第30話

 早苗に弄られた三編みはそのままにして、私は自宅に帰った。帰りの通学路を歩いている最中に思い出したのだが、YourTubeでの収益化には申請が必要なのだ。


 スマホの画面では色々と不便そうだったので、帰宅したらまず真っ先に龍神からノートパソコンを取り返さなくてはと思いながら玄関をくぐる。


 制服から部屋着に着替えたところで居間に降りると、予想通りというかいつも通りというか龍神はノートパソコンを占領していた。


「すみません、またノートパソコン貸してください」


 龍神は何も言わずに私にノートパソコンを明け渡してくる。昨日とまったく同じやりとりだな、いや昨日といっても私の感覚では数ヶ月前にあたるのだろうが、なんて考えながらYourTubeのアカウント画面を開く。


「あ、そうだ。たぶんあれも必要になるよね」


 二階に戻って鞄から財布を取り出して、原付の免許証と銀行のキャッシュカードを抜き取ってまた居間に戻る。2枚のカードをパソコンの側に置きながら収益化申請の画面はどこにあるのだろうと色んな場所をクリックして探していると、龍神が声をかけてきた。


「貴様、今度は何をしようとしている?」

「……何って、収益化の申請ですよ」


 たしかYourTubeの収益化には、正確な数は憶えていないが、ある程度のチャンネル登録者数と投稿した動画の再生回数や累計での再生時間が必要だったはずだ。



 まあ、どの条件でも今の私は余裕で満たしているだろう。逆に私のアカウントで収益化出来なかったら誰ができるのか教えてほしいくらいだ。



「……未成年は収益化出来ないはずだが」


 龍神にそう言われた瞬間、マウスを動かす手が固まった。ちょうど収益化のページが見つかったところだったのに、龍神の発言が引っ掛ってそれどころではない。


「いやでも、小学生のYourTuberもいますし」

「アカウントを親名義で登録しているだけだ」


 収益化申請の案内文を読むと、確かに未成年ではそもそも収益化出来ないと記載されていた。私の両親は第一次の鬼神事件で殉職しているし、それ以外に名義を貸してくれそうな大人もいない。というか、名義貸しなんてしたら収益を私に移す際に贈与税の観点でも引っ掛かるだろう。



 というかそもそも、なんでこんな事を龍神に教えてもらってるんだよ。私は馬鹿か。


「貴様はあれだな、思いつきで突っ走る癖があるな。今回といい鬼神の時といい」


 何はともあれ詰んだ。

 私はまた、ふりだしに戻された。




 ■■■




『続いてのニュースです。昨日、日本最南端の島である沖ノ鳥島南東部の公海にて、中国海軍の演習中の軍艦5隻の行方がわからなくなったとのことです。日本政府はこれに対し、自衛隊と駐留米軍と共同で捜索活動を行うことを決定しました』


 収益化申請を諦めた私は、昨日と同じくテレビの前でぼうっとしながら体育座りで黄昏ていた。バラエティ番組は不快だったので今度はニュース番組にしたのだが、こっちはこっちで随分と物騒なニュースをやっていた。


『角田さんこの件、どのように思われますか』

『まあ、そうですねぇ、公海はもちろんどの国の船も行き来できる海域ですから、少なくともその観点では中国の行動を非難することは出来ません』


 キャスターがゲストとして呼ばれている専門家に話を振っている。角田というのがその専門家らしい。


『ただ中国政府からの発表を鵜呑みにするのであれば、5隻の軍艦は何の通信もなく忽然と姿を消したということになりますが……あまり考えられないというか、ちょっと現実的ではないですよね』

『日本政府も米国もこの件に関しては明確に関与を否定する声明を出しているのですが、今日になって中国海軍上層部からこのような声明が――――』


(第三次世界大戦とか起こったら私の税金とかも有耶無耶にならないかな……、いやいや、そんな事考えちゃ駄目だって、まだそこまで追い詰められる段階じゃないし)


 とは思いつつも何か良い案が思い浮かぶということもなく、その日も私はいつも通り龍神に抱かれた。






 事態が急変したのは翌日のお昼だった。

 学校のお昼休みにスマホを開くと新聞の電子版アプリから速報の通知が流れていた。速報通知そのものはよくある事だが、その記事の内容がとんでもない物だった。


『沖ノ鳥島南東の公海にリヴァイアサンを確認』


 南米で数十万人を殺戮した災害級の妖魔が突如として日本の近くに現れたのだ。このニュースを見たとき私の脳みそが真っ先に思考し始めたのは、リヴァイアサンの妖結晶や素材は一体いくらで売れるのだろうか、ということだった。




 ■■■




 毎朝新聞 電子版 2020/11/25

【沖ノ鳥島南東の公海にリヴァイアサンを確認】


 本日午前、沖ノ鳥島南東部の公海にて行方不明となっている中国海軍の軍艦5隻の捜索にあたっていた航空自衛隊の捜索部隊が同海域にて妖魔リヴァイアサンの存在を確認した。海面に出た背中の鱗の一部に金属片が引っ掛かっていることも確認されており、関防衛相は中国海軍の軍艦はリヴァイアサンの被害にあった可能性があると会見で発表した。


