第4話:選定と贈り物:reincarnation

「ふぅ」


 ふと、溜息が漏れる。


 目の前には茶を啜るクロノス爺がいる。


 俺の前には古めかしい紙を持つ本がある。装飾は上品な金で彩られている。


 俺は今、能力スキルの選定をしているのだ。


 

 Φ


 

 俺がクロノス爺の礼に慌てふためいた後、一度休憩タイムを取った。放課後ではない。


 俺は気に入ったもみじ饅頭を食べていて、クロノス爺はどら焼きを食べている。


「さて、お主には天職から決めてもらうかのぅ。その後、能力スキルを選んで貰うぞ」


 クロノス爺がどら焼きを食べ終わり、茶を一口含んだ後、そう切り出した。


「選ぶ? どうやって?」

「ツクル。心の中でステータスと念じてみよ」


 ? ステータス。


 ブオォーン。


 目の前に青白い板みたいなものが映し出された。何か文字が書いてある。



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 ステータス

 名:

 職:

 能力:

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 と、書いてあった。


「クロノス爺。名前が無いんだけど」

「あぁ、お主はまだこの世界の住人ではないからのぅ。映らないのじゃよ」

「ふぅーん。じゃあ、このステータスってのは」

「ステータスというのはこの星独自の体系、システムの一つでな、星に記録された人類種が持つ基本的情報を確認できるのじゃ。これによって、適職を自分で選ぶこともできるし、また、先天的に持っている能力スキルを確認することもできる。これは、とても重要なことなのじゃよ」

「へぇ」


 ステータスがあるとかゲームっぽいよな。


「次に職と記してある所に触れてみよ」

 

 俺は躊躇いなく触れる。

 

 ブオォーン。


 青白い板が出てきた。上部の方に一行、文字が出ている。


「ふぇ? ん? これは……」

 

 クロノス爺が間抜けな声を出し、そのまま黙ってしまった。


「クロノス爺、どうしたの?」

「お主、その、すまんのぅ」


 クロノス爺は申し訳なさそうに、本当に申し訳なさそうに言う。


「今、お主が選べる職が一つしかないのじゃ」

「えっ」

「その、お主の才能が、その、一つしかなかったのじゃ」

「ふぁー」


 衝撃の事実に間抜けな声が出てしまった。


「ん、んん。そういうこともある。そう落ち込むでない」

 

 まぁ、落ち込むのは当たり前なんだけど。こう、才能が無いって突きつけられるのは。


 いや、一つ才能があるじゃないか。先ずはそれを見よう。考えても変わらないことは考えない。


「クロノス爺。大丈夫。それより、俺が持つ唯一の才能について、教えてくれ。この文字読めないんだよ」


 唯一ってカッコいい言葉だよな。


「お、すまんのぅ。職に関する情報を日本語に変換し忘れてしまったらしいのじゃ。今、変換するから待っておれ」


 まじか、日本語に変換できるのか。すごいな。


 「よし。これでお主にも読めるはずじゃ」



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 細工師

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 そう書いてあった。


「クロノス爺、“細工師”って?」

「……ふむ。“細工師”とはな、生産職、モノづくりに長けた才能を持つ職の一つじゃ。その中でも“細工師”はあらゆるモノづくりに関する才能を持つ職、錬金術系統の職の一つなのじゃがな……」


 めっちゃ言い淀んでる。超言い淀んでる。クロノス爺がすごい困り顔だ。


「それで?」


 嫌な予感がしながらもクロノス爺に先を促す。 


「“細工師”は錬金術系統の職の中で最下位の職で、才能をほとんど持たない者がなる職なのじゃ」

「んんーー? ワンモワプリーズ?」

「じゃから、“細工師”は誰もなりたがらない不遇職なのじゃ」

「…………、マジ?」

「マジじゃ」


 吸って、吐いて、吸って、吐いて。


「で、クロノス爺、“細工師”は具体的に何が出来るのじゃ」

「お主、口調が違うぞい。落ち着け、落ち着け」

「で、クロノス爺、“細工師”は具体的に何が出来るんだ?」


 無かったことにする。後回し、後回し。


「……。“細工師”というのはのぅ。先ず、手先の器用さが上がり、モノ作りの能力が上がる。あと、モノ作りに関係する知識、例えば材料や技術などの覚えが早くなる。じゃが、これはどの生産職にも言えることなのじゃ」

