人皮三味線

猟奇學研究所

第1話

……はあ、どうしてこうなったか経緯を知りたい、と。 ちょっとね、顔も包帯ぐるぐるなんでね、 聞き取り難いかもしれませんがね、ええ。お話しましょうかね。


私ね、バーの常連なんですよ。その会員制の。まぁアレです、 そこ行くとね、上手く行けばそのぉ...... アレですわ。男女の間で“ハプニング”が起きる……て言いますかねぇひひっ。いわゆる“ハプバー”っちゅうやつです。そんなお店なんですけどね。そんでマァそこで声かけて来た女性ってのがね、これまたべっぴんさんでして。 ほら、いらっしゃるでしょ? 画家の。幽霊だかお化けだか描いてらっしゃる...... マ……マツダ違うなとにかく…… ん?あぁ~そうそう確かそんな名前です、ええ、そうです巨乳の。よく似てらして。えぇお胸が特に。


マァその方とね、何やかんや話すうち、ふいに名刺渡されましてね、 あーこれって宗教絡みか浄水器売りかなってガッカリしながら見てみたら、何かの職人?って書いてましてね。 何だっけ三味線?何か変わった名前の......


にん... ? ニンピ、 だか何だったかでしたよ確かね。 マァとにかく、お互いいい感じにお話してたんで、もうこれは千歳一隅のチャンスだって思いましてね、私もう何聞いても必死でぶんぶん頷いて、 三味線なんてまるきし知らんくせに知ったかぶって話合わせて、


それで言ったんですよ彼女に。


「そんならお宅の工房、ゼヒ拝見したいもんですなあ」


って。


向こうに“ソノ気”が無くたってあとはなし崩しってなもんです。 そもそも出会いがそういうバーなんですからね。お酒だってお互いだいぶ飲んでるし。そりゃあもう期待であちこち膨らみまくりましたよぉ。


……そんでまあ、お誘い受けてお家行きましたわね。客間に通されて、 なんだか妙にあまーいお酒頂いて、そしたらさすがに飲みすぎてたのかな?意識がボーッとして、瞼も重ーくなって来ちゃって。 でもね、そんな時にフユコさん……彼女のお名前ね。それだけはハッ キリ覚えてますええ。あとお胸も……ヒヒッ。


んーでしばらくしてフユコさんがね、色っぽぉい、艶っぽぉい声でね、

「……お服を脱いで、お待ち頂けます?」

って言うんで、一気に酔いも眠気も覚めまして。 全部ですか?なんて馬鹿なこと聞いてしまったんですけど彼女、これまた色っぽぉい、艶っぽぉい笑顔で頷いたんですよ。 もうね、これはもう勝ち確やんって思いましてね、僕は喜び勇んで待ちましたよ。ずっと何故か正座してね。


そのあとフユコさん、部屋出てったっきり中々戻って来ないもんだから、 まぁただんだん眠くなって来ちゃって何度か船漕いでたら、廊下からそろりそろり足音が聞こえてきたんで、やっとか! と思って立ち上がろうとしたんですよ。 あぁ、下の方だけはずっと寝ずにしっかり“起きて”待ってたみたいでしたが……。


ところがね、これがまたおかしなことに、体の自由がまるで効かなかったんですよ。 何か全身痺れちゃってて。 飲み過ぎて前後不覚、なんて事は何度もありましたけどね、 あんなんなったんはかつて一度もね、なかったんですよ。 で、目の前には......だいぶ目も霞んじゃってたんですが、それでもちゃんと分かりましたよ。フユコさんも裸だってことが。 何かがちゃがちゃ音のする箱抱えて来たたのが気にはなったんですけどね。 とにかくもうここはホラ、据え膳ナントカですからね。私もしっかりしなきゃ男の股カンいやいや沽券に関わるっつう事で何とか倒れないように頑張ってはみたんですがね……。でもまあ段々目の前暗ーくなって来ちゃって……。でもね、ひひっ。そんとき向こうからこう、がばーっとね、私に伸し掛かってきまして……。フユコさん、いい色してはりましたよぉ……桜色!何がってもぉ……アレですよアレ。お乳首さんが。


でもね、覚えてるのはそれきりです。ええ。



……そんで気がついてみたらまあ、この病院で包帯ぐるぐる巻きのミイラ男になってたって訳なんです。 なに?警察に?被害届? いやいやここだけの話、内緒ですよ?あとでね、なんか“ご迷惑おかけしました”ってフユコさんがね、包んでくださって…....わかる? わかりますよね。まあ、結構な量の“菓子折り”でしたよ。ここの医者代もそれでまぁ......ね。


ああでも私ね、そういうことじゃないと思いもするんです。 つまりこう言うことでしょ?私は何も知らずフユコさんにほいほいついて行って、全身の皮ひっぺがされて三味線の材料に使われた、 と。いいんですそれは。何処かの阿呆か好事家が、大枚叩いて買ってくださるんでしょうねこんなオジサンの尻やらどこやらで作った皮細工。 でもね、私言いたい。きっと恋した。恋してたんです。意識は無くともフユコさんと肌と肌の触れ合いがあったのは事実だし、会話だってすごく弾んだし。 向こうだってきっとまんざらでも無かったはずなんですよ。でなきゃ私みたいな冴えない男にそもそも声なんか……え?何?誰でも良かった? なんでアンタがそんな事...... え、同業者え!? 旦那……さん? ってフユコさんの!?え?ちょ、確認て!何の!?


......はぁ。ウマい話にゃウラがあるってかいチクショぉ......。 それじゃアンタまるで美人局じゃねえのよ。ん?持たせてあげただろって誰がうまいこと言えっつったよ。


……へえへ。もういいですわ。 私の全身ズル剥けのひでぇ有様と引き換えのモンはちゃんと頂いちゃってる訳ですし、こちらから文句は言えねぇってこってすわ。 はぁ……また通いますよ。あのお店。今度こそいい出会いを見つけ......はい?やめとけと?あそこはそういう業者だらけ?んん?


“豚も鳴き声までは喰われんが、それ以外は根こそぎ売られっちまう”と……。


アンタねぇ、


ひとつの恋で“我を失う”だなんてね、洒落にもならんでしょ、それ。

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人皮三味線 猟奇學研究所 @ryoukigaku

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