第8話:まぁ、でも子供って目まぐるしく気移りしますよね:Second encounter

 昨日の反省を活かし、俺とライン兄さんは西地区からではなく南地区からのルートを歩く。こっちなら、裏路地は少なく、大通りが殆ど。昨日みたいに巻き込まれても大通りに逃げられる。


 それにしても多くの人が大通りを行き交っている。特に子供だけでちらほらと歩けている所を見ると、南地区はそれなりに治安がいいようだ。俺たちだけで歩いていても特に気にされることはないし。


 ……うん?


「ねぇ、あの人たちってなんかに所属してるの? 騎士っぽくはないんだけど」

「どの人たち……?」

「ほら、あそこを歩いてる少年少女? 一人だけなんか凄く老いた感じの人がいるけど……」


 俺たちの少し前を歩く少年二人に少女二人。中年男性が一人。全員、ローブにも似た同じ服を纏っている。たぶん、制服か何かだと思うんだけど……


 ライン兄さんがああ、と頷く。


「たぶん、王立特別教養義校……あんまりこの言い方は好きじゃないけど、平人学校と言った方が分かりやすいかな?」

「なるほど」


 ライン兄さんが好きじゃないと言った気持ちも分かる。平民のための学園、というのは、それが理由ならば兎も角、言い方としては好きではない。まぁ、単なる感覚の問題なのだろうが……


「一昨年から……ちょうど、僕の生誕祭があった年の九月から開校したらしいよ。父さんたちが色々と慌ただしくしていたし」

「ふぅん。ねぇ、義っていうくらいだし、だれかが寄付したの?」

「王様だったけ? 王族主導で始まったとは聞いたよ。オリバー王は学問とかの門戸を開く方向だとかエド兄が言っていたんだよね」

「オリバー王ってこの国の王様?」


 へぇーと思いながら尋ねれば、ライン兄さんが物凄い顔になる。若干引いている。ミズチがそんなライン兄さんの顔をチロチロと舐める。大丈夫? と。


「……そうだよ。まさかセオ、それすらも覚えてないの? 大丈夫?」

「会ったことのある人の顔を忘れるライン兄さんよりはマシだけど。ねぇ、昨日の少女、本当に知らないの?」

「……知らないよ」

「なに、その間」


 ジト目を向ければ、ライン兄さんは少しバツが悪そうに顔を逸らす。


「いや……うん、知らないと思うよ。知らない。エド兄なら知ってるかもしれないけど、僕は知らない」

「だから、何なの、それ」

「……まぁ、エド兄に関する例のかたの周りにいる人の一人……かもしれない」

「……はっきりしないなぁ」


 まぁ、これ以上聞いても分からないか。ライン兄さんも確証はないようだし。それに面倒くさそうなのは後回しにしなきゃ。今は、今を楽しもう。


 俺たちはテクテクと歩く。


 にしても、今歩いている大通りは商店が立ち並んでいる。日用雑貨を扱っている店、武器屋、道具屋。パン屋や小さな飲食店。


 八百屋と果物屋が分かれているのは面白い。それだけ、果物の種類豊富なのだろう。


 そこに様々な、それでもそれなりに身なりが整っている人たちが買いに来ている。それなりに日々の暮らしに困らない程度の人たちだろう。そうでない人たちは西地区にいるのだろうし。


 あ、服屋もある。


「へぇー。あんな感じの服があるのか」


 ちょっとお大きめの窓から見える女性服に、目を奪われる。ラート街にはなかった服の様式だ。


 ……ちょっとだけ覗いて構造だけ把握するか? アテナ母さんやマリーさんから裁縫などの手解きもて多少受けているからな。


 普通に売れそうだし、色々な服が増えた方が多くの人が喜ぶかな……

 

「こら、セオ。どこ行くの?」

「うげぇっ。ちょっ、ライン兄さん! 首掴まないでよ!」


 ライン兄さんが俺の首を掴んでくる。意外と苦しい。


 ライン兄さんが呆れた表情を向ける。


「セオって気移りが酷いよ。たぶん、このままだと南と西の境市場に行けない」

「気移りが酷いって……。初めて見た王都に興奮しているだけだよ!」


 大体!


