第5話:シロポポ講義1:this spring

「じゃあ、始めるよ!」


 ライン兄さんは、目を輝かせて意気揚々と声を張り上げる。


「ごめん、ライン兄さん。その前に、その後ろのやつ何?」


 そんなライン兄さんに水を差すようで悪いが、聞かなければならない物がライン兄さんの後ろに浮いていた。


「もう、しょうがないな。これは携行可変式黒板。ほら、前にセオがさ、母さんの授業で黒板があれば楽だ、って言ってたでしょ。それで先日、自由ギルドに行ったら浮遊石が偶々あったから、母さんに頼んで携行式のを作って貰ったんだよね。ああ、授業用の黒板は作り終わってたよ。来週から運用するんじゃない?」


 まじかよ。それ俺知らない。仲間外れかよ。


 にしても、自由ギルドか。


「いいな。俺もさっさと町に行きたい」

「しきたりが終わるまでもう少しでしょ。それまでは我慢。しきたりだって横暴なものでもないし」

「分かってるよ。でも、やっぱ移動距離が制限されているのは嫌なもんだよ。っと、話の腰を折ってごめん。始めていいよ」

「うん」


 頷いたライン兄さんは、片手に持ったチョークを動かして黒板に絵を描く。


 それから、一分後。


「ふぅ」


 描きおわったらしい。黒板には一つの花の全体像と部位別が描かれていた。


「最初にあらかた説明して、最後に実物を見て確認って流れで良い?」

「問題ない」


 それにライン兄さんの絵は実物より分かりやすいんだよな。


「っと、その前に……」


 ライン兄さんは何かを思い出したらしく、ウエストポーチから小さな四角い物体を取り出した。次にそれを空中に放り投げる。


 そうすれば、四角い物体はカシュンッカシュンッ、と音を立てて変形し、黒板の形を成した。


「では、先ず、シロポポの大まかな環境別受粉方法の違いだけどね……」


 ライン兄さんは新たな黒板に、寒冷・温暖・熱帯・砂漠・海・etc……、と縦に書いていく。また、その横に赤、青、黄、といった具合に色別の丸を書いていく。


 そして右上に媒と書き、その下に色別で、動物・虫・風・水・魔物と書いていく。


「セオ。見ての通り、大まかな環境別の受粉媒体の違い。方法は媒体によって変わるからね。それで、これは大まかなもので地域別に違いがあるから、それはこれを見て、確認して」


 そういって、ライン兄さんはウエストポーチから数枚の紙を出し、俺に渡す。


 そこにはびっしりと文字が詰まっていて、大陸や国、地域別のシロポポの分布具合と詳細な媒体が書かれていた。しかも、受粉だけではなく、種子の媒体の違いまで書かれていた。


「それは自由ギルドの資料や冒険者の人たちから集めた情報をまとめたものだよ。一応、間違いがないか多くの人に確認して精査したけど、間違いがあったらごめん。現地には行ってないから、確実ではないんだよね」


 なるほど。それでもこれはすごい。情報収集能力と分別能力の高さがうかがえる。しかも、これって一週間前に始めたはずなんだよな。


 やばい。単純にやばい。色々と凄い。


 ただ、一つ疑問が……。


「ねぇ、こんな詳しく調べる必要あった? 種子についてもあるし。アテナ母さんからは平原・森林・温暖・寒冷・荒野の五つで良いって言ってたじゃん。それに、これが本題ってわけじゃないし」


 そう。あくまで環境別受粉方法の違いは本題を解くヒントでしかない。


 そう言うとライン兄さんは、溜息を吐いてやれやれと頭を横に振る。


「セオ。材料は多い方が良い。もちろん、材料の正確さは必要だけど。それに、これくらい集めないと今回の問題に対して答えがでないと思う。その五つじゃ水や風が含まれないし。たぶん、母さんは答えを間違えるように中途半端にヒントを出したんだと思う」


 そう言われると、納得できる部分がある。


 アテナ母さんは知識を教えるってよりは学ぶって方に比重をかけているからな。日本の教育の感覚がこういう時、邪魔をするよな。


 つまり、アテナ母さんが出したヒントは、のヒントだったわけか。


「わかった。ありがとう」

「どういたしまして」


 ライン兄さんはにこやかに頷く。


「じゃあ、続けるよ」

「お願いします」


 ライン兄さんはウエストポーチから細い棒を取り出し、黒板を指す。


「さっき渡した紙を見て分かるように、シロポポはあらゆる環境に存在する。通常なら植物が存在できないような環境にまで。それを可能にしている要因の一旦は、受粉方法の豊富さだ。

 で、だ。では、何故、それほど多くの受粉方法を持つことができるのか。ボクは、それが本題に対しての答えになるのだと考える。

 まず、シロポポは普通の植物と違う所がある。はい、セオ」


 ライン兄さんが質問を交える。


「魔法植物であること」

「そう。そして、あらゆる魔法薬に絶対に必要な植物なんだよ」

「まぁ、その詳細がアテナ母さんからの課題だけどね」


 一ヶ月に一回程度、アテナ母さんから課題が出される。


 ただ、今回の課題はいつもより難しい。ライン兄さんが課題をクリアするのに、一週間もかかってるからな。いつもは二日程度なのだ。


「で、だ。シロポポは魔法植物であるがゆえに、魔力を多分に含み、それによって特性を持っている」


 特性とは物体が魔力による影響によって持つ能力スキル的な力の事を指す。


「“治癒”だね」


 だから、即効で怪我や病気を回復させる魔法薬の材料として使われる。


「そう。けれど、“治癒”っていうのはボクたちが魔法薬に使うから、そう言われているけど、実際はではなく、といった方が正しいとボクは考えている」

「つまり、それが課題の答え?」

「最終的には」


 なるほど。“改変”か。


「じゃあ、“改変”の特質について詳しく教えて下さい。根拠も一緒に」

「あい。わかった」


 ライン兄さんは待ってましたとばかりに大きく頷き、自らの胸を叩いた。

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