第10話
*** 10 ***
僕はすべてを放棄し、元の住処――日本へ帰ることにした。
あれからレイとは一度も顔を合わせなかった。避けられているのか、それとも避けているのは僕の方だったか。今となってはどうでもいいことだ。真実を知ったレイは僕を許さない。どの道僕らの関係性が修復されることは絶対にないのだから。
今度こそ本当に、僕は何もかもを失ったわけだ。
レイを置いて城を後にした僕は途方もない虚無感と疲労感に襲われていた。日本へ向かう飛行機の中でぼんやりと物思いに耽る。
……“堕天使”の復活は間もなくだ。僕はそれに乗じて体よく死ねばいい。面子の立つ死に方というものについて考えるのは何だか、まるでコントのネタでも練っているような、可笑しな気分になる。
とりあえず持てるだけの魔力を費やした魔法でも連発して、適当に仲間を庇って……とりわけ重要なのはやっぱり、今際の際に発する一言だろうな。遺言は大切だ。退場する人物の価値を決定付けると言っても過言ではない。
『僕に構わず戦え!』……安いな。
『世界を頼んだぞ!』……右に同じ。ただスケールが大きい分こっちの方がマシかもしれない。
『お母さーん!』……英雄の遺言としては最悪かもしれないが、しかし聞いた奴の印象には残るだろう。
他には、他には――
「……あれ」
国をまたいだ半日以上の道程だったはずだが、記憶には残っておらず。気付くと僕は懐かしの我が工房の前に立っていた。以前の“堕天使”との戦いの後、隠れるようにして住んでいた、東京の郊外に建てた工房とは名ばかりの一軒家だ。
五カ月前、レイを引き取ったばかりの時のことを思い出した。
『――
そんなこともあった。僕もレイもおよそまともと呼べる存在じゃないが、そんな歪な二人組の日常が確かにあったのだ。
レイと過ごす日々は地獄のようだった。愛していた、いや今だって愛している女性の魂を欠片とはいえ持っている人形との日々。釣りのときもそうだが、やはり彼女の魂の影響なのか、レイの行動の中に玲衣を感じる瞬間は少なくなかった。
その度に自己嫌悪感で吐きそうになっていた。玲衣の面影を見るたびに、どこか慰められたような、失ったものを取り戻せたような気分になっていた己の醜悪さに狂いそうだった。
だが、もう過去のことだ。女王陛下の言葉を信じるなら“堕天使”の復活まであと一ヶ月と少し。それでようやく終われる。六年前から続いていた、一片の光さえ見えない暗闇の中を這い続けるような日々に終止符を打てるのだ。
家の鍵を開け、中に入る。そういえば江ノ島に向かってからは色々あって一度も帰れていなかったが、思いのほか埃っぽい感じもしない。
まるで僕が留守の間に誰かが住んでいたようだ――玄関を抜けてリビングに足を踏み入れるまでその思考に至らない程度には、僕の頭は活動を放棄していた。
ジャッ、と鉄の滑る音。
僕の気配を察知して待ち伏せていたのだろう、そいつらは僕を囲むようにして銃を突き付けていた。
「くそっ」
なんて醜態だ。思わず歯噛みし、視線だけを動かして周囲を伺う。
奇妙な兵隊たちだった。人の形をしてはいるものの服は着ておらず、その武骨な鈍色のフレームを剥き出しにしている。
「……ロボット?」
そう、そいつらは機械で出来た兵隊だった。数は五、六体か。全員がアサルトライフルを構えたまま静止している。目的通りに動けばいいや、という理念が透けて見えるその風貌は良く言えば機能美の塊、悪く言えば悪ふざけそのものだ。必要最低限のパーツやアクチュエーターを継ぎはぎにされた人型は、まるで鉄で作ったオモチャの兵隊。その悪趣味さ、『とりあえず思いついたので作ってみました』とでも言わんばかりの最悪さに、酷く懐かしい既視感を覚えた瞬間、
「遅かったわね。一度くらいは
「……まさか」
甲高い声が響いた。次いで僕の眼前にいた二体のロボット兵が構えを解き、スッと道を開けるように退く。そして、その奥に。緩慢な動作でソファから立ち上がる人影があった。
「あら、リアクションの小さいこと。旧友との黄泉路を超えた再会よ? もっと盛大な驚愕と狼狽を以て迎えて欲しいわ!」
この口調を僕は知っている。人の家に四ヵ月も無断で上がり込み、家主を奇襲して挙句この高飛車な態度でいられる女を僕は知っている。
「そんな、お前は」
