第18話

「えー、それでは無事に帰還できたことを祝しまして、水琴を崇める会およびカラオケ大会を開催しまーす!!」


 尾原高校の最寄り駅前のカラオケボックスにて私は友人たちとともに帰還祝いを行っていた。メンバーは私と早苗、クラスでいつも一緒にいる女友達数人である。高校に入学してから同級生たちと一緒にこうして遊ぶのは久しぶりだったので、何だか新鮮な気がするとともに女子高生だけで占められた狭いカラオケボックスのテンションの高さには精神年齢的についていけそうになかった。


「私を崇める会って何だよ……」

「そりゃあもう、あたし達の命の恩人であり日本の救世主である水琴さまに歌を捧げる会ってことよ」

「もう、恥ずかしいからやめてよ……退魔師の仕事しただけだし……」


 カラオケでテンションが上がっているのか、巫山戯た方向に饒舌になっている早苗に文句を言う。けれども、鬼神によって夥しい数の人命が損なわれたことを思って暗く過ごすよりかは良いだろうと思う。


 喪に服すのは大人の役目で、高校生はこうやって呑気に遊んでいる方が自然だ。


 人数が少し多いのでデュエット連発でもしない限りはそんなに自分の曲番は流れてこないため、自然ととなりに座っている早苗と話している時間が長くなる。


「いやでもさ、バスに乗ってきた自衛隊の人から水琴が雲の上に消えて行方がわからないって話聞いたときはびっくりしたよ、バスの中みんなザワついてたし」

「急いで自宅戻らなきゃだったから仕方なかったんだって、スマホも壊れてたし……」


 ポツポツと、早苗と鬼神戦後のお互いの話を擦り合わせていく。


 私は私で自宅に戻ってからも色々あったが、早苗たちの方もバスの中で色々あったらしい。何せ大渋滞を抜けて高校に戻ってくるだけで一晩以上掛かったのだから、それはもう大変だっただろう。


「たしかその門限って術式の副作用なんだっけ?」

「だいたいそんな感じ、日没までには絶対に神社に戻らないと駄目なんだよ」

「ご飯食べられなくなったりとか、その術式の副作用って水琴ほんとに大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫」


 毎晩、龍神とかいうヤバい妖魔に強姦されて大変です、なんて言ったら早苗はどんな顔をするだろうか。まあそんなこと言えるわけもないのだけれど。


「壊れたスマホはもう買い替えた?」

「うん、一番新しいやつにした」


 買ったばかりの最新式のスマホを早苗に渡す。そのスマホのカメラの画質が凄く綺麗な話をしたりして、二人で自撮りをしていると画面が切り替わり電話がかかってきた。


 着信画面に『京華』と表示されているのを見て、一瞬電話に出るか迷う。


「この京華って誰?」

「私の従姉妹、ちょっと電話してくるね」


 常に誰かが曲を歌っている室内ではさすがに電話に出られないので、フロアの奥にある女子トイレに入ってスマホの応答ボタンをタップする。


「もしもし」

『あ、やっと繋がりましたわね水琴お姉様』


 少し高めの少女の声がスマホ越しに聞こえてくる。

 私もこの子に頼みたいことがあったので、向こうから電話を掛けてくれたことは丁度良いといえば丁度良かった。


「久しぶり京華、元気?」

『私はかわらず元気ですわ、そんなことよりお姉様と色々話したいことがありすぎて……今度そちらに行っても宜しくて?』

「いいよ、場所は前と同じ国際ホテル?」

『ええ、そうしましょう』


 そんな風に京華と予定を詰めていくと、今週の日曜日に彼女と会うことになった。大まかな予定が決まったところで最後に彼女に2つほど要望を伝えた。


「会う時間なんだけど、日没までには私が神社に戻れる様にして欲しい。あとケーキスタンドは一人分にしておいて」

『……ダイエット中ですの?』

「違う違う……まあそれに関しても日曜日に詳しく話すから」


 京華との通話を終え、スマホのカレンダーに彼女との予定を追加した。


「……久しぶりに原付出さなきゃ、ガソリンまだ残ってたっけ?」



 ■■■



 京華と合う予定の日曜日の朝、いつものごとく龍神にボロボロになるまで犯された体を引きずってシャワーを済ませた後、クローゼットを開けて私が持っている中では一番高価な洋服であるワンピースとカーディガンを引っ張りだした。


