第11話
『九州の□□県△△市にて鬼神と思わしき妖魔が発生』
そのテロップが出てから数十秒後、放送されていたバラエティ番組が緊急ニュースの画面に切り替わった。
『えー速報です。□□県△△市に鬼神と思わしき妖魔の発生が確認されました。近隣の市町村に避難指示が発令されています。読み上げますので、該当の地区にお住まいの方は直ちに避難してください。△△市、〇〇市、✕✕市────』
『鬼神と思われる妖魔が市街地を中心に【咆哮】を行ったことが確認されています。現在推測される死傷者数は十万人を超えているとのことです』
『□□県の妖魔対策課が同県登録の退魔師を招集し、緊急会合を行っているとの情報が入りました。会合の内容に関しては分かり次第お伝えいたします』
『繰り返します、画面上部のテロップに表示されている市町村にお住まいの方は直ちに避難してください。なるべく、鬼神がいる△△市とは反対の方向へ避難してください』
『現在観測されている鬼神も前回とおなじく、【咆哮】を行うことが判明しています。範囲内で【咆哮】を受けてしまった場合、命の危険があります。なるべく△△市から離れるように避難をしてください』
呆然とした気持ちでニュース映像を見ながらスマホを取り出して早苗に電話をかけたが、混線しているらしくつながることはなかった。
早苗たちが向かった林間学校の宿泊施設は鬼神が現れた県にあるものだ。だいたいの位置しかわからないが、もしニュース映像が示す地図の範囲が【咆哮】の範囲内なら早苗たちは既に────。
「おい水琴、さっさと寝所に入れ」
龍神の声が背後から聞こえた。ハッとして外を見るとすでに日が暮れかかっている。
そうだ、ニュース番組を見る前は夜伽の準備をしていたんだった。
いやでも、こんな状況で床に入って、私はまともな精神でいられる自信がない。
『はい、情報が入りました。□□県で行われていた緊急会合の結果、数十名の退魔師による討伐隊の結成が決まったとのことです』
ニュースキャスターの男性が、スタッフに差し出された紙を読みながらそう言った。
(いや無理だ、たった数十人の退魔師で勝てる相手じゃない)
前回の鬼神討伐の際も、500人以上の退魔師が命懸けで戦ってようやく勝利することができたのだ。
かといって、今回も全国から退魔師を招集することができるかといえば、それも難しいだろう。ただでさえ少ない退魔師の数がさらに減ってしまうのだ。地域によっては、文字通り妖魔の対処が追いつかない空白地帯ができてしまいかねない。
詰んでいる、災害級の妖魔がたった数年で二度も現れるなんて。
「貴様、俺の声が聞こえんのか?」
しびれを切らした龍神が私の腕を掴んで無理矢理立たせようとしてきた。彼の膂力には抗えず、そのままフラフラと立ち上がる。
改めて目の前の男を見上げた。
黒髪で日本人らしい端正な顔立ちの男だ。溢れ出る霊力がなければ人間に見えることだろう。
そうだ、この最悪の現状を唯一解決できる方法がある。
「お願いがあります」
「……なんだ、言ってみろ」
畳の上に膝をついて、両手も地面につけてそのまま頭を下げる。目の前に見えるのは龍神の素足だけ。
退魔師として、これが本当に正しいことだとは思わない。それでもこうする以外の方法が思いつかなかった。
「お願いします、九州に現れた鬼神を殺してください」
土下座して、私は龍神にそう頼み込んだ。
おでこを床につけているせいで彼の表情を窺い知ることはできない。
龍神は数秒間黙ったのち、こう答えた。
「断る、俺は貴様以外の人間の生死には興味がない」
「お願いします、あの地域には私のクラスメイトがいるんです、今ならまだ間に合う可能性も────」
そう言いかけた辺りで、首を掴まれて仰向けに押し倒された。乱暴に押し倒されたせいで、浴衣がはだけて胸が見えかけている。あまりの自分の惨めさに腹が立った。
「くどい、俺には関係のないことだ」
その日私はいつもの寝所ではなく居間の畳の上で犯された。意図的かどうかはわからないが、龍神はテレビを消さなかった。