僕に近づきながらいやらしく口元を歪めるその女は、
「――久しぶりね、トーリ・“ワイズマン”!」
――齢十、十一程度の見た目をした、金髪の幼女だった。
「お前は……ええ、と……」
「…………」(不敵な笑顔でふんぞり返っている)
「………………誰?」
よく分からないが、みぞおちを殴られた。
「銃を突き付ける意味なかっただろ」
「そんなことないわよ。入ってきたのがあなた以外だったら丁重にお帰り願わないといけないもの」
コトン、と音を立てて目前にカップが置かれる。運んできたのはあの機械兵のうちの一体だ。動くたびにギシギシと音を立てていて今にもバラバラになりそうだが、いかな構造になっているのか。
運ばれてきた紅茶に口をつける。……美味い。あの武骨なロボット兵が淹れたものとは思えなかった。
「中々のものでしょ。給仕から戦闘までこなせるメイドイン私のロボットたちよ」
隣に座る幼女が、ワンピースに包まれた膝に乗せたティーカップを揺らし、得意気に言う。
「というか僕がストックしてた銘柄だろ、この茶葉。盗人猛々しいとはこのことだ」
「心外ね。あなただって学生のとき、私のとっておきだった秘蔵酒をちょろまかしたりしてたじゃない」
「忘れたな、そんなこと。僕に似た誰かの仕業だったんじゃないか?」
幼女が肩をすくめた。その肢体は以前の彼女に比べて、やはり華奢に過ぎる。
「……さて、そろそろ説明してくれ、ウルスラ」
幼女――ウルスラ・“ラボ”が、肩に掛かっていた金髪を手で払う。
「説明? 何について?」
「とりあえず、故人であるはずの君が生き返った上に若返っているこの状況について」
「そんなことわざわざ説明するまでもないでしょ。もう察しはついてるんじゃない、“ワイズマン”さん」
「……まあ、一応は」
少なくとも僕の前でウルスラは死んでいる、それは紛れもない事実だ。なら、
「君は、ウルスラのクローンってことでいいのか?」
「当然の帰結ね。正確にはオリジナル――ウルスラ・“ラボ”の遺伝子情報から造った肉体に、江ノ島が消える前の日までの彼女の記憶を移植したものがこの私よ」
『……また逢いましょう……とー……り……』
あの日、ウルスラが最期に残した言葉を思い出す。なるほど言葉通りの意味だったわけだ。
「しかし、なんだってそんな幼い容姿に?」
「別に大した理由はないわよ。脳が若ければ思考も柔軟になるんじゃないかって、ちょっと試してみたかったの」
「そんなこと言って、若返りたかっただけじゃないのか?」
「ま、常に若く美しくありたいっていうのは女性として当然の意識ではあるわよね。私はあんまり興味ないけど」
ふぁさ、と髪をかき上げて見せるウルスラ。その若いを通り越して幼い容姿はやはり、僕の知る彼女と同一の人物として見るには違和感があった。
「江ノ島の一件からもう随分と経つ。どうして今まで姿を見せなかった?」
「見せなかったというより見せられなかったのよ。この身体が活動できる状態になったのはつい先月の話だしね」
彼女の説明によると、彼女は先月まで江ノ島付近の海底に沈んでいたポッドの中にいたらしい。ウルスラはあらかじめ心臓が止まった時、彼女の遺伝子情報と記憶を乗せたポッドを海中に向けて射出するように準備していたそうだ。ポッド内では彼女の身体の再生が行われたが、環境が環境だったために身体が十分に成長するまで数ヶ月を要したらしい。
「で、目を覚ましたら江ノ島が消えてるんですもの。他の拠点に身を隠しても良かったんだけど、トーリに直接状況を確認したかったからあなたの家にお邪魔してたってわけ」
そうか、生き返ってから今までここに引きこもっていた彼女は、僕たちの『競争』がどんな様相を呈しているのか把握できていないのか。にしても人の家に勝手に一ヶ月も住み着くことを『お邪魔してた』で済ませるのはどうかと思うが。
「それじゃああの日、襲撃が起こらず僕と君がやりあうことになったとして、リスクを負うのは僕ひとりだったわけだ。仮に君が負けてもこうして復活できるんだから」
「ええ。魂を得たノアをあなたが奪っていったとしても結局、その具体的な製法を知っているのは私だけ。後から神秘省に名乗り出れば競争の勝者は私になっていたはず……もっとも、あなたとやりあって負けるつもりもなかったけどね。この身体は、そう、あくまで保険でしかなかったのに」
