第3話:お願い事:reincarnation

「取引? どういうこと?」


 唐突なことに怪訝になり、クロノス爺に問いかける。


「そのままの意味じゃ。儂はツクルにお願い事をしたい。そのお願い事を叶えてくれる代わりに儂から礼を出すということじゃ」

「それで? お願い事は?」


 俺はまだ、上手く呑み込めないが先を促した。


「お願い事とはのぅ、ある人物に転生してほしいのじゃ」

「ん? それだけ?」

「ああ、それだけじゃ」

「あっ、でもその人物って生きているの?」

「今は生きておる」

「今は? どういうことだ? クロノス爺のお願いだから出来るだけ受けたいけど、ことによっては無理だよ」


 俺は引っかかる部分を問い詰める。さすがに、命を奪いたくはない。


「わかっておる。最初から説明するから、質問は終わってからにしておくれ」


 そこでクロノス爺は一旦言葉を切り、茶を飲んで口を湿らす。


「ことの始まりは儂の仲間の調停者である死神エルメスという奴じゃ……」



 クロノス爺の話をまとめるとこういうことだった。


 クロノス爺の同僚に死神エルメスという調停者がいて、そいつが大失態を犯したらしい。

 

 大失態とは、地球にいた人間のような種族のロイスという名の男に“寵愛”を授けてしまったらしい。“寵愛”とは“加護”の上位版で、“加護”は調停者が自分が持つ権能を一部分け与えることだそうだ。

 

 “加護”を分け与える理由は星が崩壊しないように打つ布石みたいなものらしく、調停者個人個人が数十年から数百年に一度、ある程度の文明を築いている種族の個に授けるらしい。

 

 それで、“加護”を授けるのは問題ないらしいが、“寵愛”はだめらしい。“寵愛”は“加護”の数百倍の力があり、大抵の命はそれを授かったときに、“寵愛”の力自体に耐えきれなくなって魂が壊れてしまうらしく、また、星のバランスが崩れてしまうらしい。


 ただ、今回、死神エルメスから“寵愛”を授かったロイスは生まれ持っていた絶大な才能故に“寵愛”を授かっても魂が壊れなかった。されど、“寵愛”の強すぎる力に振り回され、あらゆる不幸を被ってしまったとか。


 それでもロイスは、“寵愛”の力に抗い、そして制御に成功した。ただ、“寵愛”は特別な事態を除き、星の命にあってはならない。


 それ故に最終的には“寵愛”を手放すことをクロノス爺が星の代行者としてお願いしに行き、ロイスは“寵愛”を手放した。ロイスは喜んで“寵愛”を手放したらしい。


 本人にとっては、“寵愛”は呪いと変わらないものだったそうだ。

 

 これにて一件落着……にはならなかったらしい。

 

 ロイスはその後、アテナという愛する女性と結ばれ、三つの命を授かり三人の子が生まれた。最初に双子の男の子と女の子を。次に、男の子を。 

 

 そして、今、新たな命を授かり、アテナのお腹の中で成長しているそうなのだが、ここで問題が発生した。

 

 ロイスが持っていた“寵愛”は完全に手放された。だが、強大な力故に、微かな力の残滓がロイスに残ってしまったのだ。といっても、ロイスに全く影響はなく、また、周りの命に影響を与えない。普通は。

 

 新しい命は大抵、ある程度の成長をもって、外へ出る。卵から、母体から。理由は、生まれてくる命に魂が定着するために外からの影響を防ぐ必要があるからだとか。命に定着するまでの魂はとても脆く壊れやすいということ。

 

 だから、ロイスが持っていた“寵愛”の残滓がアテナのお腹の中で育っている命の魂を壊してしまうらしい。

 

 だが、なら、どうやって三人の子は生まれることが出来たのか?