「それ以外には何もないの?」

「いや…あるにはある。“細工師”が含まれている錬金術系統の職は必ず、という点において特化しておるのじゃ。分解、融合、形成。それらに関する能力スキルがあるのじゃが……」

「じゃが?」

「“細工師”よりも上位の職は最初からそれらが可能な能力スキルを最初から持っておるのじゃが、“細工師”は持っておらんのじゃ」

「でも、“細工師”は錬金術系統の職なんだろ。細工師だけ仲間外れってことはないんじゃないか?」

 

 疑問を口に出す。冷静にしていく。


「お主の言う通り、“細工師”にという才能は与えられる。技能アーツという形でな」

技能アーツ?」

技能アーツというのは能力スキルを使い、修練していくことによって、その能力スキルから新たに派生した能力スキルのことを言うのじゃ。それで、その技能は“細工師”が持つ唯一の能力スキルを修練して、幾度も技能アーツを派生させて、獲得できる技能アーツなのじゃ」

「はーー。っていうか、“細工師”って能力スキル一つだけなのかよっ!」

「あっ。……そうなのじゃ。一つだけなのじゃ」


 あーー。何か、あーーーー。て感じだ。まぁ、才能がないのは死ぬ前から知ってたから、いいんだけどさ、こうも実際にないって突きつけられるのはなーーー。心に来るものがある。


 でも、やっぱり、変わらないことにクヨクヨしてもな。


「なぁ、クロノス爺。その技能アーツって手に入れるの難しいの?」

「獲得すること自体はそこまで難しくない。十数年程度、修練を積み重ねればその技能を獲得できるのじゃが、使うことが難しいのじゃ」

 

 十数年って結構きついのだが。まぁ、いい。

 

「なんで?」

「“細工師”には魔力の扱いに関する才能がないからじゃ」

「魔力ってあの魔力?」

「あのかどうかは分からんが、お主が想像しているものには近いと思うぞ。でじゃ、その技能アーツを扱うには魔力を繊細に扱う技量が必要なのじゃ。そして、魔力を繊細に扱うにはとても時間を要するし、難しくてのぅ。で、“細工師”より上の職には魔力の扱いに関する才能が含まれているのじゃが、“細工師”には無くてのぅ。それ故に、魔力の扱いを修練する時間がかかりすぎてしまい、役立たず的な扱いを受ける。しかも、“細工師”は、先に言った通りあらゆるモノづくりに対しての才能があるのじゃが、“細工師”は格が低くてのぅ。有体に言えば器用貧乏なのじゃ。特化しているものがないから、雑用程度しか出来なくてのぅ」


 ここで一息いれる。クロノス爺は茶を飲む。


「のぉ、お主。天職が必ず取らなくてはならないわけではない。転生して、適職を授かった方が良いかもしれないのじゃ」


 クロノス爺は申し訳なさそうに言う。でも、これは何かの縁だからなーー。できるだけ“細工師”がいいんだよな。

 

「なぁ、クロノス爺。魔力の扱いに関する能力スキルってあるのか?」


 確か、後で先天的な能力スキルを選ぶんだよな。


「もちろ……、そうか! その手があったのじゃ!」

 

 勘が当たった。


「“魔力操作”という魔力の扱いを補助する能力スキルがあるのじゃ」

「なら、それを取れば問題ないということ?」

「そうじゃのぅ」


 良し。なら良いかな。


「じゃが、それは“細工師”を授かる前提じゃよな。良いのか?」

「ああ、これも何かの縁だ。なに、才能なんて一つの指標みたいなものだしな。それに、スローライフに強大な才能とかあったら逆に邪魔そうだし。目立ちたくない」

「しかし……。お主、一度、職を授かったら変更はできんのだぞ!」

「あぁ、大丈夫だ」


 クロノス爺は少し、顔を緩める。

 

「……わかったのじゃ。では、“細工師”と記されている所を触ってくれんかのぅ」


 俺は目の前に浮かんでいる“細工師”と書かれた所を触る。

 

 ――天職:“細工師”を授かりました。—――


 そんなアナウンスが聞こえた。

 

天の声アナウンスが聞こえたな。それでお主は“細工師”を授かった。もう一度、ステータスと念じてみよ」


 ステータス。


 ブオォーン。


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 ステータス

 名:

 天職:細工師

 能力:細工術

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「でたようじゃな。では次に“細工術”のところを触ってくれ」


 また、触る。


 ブオォーン。


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 細工術:手先が器用になる。また、モノづくりのための道具の扱いの技術が習得しやすくなる。

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「これって……」

「それは“細工術”の基本的な効果の説明じゃ。じゃが、基本の説明じゃからそれ以外の効果もあるのじゃ。あと、能力スキルを触れば、その効果の説明が出るから転生したら試してみておくれ」

「ふーーん。本当にありふれた能力スキルだな」

「じゃろ。そのくせして後天的に習得できるものは少ないのじゃ」


 おかしなもんだな。


「それでじゃな、またステータスと念じて、能力スキルと記されている所を触れてみよ」


 言われた通りにする。


 ブオォーン。


 文字列が出てきた。目の前の青白いボードが真っ黒に染まっている。


「クロノス爺。流石にこれは多すぎて読めないのだが。あと、どれがどの効果があるか分かり辛いのだけど」

「おお、すまんのぅ。ちょっと待っておれ」


 クロノス爺はむむむと唸る。


 すると、ポンッと音を立てながら本が俺の前に出てきた。基調は上品な黒、金で装飾された幾何学的な模様が浮かんでいる。


「これは?」

「それはのぅ、お主が習得可能な能力スキルを系統別に分けて書かれておる。ページの最初に目録があるからわかりやすいぞ」

「習得可能って習得できないものもあるの?」

「あるのじゃ。才能が由来する才能系の能力スキルはお主の才能がない限り習得が出来ない。でじゃ、お主の場合はの、そのな」


 ああ、つまり才能系の能力は習得できないのか。


「あと、お主が先天的に持つことができる能力スキルの数には限界がある。お主の場合、四つじゃな」

「それって多いの?」

「まぁ、多い方かのぅ。上の下くらいかのぅ」

「まぁ、多いって感じか」

「それと、お主は“魔力操作”という能力スキルを取る必要がある。じゃから、お主が選べる能力スキルの数は三つじゃ。よく考えて選ぶのじゃぞ」


 この膨大なページから選ぶか。大変だな。


「クロノス爺、どれくらい時間をかけていいんだ?」

「いくらでも。この場は時間の流れがとても遅いのじゃ。なので、ゆっくりしても大丈夫じゃぞ」


 なら、茶菓子でも食べながらゆっくり選ぼうか。


 Φ


 

 で、冒頭に戻る。


「クロノス爺、選び終わったぞ」


 クロノス爺は暇潰しに読んでいた本から顔を上げ、俺を見る。


「おお、選び終わったのかい。で、何を選んだのじゃ?」


 俺は頑張って選んだのを自慢げに言う。めっちゃ時間をかけたのだ。感覚的には半日だ。


「先ずは“分身”だ」


 人差し指をピシッと立てる。一だ。


 “分身”は魔力を使って、俺の分身体をつくりだすのだ。某忍者漫画の影分身みたいなものだ。しかも、熟練に応じて出せる人数が変わるのだ。そう、これがあれば俺は働かなくていいのだ。最高だ。働いたら負けだ!


「次に“宝物袋”だ」


 人差し指と中指をビッと立てる。二だ。


 “宝物袋”は所謂、アイテムボックスだ。時間停止などはないが、いくらでも物が入るのだ。物の持ち運びは意外と重労働だしな。欲しいときに欲しいものが手元にあった方がいいしな。


「最後は“健康”だ」


 人差し指、中指、薬指をバッと立てる。三だ。


 “健康”は病気や怪我だけでなく体の不調などになり難く、なったとしても治りやすくなるのだ。前世では肩こりや後鼻漏などが辛くてなぁ。あと、風邪が結構体に応えるんだよな。

 あと、クロノス爺に聞いた話だと、転生先では医学が地球ほど発達してないからな。もしものために必要だろう。


「ふむ。それらを選んだのじゃな。変更はないかのぅ?」

「ああ、じっくり考えたから問題ない。この世界に魔法があるから、魔法系の能力スキルを取りたかったけど、俺は魔法の適性が無いらしいからな。これで問題はない」


 そうなのだ。この世界は魔力があり、その魔力を使って魔法を行使することが出来るらしいのだが、魔法を使うには適性、つまり才能が必要あるらしい。俺は、どんな魔法に対しても適性を持たないらしい。