白く細い腕に指を這わせ、ウルスラはつまらなそうに言う。その保険を使わされることになった現状を面白く思っていないのだろう。
「自分が死んだときの保険、か。つくづく君はトんでるよ」
「そう言うあなたはトび方を忘れてしまったのかしら? 何なの、その覇気のない顔は。スプラッター映画に出てくるチープなゾンビの方がまだ血色がいいかもしれないわ」
「別に。色々あったんだよ……色々」
「色々、ね。じゃあ今度は私から、その『色々』について聞かせてもらおうかしら」
僕はこれまでの経緯を説明した。ヴァハグン・“メタル”の襲撃と排除、ユダ・“リーパー”とそのドールの存在、“魂”を獲得したアトラスの顛末、“堕天使”が一ヶ月後に再来する予言。そして、かつての“堕天使”討伐の際に僕が行った所業も。神父に己の罪を告解する人間はこういう気分なのかな、と思った。
時に頷き、相槌を打ちながらウルスラは僕の話に耳を傾けていた。
「……なるほど。もう競争なんて言ってる状況じゃなくなったわけだ」
ウルスラが頭の後ろで腕を組み、背もたれに体重をかける。
「クローンでの魂の精製は成功したんでしょ? あーあ、死んだのが惜しいわ」
「そう肩を落とすこともないさ。君が神秘省から何を得ようが、結局この世界は“堕天使”に滅ぼされるんだから」
のしっ、と膝に重みがかかる。ウルスラがソファに寝そべるようにし、両足を僕の膝に乗せてきたのだ。
「……つくづくつまらない男になったわね、トーリ。“堕天使”の復活が本当のことだとしても、あんたはそれに恭順するようなタマじゃない。むしろどう料理してやろうかって歯を剥き出しにして笑う、少なくとも私の知ってるトーリはそういう奴よ」
「言っただろ、僕は既に君の知っているトーリじゃないかもしれないんだ、魂の欠けた僕は――」
「かもしれない、ですって?」
膝を軽く蹴られた。鈍い痛みが走る。
「信じられないわ、トーリ。あんたまさか、解らないことを解らないままで死のうとしているの?」
彼女が吐き捨てるように言ったその言葉で、僕は学生時代を思い出す。
玲衣とウルスラと、そして僕。
どこまでも高慢な三人だった。自分たちに解き明かせないものなど無いと心の底から信じていた。僕とウルスラは互いを敵視し、事あるごとに対立していたものの、根底にある理念は共通していた。
――遍くこの世界の理で、僕たちに解らないことなど存在しない。
「死ぬなら勝手に死ねばいいわ。別にそれを止めるつもりはないし、私にそんな権利もないもの。けどね、あんたが解らないことをそのままにして死ぬつもりなら、私はそれを許さない」
ウルスラが立ち上がる。座ったままの僕を見下ろすようにして、射抜くような視線で僕の目を見つめてくる。なぜか後ろめたくなり、思わず顔を伏せてしまう。
「……君がどう思おうと僕には関係のないことだ」
「まるで拗ねた子供ね」
両手で挟み込むようにして顔を掴まれ、無理やり目を合わせられた。僕の知る彼女より随分と幼い顔が目の前にある。
「こんな話を知ってる? 毎日代謝を繰り返している人間の細胞はスパンとしておよそ七年で身体全体が入れ替わる。七年前にあった細胞はすべて消えて、その人物を構成する細胞はまったくの別物になっているの。この時、その人物は七年前と同一の存在だと言えるのか? という問題よ」
「……そのくらい知ってるさ。けど実際には脳細胞のように入れ替わらない細胞もある。だからその問題は問題として成り立っていない」
「本当にそうかしら? それは細胞が同一であることが同一存在の証明であるという前提があっての話よ。脳や心臓の細胞が入れ替わらないとしても、身体の九割以上の細胞が入れ替わった存在を同一と呼べるかは十分に論ずるべき価値があると思わない?」
僕は彼女の手を振りほどくこともせず、されるがままでいる。両頬が冷たい。最悪の科学者の手の温度は、その心根と同じくひたすらに冷徹だ。
「それはもう哲学の領域だ。僕たちの考えることじゃない」
「それこそ思考の放棄よ。あんたは魔術の第一人者として、私は科学の第一人者として、問題に向き合うことはできる」
彼女が何を言いたいのか分からない。分からないまま僕は答える。