 

 詳しいことは俺にはサッパリだったが、なんでも最初の双子はロイスとアテナが持っていた“勇者の卵”という、才能系の能力スキルを受け継ぎ、その能力スキルによって“寵愛”の残滓を防いだらしい。能力スキルというのはゲームなどにある特別な力みたいなものだとか。詳しいことはわからん。

 

 次の子は、アテナの友人である女性が“祝福”という、子が無事に生まれ、健やかに育つようにする能力スキルをその子がアテナのお腹の中にいるときに使い、それで“寵愛”の残滓を防いだらしい。

 

 だが、今、アテナの中にいる命が問題らしい。先の三人は運が良かった。その運の良さによって、クロノス爺は“寵愛”の残滓に気づくのに遅れたらしいのだが、その命はもう長くないらしい。魂が壊れかけていて、もう手遅れらしい。

 

 調停者は星の命を奪ってはならない。故意でなくとも、気づいたのあれば全力で阻止しなければならない。そういう掟があるらしい。

 

 そこで、クロノス爺は俺にお願いをしたわけなのだ。

 

 俺がその子に転生してくれ、と。

 

「ん? でも、その“加護”とやらをその命に授ければ、残滓を防げるんじゃないか?」

「魂が壊れかけているから、それは意味をなさないのじゃ。それに“加護”が有効だとしても今は“加護”を授けられる奴がおらんのじゃ。儂やほかの調停者はつい最近“加護”を授けてしまったのじゃ。そして儂らが星の理により、その子の魂に直接、干渉することもできんのじゃ」


 少し考える。

 

「んーーー。なぁ、クロノス爺。これって取引なんだよなぁこれを受けた場合、俺にどんなデメリットやメリットがあるんだ? それに、俺が転生してもその子の命が助かるわけではないと思うのだが」


 俺は取引に必要な最低限をまだ、聞かされていない。それがなければ、取引ではないのだ。それに、肝心のその子を助けることを聞いていないのだ。お願いをはっきりさせた方がいい。


「もちろん、話そう。先ずはメリットからじゃな」


 ほう、メリットからか。


「メリットの一つ目はお主が必ず、人類種に転生できるということじゃ」

「ん? どういうこと?」

「お主は転生する、これは確実じゃ。じゃが、人類種、文明を築き上げている人型の種をそう呼ぶのじゃが、そのいずれかに転生できるとは限らんのじゃ。魂は命に宿る。それは、命であるから、お主の世界で言う魚や動物、さらにこの世界特有の魔物といった存在に転生する可能性がある。というか、そっちの方が多いのじゃ。人間だったお主にとってそれは嫌じゃろう?」

「ああ、確かに嫌だな」

「二つ目は貴族に転生できることじゃ」

「貴族?」

「そうじゃ貴族。お主の星の知識とそう変わりはせん。取引が成立した場合、お主が転生する命は子爵家の三男坊になるのじゃが、夫婦は人として立派でよい家庭だと保証しよう。それに、夫婦は大きな功績を為して子爵家の位を授かったのじゃ。それ故に貴族特有の鼻もちならん者ではないのじゃ。また、お主、スローライフとやらをしたいのじゃろう?」

「えっ、どうしてそれを……」

 

 俺は密かに持っていた願望を当てられ少し狼狽える。

 

「年の功じゃ。その願望も満たせるのじゃ。子爵家は辺境の土地で昔はそうでもなかったが、その夫婦が頑張りとてものんびりした場所になっておる。しかも、子爵家じゃが辺境伯と同等の権力を保持していて、また、国以外の権力をも持っておる。惹かれないかのぅ?」

「まぁ、惹かれないかと言ったら嘘になるな」


 クロノス爺が悪い顔していた。

 

 まぁ、その権力を持ってるのは俺ではないが、その庇護にはあやかりたいな~と思ったりする。俺は小心者なのだ。


「それにその夫婦はとても強いのじゃ。この星には魔物といったお主の星では考えられない強くて様々な特性を持った生物がおる。その魔物によって亡くなるものも少なくない。じゃが、その夫婦は世界でも指折りの強者じゃ。正直、勝てる者は片手で数えられるくらいにしかおらん。お主せっかく転生したのに寿命以外で死ぬのは嫌じゃろう?」


