第28話
あと4ヶ月以内に約1億円の納税資金を確保しなければならないという事実に呆然としつつ、とりあえず部屋着に着替え、一階の居間でテレビを眺めていた。背後では龍神がいつものようにノートパソコンを弄っている。
(あ、鬼神の妖結晶の5千万円に関しては霊具製造の依頼で支払ったから経費として落とせるかも……、まあそれでも数千万円の納税資金が必要なのは変わりないか)
体育座りでぼうっとしながらテレビを見るが、内容がほとんど頭に入ってこない。バラエティ番組で騒いでいる芸能人の声が酷く不快に感じられた。
(税金滞納は……ほぼ間違いなくマスコミに叩かれる。私が未成年な事、今回の事情を加味したとしてもネットやSNSからの批判は避けられないだろう)
(というかそもそも、私の自宅に税務署からの査察が入ったらその時点でアウトだ。龍神を秘匿していることがバレる)
税務署の査察で龍神のことがバレて人類滅亡とかになったら笑えるな、……いや笑えないが。
今私が保有している財産をすべて勘定にいれながらどうにかできないかをしばらく考えていたが、やはり良い案は浮かばなかった。
時計を見ると時刻はすでに夕方4時を過ぎていた。冬至が近づくに連れて日没が早まっているので、もうそろそろお風呂に入るなりしてあの男に抱かれる準備をしなくてはならない。
考えれば考えるほどあの妖魔に対する怒りが湧いてくる。……いっその事、『琴天都の剣』を使って龍神に挑んでみようか、布団の下にあの霊具を隠して抱かれる直前に一撃を叩き込めば討伐できるかもしれ―───
『好きなことで、生きていく!!』
目の前のテレビからいきなり大音量でそう言われた。俯いていた頭をあげると、先程までのバラエティ番組はいつの間にかCMに切り替わっていたようで、今流れているのはYourTubeの公式CMだった。
私でも知っている有名YourTuberが自身の活動内容について語る短いCMだが、それを見ているうちに私の中で一つの案が思い浮かんだ。
広告収入だ。
今の私は鬼神を倒した退魔師ではあるがメディア露出はほとんどしておらず、仮にYourTubeチャンネルを開設したとすればその注目度はかなり高いはず。
人気YourTuberの年収は数億円との噂も聞く、もしうまく動画の再生回数が伸びれば納税資金も確保できるかもしれない。
「そうだ、YourTuberになろう」
そう決断した私の行動は早かった。先程着替えたばかりの部屋着から巫女服に着替え、スマートフォンを手にして床の間に入る。
「あ、山下さんに一応許可取っとかないと」
退魔省および当県の妖魔対策課での私の担当の山下さんには電話をする。私が山下さんにYourTuber活動を始めたいというと、彼女は驚いた様子だったが特に制限する理由もなかったようで、あっさりと許可は降りた。「もし今後、国家機密を知ったとしてもそれは動画では話さないこと」と念を押されたが、私がそんな国家機密を知ることなどたぶん無いだろう。
山下さんとの通話を終えたところで動画撮影に意識を向ける。
「一番カメラ映りが良いのは……やっぱり掛け軸のところかな」
いつも私が龍神に抱かれている床の間には掛け軸と花瓶が飾られており、そこを背景に取れば中々良い映像が撮れそうな気がした。
よくYourTuberが使うスマホの三脚なんて持っていないので、机とティッシュ箱を使って上手く固定して掛け軸が綺麗に映るような構図を作る。
「よし、撮影スタート」
スマホの録画開始ボタンを押して、さっと掛け軸の前に置いておいた座布団に正座する、これで画面には和室に居る巫女服姿の私がうまく収められているはずだ。
「あっ……話すこと考えてなかった。まあ、あとで編集すればいいか、とりあえず自己紹介からかな」
すでにカメラは回っているが、そう独り言を呟いてからカメラ目線で自己紹介を行う。誰もいない空間でこうやって話し続けるのって意外と恥ずかしいな、なんて思いながらしばらく動画を取り続けた。
素材となる動画を20分ほど確保したところで、スマホを回収して居間に戻り龍神に声をかける。
「すみません、ノートパソコン貸してください」
貸してくださいも何も本来は私のものなのだが、最近はずっと龍神に占領されてしまっている。龍神は特に何も言わずに、先程まで見ていた動画を閉じると私にパソコンを明け渡してきた。
龍神に見られながらノートパソコンのキーボードを叩いて、無料の動画編集アプリをインストールし、先程録画した映像をアプリ内のストレージに落とし込んで編集を行う。
(ほんとはオープニング映像とかもつけたかったけど仕方ない、とりあえずいらない部分をカットして……あ、BGMも何かしら付けなきゃ)
色々と模索しつつ、不慣れな動画編集アプリと格闘すること三十分、とりあえず短めの自己紹介動画が完成した。全体的に変なところがないか通しで確認する。
「よし、あとはこれを投稿すれば―──」
そう呟きながらYourTubeのアカウント画面を開いたところで、マウスに触れている右手の手首をいきなり掴まれた。犯人はもちろん先程から横で私の作業を見ていた龍神だった。
「……なんですか?」
「貴様、本気でこの動画をアップロードする気か?」
相変わらず感情の読めない声音でそう聞いてくる龍神に「はい」と答えると、彼は溜息を吐いて私からノートパソコンを取り上げた。