 「わかったのじゃ。では、獲得させるのじゃ」


 ――分身、宝物袋、健康、魔力操作を授かりました。――


 おっ、獲得したか。それにしてもやはり魔法が使いたかったぜ。


 くそ。くそ。俺、魔法を使いたい。悔しいぜ。


「そこまで落ち込むでない。一応、努力をすれば少しぐらいは魔法を使えるようになるのじゃ。それに、魔術という魔法の適性がない者でも魔法を使うための技術というものがある。それにお主には魔法の適性はないが、お主と融合する子の適性次第では魔法を使うことが出来るのじゃ」

「えっ! その子の才能とかって俺に融合される感じなの?」

「まぁ、一応じゃ。確率的には五分五分での、どっちの才能が強く出るかわからんのじゃ」

「つまり、俺の才能が強く出たら」

「魔法を使うことは難しくなるのぅ」


 ふーん。そうなのか。ま、でもワンチャンあるしな。問題ない。


 ずずず。俺とクロノス爺は示し合わせたようにお茶を飲む。


「ふぅ、さてと…」


 クロノス爺は姿勢を正す。


「これからお主には転生してもらう」


 厳かな声音でクロノス爺は言った。


「もう? いや、確かにやることは終わったんだけどさ、もう少しクロノス爺と話したいだけどな……」

「すまんのぅ。儂もお主とはまだまだ話をしたいのじゃが、星の規約でのぅ。これ以上長居は出来んのじゃ」


 そうなのか。なら、仕方ないな。


「わかったよ。でも、どうやって転生するのだ?」

「お主は何もしなくてよい。儂が転生の手続きを取れば、お主は自然と転生しておる」


 ふぅん。


「えっ、じゃあ、もう転生するのか?」

「そうじゃ。お主は目をつむって楽にするのじゃ。そうすれば転生しておる」

「何その味気のない転生の仕方は。というか、今すぐ転生しちゃうの?」

「そうじゃが……」

「そうなのか。なぁ、一応もう会うことはないんだよな?」

「基本的に星に住む命との接触は禁じられておる」


 基本的にか。

 

「わかった。それじゃ一応言っとく。ありがとう。クロノス爺と話せて良かったよ。あと、もしものために、またね」

「では、儂も。ツクル、お主と話せたのはここ数千年で一番楽しかったのじゃ。ここは変化に乏しい場所じゃからのぅ。久しぶりに楽しませてもらった。その礼と言ってはなんじゃがお主に一つ能力スキルを贈ろう。儂からのプレゼントじゃ」

「えっ、それって俺にデメリットとかない?」


 “寵愛”的なものだったら嫌なんだけど。


「その心配には及ばん。星のシステムの穴をついたちょっとしたずるじゃ。転生したら確認しておくれ」


 ズルって。まぁ、いいか。俺にデメリットがないなら。


「ありがとう、クロノス爺」


 あんまり、引き延ばすと別れが辛くなるので、さっと目を閉じる。


 そして、俺の意識はフェイドアウトしていった。


 

 Φ


  

「あれでよかったのでしょうか」


 艶やかな漆黒の長髪の女性が尋ねる。


「今、儂らが星へ下りたら世界のバランスが大きく歪む。それは儂らの本意ではない」


 老人が答える。


「ですが、今回も私の失態です。謝罪もせずに彼や夫婦に迷惑をかけていては……」

「謝罪はする。あと、数年後もすればよい時が来る。儂らが星へ下りても大した影響を与えずに済む時がのぅ。それまでに真心がこもった土下座を習得しておくんじゃな。それと、上手に切られる練習もじゃな」


 老人がそう言い、そして思い出したように言う。 


「あぁ、あと、お主はこれから百年間おやつは無しじゃ」


 女性は「そんな!」と愕然としたように呟いたが、鋭い目つきで老人に睨まれ渋々「わかりました」と言った。


「エルメス、この失態は必ず取り返すのじゃぞ」

「わかっております。クロノス様」


 二人はその言葉を最後にふっと消えた。





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ドワーフの魔術師が葉っぱと一緒に世界を旅するお話です。ぜひ、読んでいってください。よろしくお願いします。

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