 鏡台の前で軽く化粧をしてから、原付の鍵と小さめの鞄を持って自宅を出る。

 目的地である国際ホテルはこの県の県庁所在地の一等地に建てられており、蛇谷神社からは大体20キロくらいの距離だ。中学生の頃に京華と会うときは両親に車で送迎してもらっていたので、原付で行くのは初めてのことだった。


 道中でガソリンスタンドに寄って給油をしてガソリンの値上がりの酷さに驚かされたり、ワンピースで原付に乗ったのでスカートが捲れないように注意しながら走行したりしているうちに目的地に到着した。


 地上30階建ての外資系の綺麗なホテルで、たしかこの近くに新幹線の駅が新設されることが決まったと同時に県が誘致したのだったか。うちの県のような田舎には似つかわしくないほど立派なホテルだ。


 地下駐車場の隅っこに原付を停めてから、ミラーでヘルメットを脱いだあとの崩れた髪型を整える。

 大理石が几帳面に張り巡らされたエントランスを通り抜けて、エレベーターに乗って27階のラウンジスペースへ向かう。


「待ちあわせの蛇谷です」

「蛇谷様ですね、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


 季節のフラワーアートを横目にしながらラウンジの受付のスタッフに案内された座席にはすでに京華が座っており、その隣には側仕えである初老の男性がそっと立っていた。その側仕えもいつもの高橋さんなので、今日は気兼ねなく京華と話すことができる。


「お待たせ京華、ごめん遅れて」

「時間通りですからお気になさらず、お久しぶりですわお姉様」


 そう言って優雅に椅子に腰掛けている鍛冶川京華かじかわ きょうかは私の母方の従姉妹であり、同い年の高校一年生なのだが誕生日が私のほうが先であるためか私のことをお姉様と呼んでいる。


 すでに亡くなっているが私の母親は鍛冶川家からは勘当されているので、京華と私は従姉妹としての血の繋がりはあっても間接的に絶縁状態であるためお姉様なんて呼ばれるのは本来はまずいのだが、彼女もそのあたりは弁えていて私と二人きりのときくらいしかお姉様呼びはしてこない。



 ウェルカムドリンクのローズティーが運ばれてきたので給仕係の人からの説明を受ける。今回のアフタヌーンティーは秋薔薇がテーマになっているらしく、たしかにラウンジ受付横のフラワーアートも薔薇がメインだったなと思い出す。目の前の机に置かれた花瓶にも薔薇が一輪生けられており、たぶん同じ品種の薔薇なのだろう。


「受付のフラワーアートもたしか同じ薔薇でしたよね」

「左様でございます。あちらの作品は当県ご出身のフラワーアーティストである谷口氏の作品で、秋薔薇を使用したものになっております」

「へぇ、そうなんですね」


 給仕係の人に適当に話を振ってみたけれど、こういうところは県の政策で誘致されたホテルらしいなと思う。同じ県出身と言われてもフラワーアーティストの名前なんて知らないが。


 なんて思っていると目の前の京華が少し悔しそうな顔をしていた。ローズティー嫌いだったっけ?


 とりあえずウェルカムドリンクで京華と乾杯して私はそのドリンクを飲んだふりをする、と言っても唇にお茶が付いてしまうので、例の泥水のような味が感じられて不快に思うが仕方がない。ハンカチで軽く唇を拭った。


 一方の京華は香りを楽しみながらローズティーを美味しそうに飲んでいた。


 そこからしばらくはローズティーを飲みながら、といっても飲んでいるのは京華だけなのだが、お互い入学して半年が過ぎた高校のことや昨今の退魔師業界のことなんかを軽く話した。


