第2話:君たち本当に幼児?:this spring
「寒い」
そう呟くと、ライン兄さんは何言ってんだコイツ的な顔で見てきた。
「薄着しているから当たり前でしょ。まだ、早春だよ」
ライン兄さんがやれやれと首を横に振る。微妙に上がった手がムカつく。
「“宝物袋”の中に羽織るもの入ってないの?」
「あっ」
俺は慌てて“宝物袋”の中から
「セオが好む服ってなんか変だよね」
それを見ていたライン兄さんは不思議そうな顔をしながら言った。
「どこら辺が変なんですかねー?」
俺は少しムッとしながら聞き返す。
「怒んないでよ。いや、町の子供たちが身に着けている服はまったく着ないからさ。着るとしてもとても地味な服とかだし」
「それで?」
「いや、似合っているなと思って。セオの髪色と服色がさ。本当に似合いすぎて、とても三歳には見えないくらいに」
それは、俺の外見を罵っているのかな?
「ねぇ、老けているって言いたいの?」
「ち、違うよ。貫禄があるって言いたいんだよ」
ライン兄さんは慌てて言い返す。
「はぁ。そういう事にしておくよ」
その言葉にライン兄さんは「ふぅ」と息を吐いた。
……。
うーん。
そんなに変かな。アランとかがたまに着ている服だし、かっこいいと思うんだが。
まぁ、お子様にはこの服の良さが判らないってだけの事だ。俺は大人だし。愉悦をもってライン兄さんを見ていればいいんだ。
ふふん。
……。
はぁ。何か大人げない気がしてきた。
ああ。やめやめ。俺は俺の好きなものを着る。これで問題ない。
何とか自分に言い聞かせながら、俺はライン兄さんと屋敷の裏手にある薬草庭園へ向かう。
おっと。そういえば、これだけは聞いておかないとな。
「ねぇねぇ、ライン兄さん」
「何?」
「これから話す話って夕方には終わるよね?」
俺の質問にライン兄さん「うぐっ」声を出す。目がチラチラ泳ぎ、体もあたふたと動く。
はぁ、やっぱりか。この様子だと一日使っても終わらない感じか。
「薬草庭園で話す内容は要点だけにして」
「善処するよ」
確証の言葉はでない。ライン兄さんはこちらを見ない。
はぁ。
「要点だけだったら、明日は一日中付き合うよ。稽古とか休みでしょ」
ライン兄さんは顎に手を当てて、考え込む。
「……。わかった。要点だけ話すよ。だけど、そうすると時間が余るからさ、セオ。ボクに魔術の例のところを教えてよ」
ライン兄さんは眩しい笑顔で聞いてきた。ふぐっ。浄化されてしまいそうだ。
……。
ふぅ。しょうがない。俺の実質年齢はライン兄さんより年上だしな。
「良いよ。ライン兄さん。あっ。でもその代わり、今度、町で鉱石を幾つか買ってきてよ」
「わかった」
契約成立である。
それが嬉しかったのか、ライン兄さんは上機嫌に鼻歌を口ずさむ。俺もつられる。
そうして二人だけの演奏会をしながら歩いていたら、俺たちの目の前に草木の壁と扉が見えてきた。
俺たちはそのまま扉の前まで歩き、ライン兄さんが扉を開けた。と、その時、
カサリ。カサリ。
草を優しく踏みしめる音が俺たちの耳に入った。また、微かに感じられる草木の息吹が冷たい風に流され、俺たちの鼻をくすぐる。
そして、俺たちに大きな影が差しかかった。
「やぁ、トルレ。入らせて貰ってもいいかな?」
ライン兄さんは影の主へと話しかける。
「クル。クルル」
影の主、つまりトルレは小鳥が歌う様に音を鳴らした。かと思えば、踵を返して去っていった。
「入って良いみたい?」
ライン兄さんが素っ頓狂な声で、俺に確認する。
「たぶん良いんじゃない。ダメなら追い出しているだろうし」
「そうだよね。いや、トルレの言葉は判んなくてさ。ハルレとは会話できるんだけどね」
ライン兄さんは話しながら、扉を丁寧に閉める。
「ふーん。ねぇ、
「んー。母さんによると
「何で?」
「動物たちと会話するのに、“森伝”を使うより鳴き声の方が便利らしい」
「へー。よく知っているね。幻獣図鑑にはそんなこと載ってなかったのに」
「母さんが教えてくれたんだよね。あっ。でも、他にも理由があってね」
「何?」
「たぶんこれは母さんも知らないと思うんだけどね」
ライン兄さんは内緒話するように笑顔を浮かべて言う。
「動物の鳴き声を使うと、動物たちがよく遊んでくれるからなんだって。
いやー。いい笑顔だな。この顔が見られただけども、今日は満足だな。
「でも、なんでアテナ母さんが知らないことを知っているの?」
アテナ母さんは幻獣関連で知らない事は少ないと思うんだが。少なくとも、俺ら以上に幻獣に関する知見は広い筈だ。
「ええっとね、ハルレが教えてくれたんだ」
「へぇー」
そういえば、たまにハルレと一緒にいるところを見るな。あれって会話しているのか。
