二章:一年
第1話:セオとライン:this spring
心温める優しい日差しとせっつく様な寒い風が心地よさを与える。サウナで整う的なあれである。
お日様によって
よって、眠くなる。
俺は睡魔様に服従、いや恭順の意を示し、惰眠を謳歌する。
ああ。何と素晴らしい事か。
ああ。何と…………、ん? 言葉がでない。まぁ、いいか。
生命の黎明を伝える小鳥の歌声は安楽を与える子守歌のようで。俺は安息の地にいる感動で酔いしれている。
だが、
「セオ。やっと見つけた」
敵が現れた。
選択肢は戦う、守る、逃げる、無視の四つ。
よし! 無視だな。
「……」
なので狸寝入りを決め込む。俺の演技スキルは半端ではない。なんせ、数ヶ月とはいえ赤ん坊を演じきったほどなのだ。
ふふん。これで敵も去っていくだろう。
「ハイハイ。狸寝入りはいいから起きて。今すぐ起きないなら、そのアイマスクを切り刻むよ」
しかし、敵は去らなかった。しかも、脅しまでしてくる。
「五秒前、四、三、二、い――」
「わかった! 起きる。起きるから、構築している魔法を解除して!」
「うん」
敵は、それはそれは爽やかで可愛らしい笑みを浮かべた。ショタコンが滂沱の涙を流すだろう。
俺は目についていたアイマスクを首に下げ、身体を起こす。ついでに敵を睨む。
「ライン兄さん。何か用?」
「そんなに睨まないでよ。というか、昼寝してても大丈夫なの? ボクたちの稽古の時間も寝てたし、夜にちゃんと眠れるの?」
「それはもちろん寝れるさ。俺は眠りの達人だからね」
溜息を吐き、呆れた顔を俺に向ける。
「まあ、いいや。それより、ここで寝てたら母さんにまた怒られるよ。つい先日も怒られてたでしょ」
「大丈夫だって。こないだは落下防止魔法を発動させたから怒られたんだし。それに、ライン兄さんも人のこと言えないでしょ」
「ん?」
「だって、いつも寝る前によくここで本を読んでるじゃん。昨日読んでいた本のタイトルは確か……」
「分かった。分かったからその話はやめよう。ね」
「うん。この話には触れない。それがお互いのためだよ」
俺は満足そうに頷き、ライン兄さんはまた溜息を吐く。
「溜息を吐くと幸せが逃げるよ」
ライン兄さんは、一瞬、ムッとした表情をするが、直ぐににこやかに笑う。
「昼食直後に昼寝をしたら牛になるよ」
一瞬、ムッとした感情が沸き上がるが、直ぐに消える。
互いに笑い合い、この話は不毛だと決める。
「で、ライン兄さん。俺に何の用なの?」
「あ、そうだった!」
ライン兄さんがハッとしたように声を上げる。そして、ウエストポーチから分厚い本と小さなノートを取り出す。本はウエストポーチに入る大きさではない。
「セオ! こないだ母さんが教えてくれたヒントの意味が解ったよ!」
「ヒント?」
俺は怪訝な顔をする。
ヒント、ヒント。ここ最近のヒント。俺とライン兄さんの共通の……
「ああ。シロポポの環境別受粉方法の違いに対しての――」
「そう。平原と森林。温暖地域と寒冷地域。そして、荒野。この五つの環境下においての受粉方法の違い――」
「で、それらの環境に分布している鳥類や昆虫を考えろ的なヒントだったけ」
「そう。それ!」
興奮した面持ちのライン兄さん。
いやー。めっちゃ目が輝いているな。これぞオタクって感じだ。
「それで、何が解ったの」
「受粉媒体の違い。シロポポは各環境によって受粉媒体が違うんだよ。シロポポという種は一緒なのにだよ! でね。それは――」
「待たれよ」
「ぬぅ。これから良いところなのに」
話を遮られた事によって、ライン兄さんはとても不満げになる。めっちゃ可愛い。
こ、こほん。
「その話、長くなるでしょ?」
「うん。当たり前だよ」
「だったら、ここで話すより薬草庭園に行かない? そっちの方が実物があるし、トルレ達もいるから」
ライン兄さんは「確かに」と呟く。
「なら、早く薬草庭園に行くよ」
ライン兄さんが俺の手を引っ張る。
「ちょっと待って。これを仕舞わないといけないから」
俺はゆっくりと腰を上げて立つ。足元が斜めっているので少しつんのめる。
ふっ! 踏ん張りしっかりと立った。
それから、クッションとして敷いていた布を“宝物袋”に仕舞う。
「やっぱり、その
「そうでしょ。布団を持ち運べるから便利なんだよね」
そう言うと、ライン兄さんは「違う、そうじゃない」と呟く。
俺はその言葉を無視して、スタスタと歩き始める。
「セオ、どこ行くの? ……もしかして、飛び降りるつもり?」
「違うよ。まぁ、ついてきて」
「?」
キョトンとした顔をしながら、ライン兄さんは俺に付いてくる。
「確かにここは薬草庭園に最も近いけど……」
「まぁ、見てて」
俺は“宝物袋”から梯子を取り出した。木製の梯子は可変式でコンパクトだ。
「それどうしたの?」
「ああ、アランに買ってきてもらったんだよ。もちろん、お代は渡したよ」
ライン兄さんは「ふうん」と相槌を打つ。
「で、それを使って降りるの?」
「そうだよ」
「んーー。いいのかな」
「大丈夫だって」
俺はそう言うと、手に持っていた梯子を下ろした。
「じゃ、俺は先に降りてるよ」
「あっ、ちょっと待って」
何か言われた気がするが、無視してさっさと降りる。するすると降りる。
ライン兄さんは少し逡巡した後、「もう!」と叫び、梯子を使って降りてきた。
「何満足そうに笑っているの」
「いやー、これでライン兄さんは共犯かなと思って」
ライン兄さんは何回目かの溜息を吐いた。が、直ぐに切り替え、
「セオ! 早く、早く!」
俺の腕を引っ張ったのだ。
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