第4話:脱線:this spring
そこには一本の樹があった。円形広場の中心にその樹があったのだ。
青々と茂る草。程よく広げられた緑の手。陽はスポットライトの如く樹を照らし、優しい木漏れ日が石畳の床を彩る。
そして何より目を惹かれるのは枝。模様を描くようにねじ曲がり生長している枝。腰を掛ける小さな椅子やちょっとした机を作る枝。
自然物ではない事が明らかな樹はただ、厳かにそこに佇んでいる。
まぁ……。
「ねぇ、セオ。いつの間にハンモックをつけたの? あと、あの周りの物は何?」
ちょっと雰囲気にはそぐわない物があった。
緑色の布地でできたハンモックが、良い感じにフックがある枝と趣のある石壁に刺さった杭によってつられ、通路を塞いでいる。
しかも、鉄くずの様な加工に失敗した金属が乱雑に散らばっていたのだ。
「あっ。やべっ」
焦りの声が俺の口から漏れる。
やっちまった。忘れてた。
「はぁ。その様子だと完全に忘れてたみたいだね」
ライン兄さんが呆れたように言ってきた。すげー馬鹿にされている感じだ。
「はぁー」
再度、溜息を吐くライン兄さん。お疲れ様です。
「セオ。見なかったことにするから、早く片づけなさい! 今すぐに!」
「イェッサー!」
はっ。無意識に敬礼をしてしまった。ライン兄さんの覇気に押されてしまった。
これはあれか。もしかして調教とかそんな部類になるのか。前世でも兄や姉達には逆らえなかったし。くそっ。
「セオ」
おっと。お隣さんが少しお怒りだ。やばいやばい、早く行動せねば。ライン兄さんは怒ると怖いのだ。たぶん、ロイス父さんの血だ。
とてとて。ハンモックの前に辿り着く。
ふむー。やっぱり三歳児だと走るのにも時間がかかる。ま、いっか。
さて、片づけてしまうか。
“宝物袋”を発動。
そうすると、ハンモックも含めた周辺の物が綺麗さっぱり消える。そして、
「むむむ」
念じてもう一度“宝物袋”を発動!
すると、広場にあった鉄くずなどが全て消えたのだ。俺はここ数年間“宝物袋”を使い続けたことによって習熟度がまし、発動に時間はかかるが、広範囲で物体を“宝物袋”に仕舞う事ができるのだ。
じゃあ、なんで一回で終わらせなかったって? それは、広範囲に発動すると一回で仕舞える重量が限定されてしまうからだ。まだまだ、努力不足である。
「ふぅ」
少し疲れた。後ろの方の鉄くずは視認しないで、位置などを把握しなければならないから、まぁまぁな集中を使うのだ。
「で、セオ。なんであんなのがあったの?」
ライン兄さんはそんな俺を無視して詰問してくる。口調が強い。
「あー。えーっと。それは……」
「何?」
「ここを工房として使ってたからだよ」
「んぁ? 工房?」
ライン兄さんはそれはそれは困惑した表情をしていた。
「いや、ほらね。俺の部屋ってせまいじゃん。それで、作った道具とかが置けなくなってさ。それに、大きな物とかだと部屋に入らなくて、作れないんだよ。で、それで、さ」
「ここを工房として使っていた、と」
ライン兄さんは半分納得いったて感じに頷く。
「ほら、ライン兄さんも観察書とか、模写絵とかがありすぎて、部屋に収まんないって言ってたじゃん。俺らの部屋って実質屋根裏みたいなものだから、高さが無いんだよ」
「それにしても、ここはないと思うんだけど。母さんに見つかったら大変だよ。大目玉だよ」
ライン兄さんはその恐ろしさを想像したのか、身を震わせながら言う。
ライン兄さんは全くもって怖がりである。
「大丈夫だよ。ライン兄さんが想像するような事は起きないよ。だって、俺はこの部屋の主に許可を貰ったんだ。だから問題ない」
「部屋の主? 中央広場にそんなのいた?」
ライン兄さんは不思議そうに呟く。まぁ、アテナ母さんの説明ではこの薬草庭園にいる生物はトルレとハルレだけだからな。
だけど、いるんだよな。それが。
「ほら、彼」
俺はある方向へ指を向ける。そこにいるのは……、
「……。セオ。もしかしてあの樹の事を言ってるの? 大丈夫? 樹は話さないよ。もしかして、セオの頭の中にいるの……。なんかごめん」
ライン兄さんは可哀想な人を見る目で俺を見つめる。
はぁ。勘違いしてるな。
「違う違う。本当に許可を貰ったんだよ。まぁ、論より証拠」
俺はそう言って、樹の前へと進む。そして、樹に手を当てて、
「樹木に由りを――〝樹霊領域〟」
そう呟く。
瞬間。
樹に新緑の渦が巻く。木の葉が回り踊り、舞い上がる。そして、樹を覆い隠す。
「なっ! これは」
ライン兄さんの驚愕に染まる顔。
「ふふっ。驚いた? ライン兄さん」
俺は新緑の渦巻きの中から這い出るように悠然と歩きながら、ライン兄さんに得意げに言う。ライン兄さんの目からは、俺が新緑に染まった渦から突如として顕れたように見えただろう。