「それはライン兄さんもでしょ!」

「うがっ! ちょ、セオ! 何するの!?」

「何するも何も、絵の具とか売っているインク屋にふらふらと歩いて行くライン兄さんには言われたくない!」

「うぐっ」


 ライン兄さんは口をつぐむ。


 そして俺とライン兄さんは頷き合う。


「急いで行こうか」

「そうだね」


 大通りを歩けば面倒ごとには巻き込まれなさそうだが、俺たちがまともに目的地に行けなくなる。


 結局、直ぐ近くにあった裏道に入り、俺たちは急いで南地区と西地区の境の大市場に向かう。



 Φ



 活気が溢れている。


 南地区の大通り以上に多種多様な人が行き交い、怒号ともとれる熱意が飛び交っている。


 ヤバい。


「セオ! 僕の手を離さないでね!」

「ライン兄さんこそ俺の手を離さないでよ!」


 魔力感知で確かめた感じ、市場は直径五百メートル、もしくはそれに近いの大きさで展開されている。


 そして中央南や東に近いところは人気場所なのか、人が多い。それこそ、東京に向かう平日朝の満員電車みたいだ。


 つまり、俺たちは死にそう。


 五歳児と七歳児だ。大人の半分とは行かないが、それでも胸の高さには届かない。もみくちゃにされて、潰されてしまう。


 俺とライン兄さんはあっぷあっぷとうめきながら、必死にその流れに飲み込まれないように進む。


 と、


「おい、坊主たち」

「へぐっ!」

「うぎゃ!?」

 

 ガシッと力強い衝撃と共に、俺たちは空中に放り出された。


 そして。


「おわっ!」

「あわわっ!」

「っと」


 少し細めの青年に担ぎ上げられた。どうやら、俺たちのフードを掴んで持ち上げたらしい。


 なんとなくだが、悪い人ではないな。嫌な視線とかも感じないし、それに魔力も普通。


 ソフィアの訓練によって魔力感知の精度が上がったのだが、その影響か、なんとなく人の殺気とか悪意とかが分かるようになってきたのだ。


 なので、この人は大丈夫。


 俺とライン兄さんはそう目で確かめ合い、それからその青年に頭を下げる。


「あの、ありがとうございます」

「ありがとうございます」

「おう」


 赤みを帯びた茶髪――赤毛に碧眼のその青年は快活に頷く。それから、周りを少しだけキョロキョロとした後、俺たちに尋ねる。


「坊主たちの親とはどこではぐれたんだ? どこの地区に住んでいる?」

「あ、いや、僕たちは……」

「ええっと……」


 どう名乗ろうか、ライン兄さんが迷う。俺も馬鹿正直に貴族の子です、と言うべきじゃないしな……と悩む。常識に疎いので、普通に平民の子です、と言っても下手を踏みそうだし……


 そう言い淀んでいたらその青年は一瞬、俺たちを、服装やら顔とかを吟味するように目を細める。


「まぁ、いいか」


 そして飄々ひょうひょうとした笑みを浮かべる。


 どうやら、気にしないことにしたらしい。


 人込みをスルリスルリと歩きながら、その赤毛の青年は進む。細身の割には、体幹などが割としっかりしている。身なりもそれなりに良い。良い物を着ているというよりは、清潔感のある感じだ。


 赤毛の青年は担ぐ俺たちを見やる。


「坊主たちは斑魔市はんまいちを見に来たのか?」

「「斑魔市はんまいち?」」


 俺とライン兄さんが首を傾げる。ライン兄さんも知らないらしい。


 赤毛の青年が一瞬だけ眉をひそめた後、優しく教えてくれる。


「このいちの事さ。週に三日。だいたい二日おきに開かれるんだ。王都で開かれる市は全て同じだな。朝市は違うが。んで、東地区と南地区の間で開かれるのを凡魔市ぼんまいち。南地区の中央で開かれるのを玉魔市ぎょくまいちって名が付いてんだ」


 ああ、なるほど。魔石の質で表しているのか。凡魔ぼんま石は一般的な魔石。斑魔はんま石は魔石の部分によって質が異なる魔石。玉魔ぎょくま石は質の良い魔石だ。

 

 ライン兄さんがが「へぇー」と頷く。


「そんな名前がついてたんだ。知らなかった」

「エドガー兄さんが教えてくれなかったの?」

「いや。普通に市場としか。知らなかったんじゃない?」

「そうなんだ」


 ふぅん、と頷く。赤毛の青年がもう一度尋ねてくる。


「で、ここの市場に来たのか?」

「あ、はい。そうです」

「そうか。なら、こっち側は人が多いから、あまり近寄るなよ。特にお貴族様の祭、生誕祭が始まるのもあって王都自体が活気づいているのもあって、いつも以上に多いしな」


 いつの間にか、そこまで人が多くない、それでもそれなりに人はいる場所にたどり着いた。


 隅っこで俺たちは降ろされる。赤毛の青年は俺たちに視線を合わせるように屈む。


「ここは西地区にも近い。騎士様が巡回しているから多くはないが、人さらいもでる。気を付けるんだぞ」

「ありがとうございました」

「ありがとうございました」

「おう」


 赤毛の青年は頷き、頭を下げた俺たちに手を振った。市場の人込みに消えた。






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