第22話

「蛇谷水琴、お主には我が孫である鍛治川鉄仁の妾となってもらいたい」


 鍛治川鉄斎の発言の内容は、2つの意味で私にとっては予想外であった。


 1つ目の意味は私の従兄弟にあたる鍛治川鉄仁にはすでに妻がおり、何なら赤ん坊も1人いるということ。仮に相手を与えるにしても、未婚の分家の男のほうが良いような気もするが、わざわざ子持ちの直系男児の妾にするというのはやや時代に合っていない気がする。


 2つ目の意味は私に『花名』がないということ。言霊呪名である『花名』の無い女、つまり名前に花に関する文字が含まれていない女は退魔師としての素養を持った子供を生む確率が低く、それにより彼らのような旧態依然とした家の考え方では私のような女には女としての価値がほぼないというのが当たり前の認識のはずだ。


 退魔業界の関係者から女として見られる経験が少なかったせいで、鉄斎からの要望がその手のものだとはあまり想定していなかった。



「一つお聞きしてよろしいですか?」


「構わない」


「私を鉄仁さんの妾にする理由を教えて下さい」


 私が従兄弟の鉄仁氏に言及した瞬間、彼の妻からの視線が一層険しいものになった気がするが気にせず続ける。


「無論、子を成してもらうためだ。お主に『花名』が無いことも承知している。鉄仁を相手とするのも互いの術式の相性が良いからだ」


 術式の相性云々に関しては専門外なので、鉄斎がそう言うのだからそうだろうとしか言えない。


 しばらく無言のままで鉄斎からの要望の断り方について考える。


(別にこれを断ったとしても鬼神の角での霊具製造は断られないだろうけれど、私の要望だけが通ったらそれはそれで鍛治川家のメンツを潰すことになる)


(まあそもそも、私は子供を作るどころか結婚することすら不可能な状態だから妾になんてなれないんだけど……、はぁ……なんか馬鹿馬鹿しくなってきたな)



 鍛治川家の権力や財力に誤魔化されがちだったが冷静に考えると鍛治川鉄斎の言動は、はっきり言ってかなり気持ちが悪い。


 自分の孫同士を掛け合わせて子供を生むように命じているのだ。そのうえ片方は既婚者で子持ちと来た。どう考えても家族関係は悪化するだろうし、まともな祖父のやることとは思えない。


 一度気持ち悪いと感じてしまえば、やけに格式張ったこの対面の場も、周囲に真面目な顔で正座している分家の男たちもすべてが馬鹿馬鹿しく思えてくる。


 そんな風に思っている時にふと京華の方を見ると、彼女は緊張した面持ちで呼吸すら忘れて一心不乱に畳を見つめていた。その様子は可愛らしくもあったが、年相応の馬鹿っぽさがある。


「ふふっ」


「……何が可笑しい?」


 京華のせいで自分でも気が付かないうちにちょっとだけ笑ってしまって、それを鉄斎に咎められる。鍛治川家のメンツを潰さないような言い訳を考えようとしたが面倒くさくなったのでもう正直に答えることにした。


 この場で笑ってしまった私を信じられないようなものを見る目で凝視してくる京華を横目に、私は自分の術式に関して打ち明けていく。といっても、術式というのが既に嘘偽りなのだけれど。


「私が後天修得した3つ目の術式には代償があります」


「……食事や睡眠は取れず日没後は神社に居なければならない、だったか? それは京華から聞いている」


「はい、そうです。でもそれだけじゃありません」


 男性ばかりがいる場所でこんな事をいうのはどうかと思うが、それは鍛治川鉄斎もお互い様だろう。一呼吸置いて右手をそれらしく下腹部に当てながら、私はこう言った。




「生理が来なくなるんですよ、なので私はもう子供を産めません」



 ■■■



 その後の話し合いは想像していたよりも早く終わった。

 周りに座る女性陣は私を可哀想なものを見るような目で、男性陣はやや気不味そうにしているのが半分と、もう半分は私に興味を無くしたような素振りを見せている。


 私の不妊発言以降、広間内の空気はどことなく澱んでいるものの、澱みの原因の中心にいると返って何も感じなくなるものなのだということをこの時初めて知った。ちょうど台風の目が凪いでいるような感じだろうか。



 結果的にこの場での話し合いは私の要求のみが全て通った形となった。どのような霊具を造るかは後ほどヒアリングしてくれるということで鬼神の角と妖結晶を預ける。広間に集まっていた人間たちが順次掃けていくと、私は別の客間に通された。