あっ、でも。
「ねぇ、ライン兄さん」
「ん? 何?」
「何でハルレとは会話できるのに、トルレとはできないの? というか、アテナ母さんはハルレ達と会話できないの?」
「あーー」
俺の質問にライン兄さんは困った感じの声を出した。
「ええっと。先ず、ボクが会話できる理由はね。ハルレの花をボクが植えたからなんだ」
「えっ。あの頭に生えている花ってもとからじゃないの?」
「違うよ。
「へぇー。じゃあ、何でライン兄さんがハルレの花を植えたの?」
「ハルレはボクと同時期に生まれてね。ボクが二歳になった時、母さんが記念にという事で、ハルレに許可を貰ってボクが植えたんだ」
「ん? という事はアテナ母さんはハルレ達と会話ができるのか」
俺がそう言うと、ライン兄さんは頬を掻いた。
「いや、それができないんだよ」
「えっ。どういう事?」
「何というかね、母さんはハルレ達と意思疎通はできるらしいだけど、会話は無理なんだって」
困ったように言うライン兄さん。
「はぁ? どういうこと」
俺の頭の中に?が浮かぶ。
「うーん。ええっとね。ここでの会話っていうのは、言語を用いた相互情報交換の事を指すの。それで――」
「ああ。たぶんだけど解った。つまり、アテナ母さんはハルレ達と肯定や否定とか簡単な情報交換はできるけど、言語を用いた複雑な情報伝達はできないって事?」
「簡単に言えばそうだね。母さんはハルレ達と誓約魔法を交わしているから、感情やある程度の概念を感覚的に知ることはできるらしいんだけどね」
「誓約魔法? 従魔魔法じゃないの?」
「幻獣には従魔魔法は使わない方が良いって母さんがいってた。従魔魔法は結局、従えることに重きをおくから、幻獣たちには嫌がられるんだって」
「へぇー。……。ねぇ、ライン兄さん」
「何?」
「でもそれって、アテナ母さんがハルレ達と会話できない理由にはならないよ。というか、何でハルレの花を植えたら会話できるの?」
話が脱線し過ぎたので、元の質問に戻す。
ライン兄さんは「うーん」と逡巡しながら言葉を選んでいく。それから「よし」と一声入れ、質問に答える。
「先にさ、
「うん」
「でもね。ハルレがボクと会話する時に使う言葉は、鳴き声自体ではないんだ。動物の鳴き声はあくまで動物の鳴き声で、複雑な情報交換ができる言葉ではないでしょ」
「確かに」
親愛や求愛、威嚇、その他諸々くらいにしか概念の幅がないもんな。
「ボクがハルレと会話する時に聞く、言葉っていうのは、その鳴き声に混ざる波長的な何かなんだ」
「どういうこと?」
電波なことを言い出した。
「表しにくいんだけど、こう、魂による波長っていうのか。それで、その魂による波長、略して魂波は音波と同じ感じなんだ。例えると、今ボクたちが交わしている言葉って、空気を振動させて伝えているでしょ。それと同じでハルレが話す言葉は魂のつながりを振動させて伝えているの」
うーん。解ったような解らないような。
言っていること自体は理解できるんだけど、感覚として解り難いな。実際に魂の繋がりって感じたことないし……。
あっ。
「ライン兄さん。もしかしてだけど、ライン兄さんが花を植えたから魂の繋がりがあるの?」
「そうらしいんだよね。何で花を植えたらそうなったのか、はっきりした理由は分からないのだけどね。母さんも幾つか仮説は思い浮かぶけど、確証は得られないんだって」
「それじゃあ、アテナ母さんがハルレ達と会話ができないのは、魂の繋がりがないからか」
「そういう事。って言いたいんだけど違うんだよね」
ライン兄さんは少しおどけるように言った。
「えっ?」
「母さんも魂の繋がり自体は誓約魔法を交わしているからあるんだよね。だけど、その繋がりの度合いが僕より小さいんだって。なんでも、
「
「そう、
「つまり、ライン兄さんとハルレはめっちゃ強く繋がっているっていう事か」
ライン兄さんって将来、人外と結婚するとか言いそうだな。今だって、人と遊ぶより、植物や動物と一緒にいる時間の方が長い気がするし。
大丈夫かな。将来が心配だ。
ライン兄さんって、こう、少し残念だよな。
「セオ。今失礼なこと考えたでしょ」
ギク!
「やっぱり考えてたんだね。セオってば顔によく出るから分かるんだよね」
まじか。俺の演技スキルを見直さなきゃいけないかもしれない。
おっと。ライン兄さんが怖い顔で見てくるので、話を逸らす。
「そ、それより。ライン兄さん。やっとシロポポエリアに着いたよ」
俺たちの前には、白の絨毯が一面に敷かれ、淡く甘い花の匂いが舞っていた。
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