてください。でないと、私がサボれないんですから」

「サボるなっ!」


 狐のモフモフ尻尾を揺らしながら、レモンは部屋を出て行った。


「はぁ、最悪な寝起きだ」


 俺はぐったりとした様子でベッドから降りる。


 ……昨日は散々だった。


 市場を見ようとしたのに、傍迷惑な子供らに巻き込まれたし、借りている屋敷に戻れば多くの使用人が行き交っていて落ち着かない。


 しかも、うやうやしい態度を取るし、こっちが気さくに話しかけようとしたら、使用人長のリザさんに小言を言われるし。


 心が休まらない。


 ……まぁ、レモンはそれを見越して俺をからかったんだろうが……いや、自分も肩っ苦しいのにうんざりして息抜きしただけか?


 いいや、着替えよ。


「アルル?」

「リュネ?」

「ケン?」


 と思って昨晩準備していた服を手に取れば、その服の中からアルたちが飛び出してきた。どうやら服の中で寝ていたらしい。


「なんでそんなところで寝てたの……」

「アルル!」

「リュネネ!」

「ケケン!」


 ……どうやら使用人さんが怖かったらしい。


 朝日と共に起きたはいいものの、屋敷を探索しようにも既に多くの使用人が仕事をしていたらしく、怖かった。空気も張り詰めてたし。


 で、ベッドには昇れなかったから、服の中で隠れていたと。


 まぁ、可愛いな。


「ごめんな。帰ったら、自由にしていいから、少し我慢してて」

「アル」

「リュネ」

「ケン」


 良い笑顔で頷いた三匹をボサボサの髪の中に入れ、俺は着替える。


 ……にしても、かっちりしているな……。面倒な。もっとラフな恰好をしたい。


 あとでこっそり着替えよ。


 そしてゴーグルを首に下げた俺は部屋を出た。


  

 Φ



「今日はどうするの? 自由?」

「……そうだね」


 朝食を終えた俺たちはリビングで少し寛いでいた。ロイス父さんは考え込むように顎に手を当てる。


 すると隣でクリークという、この世界のチェスみたいなのをライン兄さんとさしていたアテナ母さんが顔を上げる。


「どうせ明日から忙しくなるし、ゆっくりすればいいじゃない」

「……アテナは面倒を僕に押し付けたいだけでしょ?」


 そういえば、アテナ母さんは明後日には帰るのか。七日間ある生誕祭の初日しかでないつもりだろう。


 つまり、面倒ごとの大半はロイス父さんに押し付けるということだ。


「貴方なら信じているわ」


 アテナ母さんはロイス父さんにとても良い笑顔を見せる。


 ……なんか、酷く甘ったるい。やってるのは、結構エグイことなのに。


 そしてロイス父さんはそれを分かっていながら、嬉し呆れた表情を浮かべ、頷く。


「そうだね。セオもラインに自由でいいよ。王都の散策もできていないだろうしね」

「父さんはどうするの?」

「僕は明日のための調整だったり、王城に行かなきゃいけないから。あと、アテナ。君もだよ」

「えっ?」

「トーンさんたちにも顔出さなきゃ。セオたちは生誕祭で正式に貴族になってから顔合わせの方がいいけど、アテナはいないでしょ?」

「まぁ、そうだけれども……」


 トーンさん? 誰だろう。ライン兄さんを見やるが、ライン兄さんも首を横に振っている。


 まぁ、後で分かるか。


 どっちにしろ、そんな俺たちをおいてロイス父さんとアテナ母さんは自分の世界に入っていく。


 不満そうに唇を尖がらせたアテナ母さんの頬をロイス父さんが優しく撫でる。


「いつもの、用意してるし。今日は、ね」

「ッ! ええ、行くわ。全て夕方までには片づけるわ!」


 いつもの、という言葉を聞いた瞬間、アテナ母さんの顔がパァーっと輝く。それはもう恋する乙女の如く輝く。

 

 ……夫婦円満なのはいいんだけど、子供の前で止めてくれるかな……


 っというか、いつものってなんだよ。


 そう思ったら、呆れた表情をしたライン兄さんが俺の耳に口を近づける。


「今日、夕食僕たちだけだからさ、外で食べようよ」

「え、父さんたちは?」

「知らない。僕の時も、一日だけ二人でどっかいったんだよ。その時もいつものとか言ってたし」

「……あ、なるほど」


 つまり、特別なデート場所でもあるのだろう。お熱いことで。



 もしかしてアテナ母さん、このために王都に来たんじゃなかろうか。いや、普通に息抜きは必要だし、まぁいいんだけど。


 うん、けど、やっぱり子供の前でイチャコラするのやめてほしい。見ているこっちがげんなりしてくる。


 そう思考しながら、ライン兄さんに問い返す。


「でも、使用人の人たちが夕食、用意してないの?」

「レモンに言う。どうにかしてくれるでしょ」

「まぁ、そうだね」


 頷き、俺は立ち上がる。


 また、ライン兄さんは「はい、母さんの負け」と言ってクリークの駒を動かした。ウッキウッキと輝いていたアテナ母さんの表情が少し暗くなる。


 それをサクッと無視して、俺とライン兄さんは自室に戻り準備を始める。


 今度こそ、王都の探索だ。



 Φ



 レモンに夕食は王都のどこかで食べると言伝し、ロイス父さんたちに「行ってきます」といって、屋敷を出た。


 屋敷を出て、直ぐの物陰でラフな格好に着替え、上品なローブを羽織った俺たちは貴族街を歩く。

 

 自分とアルたちの放出魔力を特徴がない感じに偽装する。


「どうするの?」

「う~ん。まだ、朝だしね。貴族街のところは質の良いものが多いけど、それはまた後に回そうよ」

「そうだね。それよりも昨日、行けなかった場所に行きたい。正直、消化不良でモヤモヤしてるし」

「だね。お金も崩したし、買えるものも多いでしょ」

「うん」


 “宝物袋”には結構なお金がある。


 ドルック商会で得たお金はもちろん、今でもアカサ・サリアス商会に色々な魔道具を卸しているので、小金持ちくらいのお金は持っている。


 ただ、それらはまとめて得ているので、小銅貨や大銅貨、小銀貨などがなかったのだ。


 なので、レモンや他の使用人に頼んで両替してもらった。


 レモンは兎も角、他の使用人は俺たちが自分たちで稼いでいる事を知らないため、少し良い顔をしてなかった気もするが、貴族だからと納得していた。


「そうだ。その市場ってさ、俺たちも何か売ったりできるの」

「たぶん、できるんじゃない? ほら、昨日言ったでしょ。南と西の境市場は雑多だって。手続きはないから、結構なんでもありだったはずだよ」

「じゃあ、ちょっと魔道具か何か出品する? ライン兄さんは絵でも良いし」


 ライン兄さんは首を横に振る。


「僕、絵は全て家だよ」

「あ、じゃあ、子供が似顔絵書きますよ的な感じで」

「あ、ちょっと面白そう。午前中はそれでお金を稼いでみようか。即席の技術も付きそうだし」

「ね」


 俺たちはウッキウッキしながら、貴族街を抜け、南地区と西地区の境市場へと向かった。







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