 一通りの世間話が終わったあたりで3段重ねのケーキスタンドが運ばれてきた。京華と二人で大人しく給仕係の説明を聞き始める。


「こちらのスコーンはローズと生キャラメルでご用意させて頂いております。また、3段目のこちらの薔薇の形に盛り付けさせていただいているのはサーモンカナッペでございます。セイボリーのパウンドケーキにはこちらのローズヒップティーのジュレをお好みでつけてお召し上がりください」


 私達が未成年だからかもしれないが、給仕係の人も至極丁寧に説明してくれている。真面目な京華は最初から最後まで真剣に聞いていたけれど正直私はほとんど聞き流している。どのみち私はもうまともな食事を取れない体になってしまったのだから、料理の内容を聞いても仕方ないという開き直りである。


 一人分でお願いしておいたはずのケーキスタンドの量がやや多めなのはホテル側が気を使ってくれたからなのだろうか、こんな体になってしまっても食べ物を粗末にするのは抵抗があるので少し気が引ける。じゃあはじめからアフタヌーンティーなんて断れよと思われるかもしれないが、京華が大のヌン活好きな子なのでそこはご容赦いただきたい。


 まあ、だとしてもいずれ話す必要はあるわけで。


「ごめん京華、ずっと黙ってたんだけど」

「何ですの?」


 京華はケーキスタンドの最下段のサンドイッチをナイフとフォークで器用に自分のお皿に移している。その手を止めさせたところで、私は第3の術式に関して打ち明けた。龍神のことは秘匿したまま、日中しか活動できないことと一切の食事を受け付けなくなってしまっていることを私は京華に話す。第3の術式に関しては以前山下さんに話した時と同じく夏休み中の修行で後天修得したということにしている。


「そう……だったんですね」

「うん」

「修行って、具体的にはどんなことを?」

「それは秘密」


 実は龍神に強姦されてただけです。あと術式っていうのも嘘で単に体が半霊体化しているだけです。


「……その制約は、術式を停止させたりして無くすことは出来ないんですの?」

「できない」

「でも、その術式のおかげで鬼神を倒すことが出来たんですよね」

「そうだね、これが無かったら普通に死んでたと思う」



 私がそう断言すると、京華は俯いたまま静かに泣き始めた。本物のお嬢様は泣き方までお淑やかなんだな、なんて呑気な事を思うと同時になぜ京華がそんなに悲しむのかがわからなかった。


 いやたしかに京華は同年代に比べれば感受性が高いタイプの子供ではあったけれど、クラスメイトとかは私がご飯食べられないこと話しても同情する人はいたがその場で泣き出す人は一人もいなかったぞ。


 ぐすぐすと泣き崩れはじめた京華をどうするべきか悩みながら側仕えの高橋さんを見ると何とその高橋さんまでもが目元にハンカチを当てていた。どう考えても反応が過剰なんだけれど、本当に理由がわからない。


 私が今まで黙ってたことを悲しんで泣いているのかと思い、とりあえず私は口を開いた。


「ほんとごめん京華、せっかくのアフタヌーンティーなのに何も食べられなくて、でも私の生活とかはほとんど変わってないし不便なこともあんまりな――――」


「御爺様に進言して、鍛冶川家から蛇谷家への絶縁を無条件で解いてもらいます!」


「え?」


 勢いよく立ち上がった京華はいきなりそう宣言した。

 話の流れがわからない。というか絶縁を解かれて変にうちの神社に干渉される方がまずいわ。龍神のことでボロがでたらその時点でアウトだよ。私一人しかいない蛇谷家だからこそ秘匿しやすい部分もあるのに、親戚からの口出しとかマジで勘弁してほしい。



「いや待って京華、とりあえず落ち着い――――」


「だいたい御爺様もおかしいんです! 実花伯母様たちが殉職されて一人残された水琴お姉様を全く支援せず放置して、やれ【花名】を持たない女はどうとかってお姉様を馬鹿にして存在しない者扱いして! そのくせ鬼神を倒したと知るや否や今度は……今度は……!!」


「ちょっと待ってちょっと待って京華、周りの人見てるから!」


 ヒートアップした京華はその後なかなか収まらなかった。この子に龍神のこと全部正直に話したら、薙刀持って特攻しに行くんじゃないだろうか。

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