「あ、ちょっと! パソコン返してください!」
私の抗議を無視して、龍神は編集済みの動画を再生する。そして動画を見ながらこう言ってきた。
「まず、画面の構図が悪い」
「は?」
「機材のせいもあるが、室内特有のノイズも入っている」
「……」
「ここの編集、ぶつ切りになっていて見てて不快だ下手くそめ」
「……」
「あとこのBGMは何だ、センスが無さすぎる」
その後も龍神は私の自己紹介動画をひたすら批判してきた。やれ光の当て方が悪いだの、髪型がちょっと崩れているだの、これを投稿しようと思う貴様のセンスの無さは致命的だの、確かに納得できる指摘ばかりではあるが私だって不慣れな状態で頑張ってやっているのだ。龍神のお説教を聞かされたせいで少しイライラしていた私はこう言ってしまった。
「偉そうなこと言ってますけど、あなただって素人じゃないですか」
「……ならば来い」
「えっ、ちょっと!?」
龍神に煽るように言い返すと、私は首根っこを掴まれて床の間に連れてこられる。そのままいつもの様に犯されるのではと危惧したが、龍神はスマートフォンを何らかの術式で空中に固定した。
その後も彼は私の知らない術式を重ねて発動する。どのような術式かわからないが、室内の光や音の感じ方が普段と変わっていた。
続いて龍神は掛け軸のあたりの花瓶や座布団の位置を調整し、またスマホのカメラを覗き込んでから私に座布団に正座するように指示を出してきた。
逆らうのも面倒だったのでそのまま座布団に正座すると、龍神はどこからか櫛を取り出して私の髪型を整え始める。これに関しては悪い気はしなかったが、度々顔を覗き込まれてじっと見つめられるのは勘弁してほしかった。
「今から撮影を開始する、まず今回は自己紹介動画なのだろう、であれば貴様の素性およびネットで噂されている貴様に関することを語るべきだ」
「カンペは念話で行う。貴様はカメラに対する目線だけ気をつけろ」
龍神はそう言ってからスマホの録画ボタンを押した。すぐに念話で龍神からの指示が飛んできて、それに従うように私は自己紹介を始めた。
途中、何度か撮り直しを要求される場面もあったが撮影そのものは30分ほどで完了した。
「撮影はこれで以上とする。日没も近いからさっさと風呂に入ってこい」
「……そうさせてもらいます」
龍神の念話での指示はかなり細かく、正直かなり疲れた。というか、何故龍神が私のYourTube活動に協力しているのだろうか。
強引にここまで指示通りに従ってきたが、改めて考えれば考えるほど龍神の意図がわからない。
お風呂でシャワーを浴びながら考えていたが結局結論はでなかった。あの龍神の気紛れだと思うことにする。
ドライヤーで髪を乾かし、いつもの浴衣に着替えて床の間に布団を2枚敷く。居間で作業している龍神に声をかけにいくと、ちょうど動画編集が完了したところだったらしい。
あれだけ偉そうなことを言っていた龍神の編集はどんなものなのだろう、下手くそだったらこちらから扱き下ろしてやろうと思いながら、5分ほどの動画を閲覧する。
シンプルだが綺麗なオープニング映像から始まり、和室にいる巫女の自己紹介が始まる。ところどころ挟まれるテロップやそれに付随する効果音、場面に合わせられたBGM、簡素なエンディング映像とチャンネル登録を促す静止画で短い動画は終了した。
はっきり言って、私が編集した最初の動画とはレベルが違い過ぎた。もちろん低レベルなのは私の方だ。
「……」
「この動画で投稿するが構わないな」
「……はい、お願いします」
龍神に敗北感を植え付けられた私はそう言う他になかった。いつの間にか私のチャンネルのアイコンのロゴマークも作成されている。ちなみにロゴは少しデフォルメ化された蛇だった。
「……なんで動画編集とかできるんですか、やったことないですよね?」
「前に言っただろう、俺は土地の霊力から人間の技術を読み取ることが可能だと」
たしかに言っていたが、それがこれ程のレベルだとはさすがに想像していなかった。
ノートパソコンは龍神が使っているので、私は自分のスマートフォンからYourTubeのアプリを開き、先程投稿されたばかりの動画を開いた。先程投稿されたばかりなのに再生回数はすでに1万回を突破していた。チャンネル登録者数も画面を更新するたびに増えつづけている。
「さて、中々良い暇潰しにはなったが……俺はタダ働きはしないと決めている」
「……えっ?」
「そうだな、日付が変わるまでに到達したチャンネル登録者数と同じ回数だけ貴様を絶頂させてやろう……いやこれでは貴様への褒美になってしまうか、まあ良いだろう」
手元のスマホを見るとチャンネル登録者数は1万人の大台に乗りかけていた。死ぬ、こんな回数を一晩でなんて死んでしまう。しかも未だにチャンネル登録者数は増え続けているのだ。
事態の重大さを理解して、私は自然と肩を震わせる。その震える肩に龍神は手を置いてこう言ってきた。
「『時差結界』を使用してやるから安心するといい。まあ、結界内部の時間換算で何ヶ月かかるかは貴様次第だがな」
結論から言うと、私は動画投稿初日で金の盾を貰えるYourTuberになった。時差結界内で過ごした時間がどれほどの長さだったのかに関しては、龍神は教えてくれなかった。
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