「えっ! セオ。どういう事!? どうやって出てきたの!?」
「まぁ、見ててよ」
パニックになっているライン兄さんを楽しみながら、俺は指揮者の如く手を振る。
「〝樹霊顕幻〟」
さすれば緑が
木の葉の風雨が世界を襲い、風が吹き荒れる。しかし、それは陽光の如く清涼で神聖で。
そして、風雨が晴れる。
「なっ!」
そこには若き葉の面を被った子供がいた。
面からは緑が混じった白髪を、葉っぱの服からは木目が入った肌を覗かせるその子供は、宙に浮いていた。
「紹介するよ。彼はウメン。この樹の精霊だ」
俺は、目を見開いて腰を抜かしそうなほど驚いているライン兄さんに言う。
紹介されたウメンは胸に手をやって、一礼した。
「はじめましてラインくん。わたしはウメンともうします」
ウメンはライン兄さんにそう言い、お面の葉っぱをクルっと音を立てて揺らした。
そして、
「おやすみ」
寝た。
宙に浮いたまま、寝っ転がってしまったのだ。スピー、スピーと寝息が聞こえてくる。
「え、あ、セオ? これは……」
「ああ、彼ね。樹の精霊でとても気が長いの。だからか、良く寝るんだよ。本人が言うには一日に数分しか起きられないとか。しかも一週間以上寝続けてる事が多いから、俺もキチンと話したことがないんだよね」
「へ、へー。そうなんだ」
俺の説明に何となく納得できたのか、ライン兄さんは曖昧に頷く。
俺はそれを尻目に枝で形成された椅子に座り、頭に着けていたゴーグルを枝の机に置いた。そして、“宝物袋”からノートと数冊の本を取り出した。
「じゃ、シロポポの環境別受粉方法の違い――」
「ねっ! 彼は何者! 精霊って初めてみた! 母さんはしっているの!?」
ようやく事態を把握したのか、興奮した様子で、俺の肩を揺らすライン兄さん。
「ちょっ、ま、落ち着いて。落ち着いて、ライン兄さん!」
それはもう、引きちぎらんばかりに揺らすので俺の体は悲鳴をあげる。ペシペシとライン兄さんの肩を叩き、抗議する。
それで我に返ったのか、ライン兄さんは「はっ」っと声を上げる。
「……。ごめん、セオ。興奮した」
しゅんとした様子のライン兄さん。
「いや、大丈夫だよ。むしろ、ありがとうと言うかなんと言うかって感じだよ」
美少年の落ち込み顔なんて、前世じゃ二次元でしか見た事ないからな。三次元で見れるなんて最高である。
「?」
俺の言葉に、ライン兄さんは不思議そうに首をかしげる。
くふっ。鼻血が出てしまう。
「で。あらためて、一体どういうことなの?」
俺が内心転げ回っているうちに、ライン兄さんは平常心を取り戻したようで、冷静に質問してきた。
「さっき言った通りだよ。ウメンはこの樹の精霊、樹霊だよ。因みに、ウメンに聞いて判ったんだけど、この樹はシロポポの親戚みたいなものなんだって。何でも、シロポポとマンドラゴラ、あとは寒魔樹が混じった種なんだと」
「……。それ本当?」
「本当。ウメンが間違った情報を言ってない限りは」
ライン兄さんは額に手をあて、「ふぅー」と声を漏らした。
「何か、お疲れさま?」
「いや、本当だよ。こんな重大な情報を渡されて。この事、母さんは知ってるの?」
「知っているような、知らないような?」
「どっちなの?」
「この樹がシロポポの親戚なのは知っているけど、ウメンがいる事は知らない筈だよ。あっ、因みに、この樹にも正式名称があって、ビャクロウアメセツ花の樹って言う名前なんだって。ウメンが言ってた。とても珍しくて、群生もせず、世界各地にある秘境とかで見つかる樹なんだと」
「へぇー。……ねぇ。なんで母さんが分からなかったのに、セオはウメンさんがいる事が分かったの?」
「いやー。たまたまなんだよ。たまたま」
ライン兄さんがどういう事だと目で問うてくる。
「いやね。さっき俺がウメンを顕現させた魔法あるでしょ」
「〝樹霊領域〟と、……〝樹霊顕幻〟だっけ」
ライン兄さんは顎に手を当てて、思い出すように呟く。
「そうそれ。正確にはその二つを合わせて〝樹霊界侵食魔法〟って言って、無属性魔法の聖級に当たるんだ」
「えっ! 聖級!? セオって聖級を使えるくらいの魔力量と技量があるの!?」
今日で、何度驚くつもりなんだろう。
「まぁ、魔力量に関しちゃ、赤ん坊のころから毎日欠かさず、強化をしているから聖級が使えるくらいにはあるよ。技術の方は……、ちょっとしたずるかな」
「そのずるについて聞きたいんだけど」
「それは魔術の講義の時に教えるからさ。あと、〝樹界侵食魔法〟についてもその時に説明するよ。だからさ、先にライン兄さんの講義をしてくれない」
「あっ。忘れてた。……分かった。早く済ませるよ」
やっと本題に戻った。
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