 スマホも触らずにソファに座りぼうっと待っていると、京華と鉄仁、そして彼の妻と思しき女性が入ってきた。


 初めて鍛治川鉄斎の直系の孫が3人集ったということになる。

 蛇谷家との絶縁も解いてくれるという発言が鉄斎本人から先程聞けたので、ここにいるのは間違いなくお互いに従兄妹同士であると言える。


「初めましてかな、蛇谷水琴さん。僕は鍛治川鉄仁、こっちは妻の春花だ」


 先程の広間であわや私を妾にすることになりかけた男が挨拶をしてきた。その隣に座ってたのはやはり彼の妻で間違いなかったらしい。つい先程までは私を涙目で睨んでいたとは思えないほど、春花さんは凛とした素振りを見せる女性だった。二人共年齢は20代後半くらいで、優しそうな雰囲気を漂わせる夫婦である。


 私の座るソファに京華が腰を下ろし、向かい側に鉄仁と春花さんの二人が座る。

 お手伝いさんが運んできたお茶を飲みながら、鉄仁は話を続けた。



「京華とは頻繁に顔をあわせているけれど、こうして従兄妹同士全員があつまるのは初めてだね」 


 そうですね、と適当に相槌を打ちつつ話を聞く。


「ところで、水琴さんは今日の話に関してはどこまで聞いてたの? 妾になる件とか」


「どこまで……と言われると、妾の件とかは全くの初耳でしたよ」


 私がそう言うと鉄仁は妻の春花の方を見て、「ほらね」と小声で囁いた。その妻の春花さんは納得したように溜息を吐き、私の隣に座る京華は申し訳無さそうに縮こまっていた。



 話を詳しく聞いてみると、どうも私は鉄仁の妾になることを既に聞いた上でこの家に訪問しに来ているものだと思われていたらしい。


 鉄仁の妻の春花さんに睨まれていた理由がよく分かった。

 広間に入った時点でかなり刺々しい視線を浴びせてきたのも納得できる。自分の旦那の妾になる気満々の女が来るのだからそりゃあ内心落ち着いてはいられないだろう。オマケにその女が女子高生で退魔師で、嫁入りの手土産に『鬼神の角』とかいうヤバい代物まで拵えてきたのだ。鴨がネギ背負って旦那を寝取りに来たような感じか、そりゃ嫌だよね。


「先程は睨んだりしてしまって失礼致しました、水琴さん」


「いえいえ、というか京華……そんな大事なことは予めちゃんと言っといてよ」


「……うぅ……ごめんなさい、お姉様に嫌われたくなかったんです……」


 まあ気持ちはわかるけれども。

 仲の良い友達兼親戚に、自分の従兄弟の妾になれとは中々言いにくいだろう。高校生だし仕方がないといえば仕方がない。


「あれ? 春花さんに睨まれてた理由は分かったんですけど、他の人達は何であんなに刺々しかったんですか?」


「そりゃあそんな巫女服着てたら、霊具製造を生業とする人間は喧嘩を売られたと勘違いしてもおかしくないよ」


「え、この巫女服が原因だったんですか?」


「だってそれ、完全に霊力が抜けて霊具ですら無くなってるし、その様子だと自覚なかったの?」


 よく考えればこの巫女服は私が持っている三着のうち九州で鬼神と戦った時に着ていたものだ。あれだけ鬼神の咆哮を受けていたのだから、絹糸から霊力が抜けきっていてもおかしくはない。保有している三着のうち、一着は龍神にボロボロにされて、この一着は鬼神のせいでもはや霊具では無くなってるし、じゃあ残ってるまともな霊具って残り一着じゃないか。


 鍛治川家が第一次の鬼神戦の際に、有効な霊具を開発できず世間から少しバッシングを受けていた経緯を鑑みれば、私の行為は完全に喧嘩を売っているとしか思えないだろう。


「というか、やっぱり鍛治川家の人って全員霊力見通す術式持ってるんですね」


「全員ではないよ、でも解析術式が付与された眼鏡は皆持っている」


 先程の広間での疑問がすべて解けたところで、そこからは従兄妹同士で和気あいあいと話を続けた。鉄仁も春花さんも二人共話しやすい人で、こうしていると鍛治川家のような巨大な家の御曹司とは思えないほどには気安かった。





 30分ほどお互いにプライベートなことまで話しきったところで、「まあでも」と一言発した後にお茶を飲みきった鉄仁がこんなことを言ってきた。


「水琴さんみたいな可愛い子を妾に出来なかったのは男としては至極残念かな、はははは────ぶべっ!!」


 隣に座る春花さんが鉄仁の頭を叩いて、それにより前屈みになったことでこちらに向いた後頭部を向かいに座る京華が扇子で追撃した。




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