 俺は頷く。寿命を全うしたいという気持ちはとても強い。あんな死に方をしたのだから尚更。


「そしてじゃ、さらにお主は天職を持つことが出来る。しかも自分で選べるのじゃ。また、先天的に持てる能力スキルを選ぶこともできるぞ!」

「天職? 能力スキルが選べるっていいことなの?」

「ああ。職や能力スキルについて話してなかったのぅ。先ず、能力スキルについては先に話したよのぅ」 

「ああ、なんか、ゲームみたいな特別な力みたいなものだろう」

「うむ。先ほどゲームについての知識を確認したのじゃが、その認識でかまわん。付け加えるなら、お主が読むラノベ?という知識でもよい。次に職というものがある。これは、星から授かる加護みたいなもので、この星独自の体系の一つでな、その職に関係する能力や才能が授けられるのじゃ。職は人類種の誰でも授かることが出来るのじゃが大抵の者は後天的に授かる。これを適職という。それに対して、先天的に授かる場合がある。その職を天職というのじゃが、適職と同じ職でもその力に大きな差があるのじゃ。故に天職は大きなアドバンテージなのじゃよ。しかもじゃ、普通、適職は個が自分で選ぶことができるのじゃが、天職は星から自動的に授かるから選ぶことはできないのじゃ。それを自分で選べることにとても大きなメリットがある。まぁ、その天職を自分で選べるといっても限りがあるんじゃが」

「どういうこと?」

「職を授かる場合、個の才能や経験がものをいうのじゃ。天職に関しては才能が全部じゃ。大丈夫じゃ。才能がないものなどおらんからのう。大抵、二つや三つ持っているものじゃ。能力スキルに関しても同様じゃ」


 そこでクロノス爺は言葉を切り、茶を啜る。和菓子を手に取り、少し休憩する。俺も休憩する。休憩しながら、メリットをまとめていく。

 

「ふぅ」

 

 俺はある程度、情報を整理し、一息つく。


「じゃぁ、デメリットの方は?」

「デメリットの方はのぅ……」


 クロノス爺が言い淀む。俺は目を細める。


「それはのぅ、お主が完全に転生できぬということじゃ」

「はっ? どういうことだ、それ!」


 怒気を露わにする。わかりやすい表情をする。

 

「落ち着いておくれ。それに、儂には意味をなさんぞ」


 やはり。


「さすがというべきかのぅ。お主の心は既に決まっている様じゃのぅ」

「クロノス爺、取引の意味がないと思うのだけど。というか、ずるいと思うそれ」

「何を言う。誠意を持たなければならん。願いに礼は必要じゃ。でなければ、甘えることに慣れてしまう」


 はぁ。心の中で溜息を吐く。


「で、デメリットの理由は? 多分だけど、その子の魂を守るためだと思うんだけど」

「さすがじゃのぅ。そこまで読んでおるとは」

 

 ふむ。表層意識の思考とのずれは分かるが、詳細な思考は分からないと。


「ふんっ。それも知っていたんだろ?」

「何を言う。お主が思っている通り、儂はに気づくことくらいしかできん。魂だけの状態ならまだしも、肉体があるので詳細には読み取れん」

 

 隠す気はないか……。確認のためはといえ、余計なことをしたな。


「で、どうやってその子の魂をまもるんだ?」

「うむ。それはじゃな、お主の魂とその子の魂を融合するのじゃ。お主の魂は常人よりはるかに強く、また、偶々じゃがお主の魂とその子の魂の親和性がとても高いのじゃ。じゃから、お主の魂がその子の魂に融合することによって、寵愛の残滓を防げるようになるのじゃ。じゃが、もし、転生したらお主が今のお主のままというわけではないのじゃ。記憶は保持され、思考もだいたいはお主じゃろう。ただ、性格などは少し変わる。また、嗜好もかわるじゃろう。つまり、その子の魂にお主の記憶や意思などを埋め込むみたいなことじゃ。お主もその子の魂も消えはせんが、完全にそのままというわけではないのじゃ。両方の存在が生きていることになる」

「それって、その子の魂を守ることになるの?」

「なるのぅ。あくまでベースはその子なのじゃ。その上にお主という存在がプラスされるだけで」 

「詭弁みたいだな」

「そう捉えてもかまわん」


 ふむ。……。


 まぁ、記憶がある以上大幅な性格の変化はないだろうし、俺の意識は少し変わるくらいか。両方とも長く生きれば変わるものだしな。


「そう。よし。その取引、受けた!」


 俺はクロノス爺のお願いを受けることにした。実質、メリットしかないしな。クロノス爺からしたら違うかもしれないが、そこは感覚の違いだな。


「ありがとうなのじゃ」


 クロノス爺は頭を深々と下げる。


「顔を上げてくれ。俺にとってデメリットはないんだから、なんか悪いことしている気分になる」


 俺は慌てた。まぁ、今まで年上に謝られたこともないし、慌てふためくのだった。







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