 リヴァイアサンは2016年に南米沖にて初めて存在が確認された妖魔。現在確認されている妖魔の中では世界最大の体長で頭から尻尾までの全長は約50キロメートル、上陸した場合は東京都とほぼ同じ面積を下敷きにすることになる。


 2016年に南米チリの沿岸部都市であるコンセプシオンに上陸し約20万人が被災。その後リヴァイアサンは山間部を移動し再び海に戻ると、次に姿を表したのは2017年、場所はアメリカ西海岸のサンディエゴ、被災者は約140万人。USAエクソシスト協会の撃退作戦の実施後ふたたび海に戻り現在まで行方がわからなくなっていた。


 リヴァイアサンは鱗の生えたオオサンショウウオのような姿をしている。アメリカに上陸した際は7日間眠り続け、エクソシスト協会からの総攻撃を受けても目を覚ますことはなかった。USAエクソシスト協会は『世界で最も大きく、世界で最も硬い悪魔である』と報告している。




 ■■■




『こんにちは、11月25日水曜日、情報ライブミヤケ屋です。えぇ衝撃のニュースです。沖ノ鳥島南東の公海でリヴァイアサンが確認されたとのことで、現在は航空自衛隊と海上自衛隊が空から進行方向を追っています。映像が入ってきておりますので、まずはそちらをご覧ください』


 テレビではお昼のニュースが始まった。オープニング映像のあと男性キャスターが定型の挨拶を行い、リヴァイアサンに関する情報を語る。キャスターの振りで画面はすぐに海上に浮かび上がる巨大な妖魔の背鱗を映し出した。映像提供は航空自衛隊となっており、その巨体の全貌を映し出すためかなりの高度から撮られている。


 ゴツゴツとした黒色の鱗がリヴァイアサンの体のうねりによって海面を上下するため、空から見るとまるで巨大な岩礁が轟いているようにも見える。背鱗を打つ白波の大きさからもその妖魔がかなりの速度で移動しているのだということがわかる。


『只今ご覧頂きました映像は本日正午に航空自衛隊によって撮影された映像です、酒井さん解説お願いします』


 アシスタントの女性アナウンサーがカメラ映りの良い長テーブルに座っている専門家に話を振った。妖魔に詳しい専門家が解説を始めた。


『えー、リヴァイアサンは最初は南米で発見された妖魔です。チリとアメリカに2度上陸していて、上陸後はしばらく眠ったまま動かないという行動を見せまして、その際にチリの呪術師シャーマン、アメリカの時も祓魔師エクソシスト達が眠ったリヴァイアサンに総攻撃を加えましたが、鱗の一部すらも破壊することが出来ませんでした』


『アメリカ軍が背鱗にGPS発信機を取り付けましたが、リヴァイアサンが海に戻ってから10日後に発信機は機能しなくなりました。おそらくリヴァイアサンの術式によって破壊されたのだと推測されています』


『今日もアメリカ軍がリヴァイアサンにGPSを取り付けましが、これもいつまで持つか……。そもそも海中深くに潜られると、また行方がわからなくなりますので』


 専門家として呼ばれた酒井という学者が一息でそこまで解説したところで、MCの男性キャスターが質問を行う。


『いやでもね酒井さん、今回リヴァイアサンが現れたのが沖ノ鳥島のすぐ近くっていうのが本当にどうすればいいのか……というか、リヴァイアサンの能力であの島が破壊されたりしたらとんでも無い事ですよ』


『まあ……そうですね、ただ現状リヴァイアサンの術式って不明なんですよ、チリの時もアメリカの時もただ上陸して移動しただけだったので。と言ってもあの巨体ですから、沖ノ鳥島にちょっと触れるだけでも本当に危ないですね、ええ』


 専門家にピントを合わせていたカメラが再びMCの男性を映し出す。


『気になるのが退魔省の動きなんですが……姫野さん』

『はい、つい1時間前に退魔省が会見を行いましたが、リヴァイアサン対策は目下議論中であるとのことでした』


 アシスタントの女性キャスターがそう言うと、再びMCにカメラが視線を向ける。


『一番気になるのは、鬼神を討伐した国家指定退魔師の蛇谷水琴さんに関してですよね』


『そうですね、ただリヴァイアサン程の大きさの妖魔を鬼神の時のように一人で討伐するのはさすがに難しいと思います。おそらく退魔省も蛇谷さんを中心とした討伐作戦を練っているのだと思いますよ』


『はい、酒井さんありがとうございました、続いてのニュースです。東北で――――』



 プツリと、テレビでそのニュースを見ていた龍神はリモコンでテレビの電源を落とした。爬虫類のそれを思わせる瞳は消えたテレビから窓の外に視線を移す。


「そうか、あの時の生き残りがまだいたか、面白い。通りでいつもより海の妖魔が少ないと思っていた。数百匹の貴様らが海を我が物としていた頃が懐かしいな……」


「今はリヴァイアサンと呼ばれているのか……さて、かつて貴様らが呼ばれた名は何だったか……」





 頬杖を付きつつ外を眺める龍神はしばらく思案していたが、結局それを思い出せないようだった。けれども、龍神はそれを思い出せないという事実すらも楽しんでいるように、めずらしく口角を少しだけ上げた。





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