鬼神による被害状況を伝えるニュース番組を一晩中聞かされながら、私は何もできず、ただただ目の前の妖魔に奉仕することしかできなかった。
■■■
霞が関、退魔省の会議室では深夜にも関わらず激しい議論が行われていた。
「だから、すぐに全国の退魔師を招集して鬼神の討伐隊を編成するべきなんだ! 都道府県単位での討伐隊じゃ頭数が足りなさすぎる!」
「全国規模の招集なんて簡単に言うな、前回の鬼神討伐だって各都道府県の意見をまとめるのにどれだけかかったと思っている!」
退魔師という存在は基本的に土着性が高い。ある特定の地域でしか術式を発動できなかったり、その他にも何らかの制約を持った退魔師もいる。だからこそ、退魔師の指揮権は各都道府県による縦割りで厳密に区分されている。
前回の鬼神討伐の際も、それぞれの地域から退魔師を集めるための会議に膨大な時間を要した。当然、どの都道府県も自分のところからはあまり退魔師を派遣したがらなかったからだ。
「災害級の妖魔に対する法律をもっと早く成立させておくべきだったな、まさかこんな短期間で鬼神が再度現れるとは」
「タラレバの話をしてもしょうがない、今は今後の対応を話し合うべきだ、被害状況はどうなっている?」
「鬼神が確認されている△△市は壊滅状態です、死者数はおそらく四十万人を超えているかと思われます」
「前回の鬼神よりも【咆哮】の範囲が広いな、もし他の地域に移動でもされたら……」
「避難民の疎開プランは?」
「国交省、自衛隊共同で対応に当たらせているが如何せん範囲が広すぎる、海岸線沿いの高速道路、国道は大渋滞だ」
「山間部やその付近に取り残された国民はどうする、鬼神の【咆哮】の範囲によっては生存者がいるかもしれん」
「【咆哮】による周囲の妖魔の活性化、忘れたわけじゃないだろ」
「だがあの地域の山間部は妖魔がほとんど発生しないはずだ、自主避難に任せるほかあるまい」
「まあ今はとにかく、□□県の討伐隊に期待するか」
「無人偵察ドローンによる映像入りました! 今回の鬼神の体長は約5メートル、現在の被害地域の状況は────」
■■■
深夜のテレビから流れる緊急ニュース番組では、鬼神による絶望的な被害状況の報告が更新され続けていた。
判明する死者数は増え続け、瞬間的な被害の大きさが前回の鬼神を遥かに凌いでいることが繰り返し伝えられた。要するに、今回の鬼神は前回のものよりも格段に強いということだ。
(今回の鬼神を倒すのに、何人の退魔師が犠牲になればいいんだろうか)
前回の鬼神よりも強いということは、前回以上の人数の退魔師で挑まなければ勝ち目は薄い。そんな余剰戦力、この国のどこにあるというのか。日本国内の退魔師の数は確か1000人弱しか残っていなかったはずだ。
龍神に畳の上で乱暴に犯されながら、そんなことばかり考えていた。
(もし同級生がみんないなくなったら、あの高校の一年生は私ひとりになるわけか……、退魔師の自分だけが生き残るとかある意味最悪だな)
明け方に龍神から開放されたころ、テレビには無人偵察ドローンによって撮影された鬼神の姿が映し出されていた。私の浴衣ははだけて全身が龍神の体液に塗れているが、お風呂に入る気力もなくただただテレビの映像を眺めていた。
筋骨隆々とした肉体、全身を覆う皮膚は赤く、とても分厚く見える。肉体と同じ赤い色の髪の頭頂部には黄土色の角が一本生えていた。
映像から推測される体長は5メートル強と表示されており、それが事実なら前回の鬼神よりも1.5倍ほど巨大だということになる。
その肉体も【咆哮】の範囲も、前回の鬼神を超えている、鬼神討伐は不可能に思えた。
緊急速報を伝えるメロディが流れ、画面上部に白文字で短い文章が表示された。
『□□県による討伐隊が全滅、鬼神討伐は失敗』
絶望的な状況がまた更新された。
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