「向き合ったところで出る答えなんて一つだろう。――『解らない』。それは科学でも魔術でもない領域の話だから、僕たちに答えは導き出せない」
「でしょうね」
ウルスラはそれが当然であると首肯する。
「けど、それはあくまで現時点での話よ。科学も魔術も時間と共に発展していく。やがてすべての哲学を叩き潰す程に、暴力的なまでに正しい科学、魔術が出てくるかもしれない」
ウルスラが顔を近づけてくる。
「天才とは答えに辿り着くまでの時間が短い者を指す言葉。どんな問題にもいずれ答えは出る。人間は生まれながらに無限の可能性を秘めているのだから」
彼女の吐息が顔にかかる。
「けれど“堕天使”が世界を滅ぼすなら、その答えに辿り着くための時間も失われてしまうわ。あんたがトーリであるかどうか、ひいては人を人たらしめるのは魂の存在なのか? なるほど厄介な命題ね、一晩じゃ答えなんて出そうもない。なら二晩なら? ひと月、一年、十年後なら?」
額が触れあい、僕は目を閉じることができず、ただ彼女の瞳を見つめるしかない。
「生きなさい、トーリ。“堕天使”を斃して、生きて答えを出すの。己が何者か、その命題に決着を付けて、その時に死にたいのなら死ねばいい」
――彼女は決して僕を気遣っているのではない。ただ、智に魅入られた《ともがら》として共に競ったあの日々を、他でもない僕が裏切ることが許せないだけだ。
「それが“
最悪の科学者の両眼がたたえる光は、無窮の星の光のように澄んでいる。その輝きは彼女の原動力だ。解らないことを解ろうとする、きっと一生満たされることのない、科学者としての飽くなき知識欲。
身体も魂もオリジナルの複製品でしかない、僕の目の前にいる女はしかし、確かにウルスラ・“ラボ”そのものだった。
「ウルスラ・“ラボ”の生存が確認されました」
「そう。ご苦労さま、下がっていいわ」
クライブ・ベイクウェルが慇懃に一礼し部屋を去る。
「
女王とチェス盤を挟んで対面しているユダ・“リーパー”が大げさな身振りで、足を投げ出すようにして脱力する。
「ウルスラちゃんが生きてたッてこたァさ、魂弾撃ち放題ッてことだろォ?
「トーリ・“ワイズマン”にその気があればね。現代の魔術師で魂弾を扱えるのは彼しかいないから」
会話しながらも、二人は互いに駒を動かし続ける。それは勝負というより、チェスという手段を用いた、人と人ならざるものの対話だった。
「オイオイオイ! 随分とつまんねェ嘘吐くじゃねェの? アンタだって魂弾くらい使えるんだろうが」
駒が盤を打つ乾いた音。
「“堕天使”は形を持った自然淘汰のようなもの。それを同じく自然の機構として生まれた私が倒すのは、それ自体が理外の事象と見做される」
「
「ええ。私は教導の第一人者という立場にこそあれど、“堕天使”の同類であり対極の存在。自然より出で、人間という種を導く機構でしかないもの」
「アンタがやれることは
女王が手を止め、窓の外に広がる広大な街並みを眺める。
「……連綿と続く人の営み。その中で“魂”は生まれるわ」
城から見下ろす街の人々は働き蟻のようにうごめき、何かを作り、何かを壊していく。
「『芸術』はルールの創造。
『科学』はルールの発見。
『魔術』はルールの上書き。
『教導』はルールの守護と深化。
『軍事』はルールの破壊。
これらは言うなれば魂を生み出す過程、人の歴史そのものよ。だからこそ、私はそれらの第一人者を盤上に上げた……『教導』だけは、私より完全な『導く者』が現れなかったために自らが担わざるを得なくなったけれど」
「約一名
「いいえ」
街を見下ろしていた女王が視線を目の前の男に向ける。
「『遊戯』は本来、人の営みには必要のないもの」
「そいつは違ェな。遊戯こそが
「ホモ・ルーデンスというやつね。なるほど、仮に人間の営みがすべて遊戯の発展形であるとしましょう。けれどそれはあくまで雛形がそうだったという話に過ぎないわ。永い時間の中で独自の文化を確立した人間にとって、今や遊戯というのは無聊を慰める手段の一つでしかない。だからこそ遊戯の本質は『無意味』なの。他の五つの概念のどれにも当てはまらない、ルールがルールの形を成す前の混沌そのもの、それが『遊戯』」
だからこそ、と女王は微かに微笑み、
「
ユダはその時初めて、この人ならざる友人が無防備に腹の裡を晒したように思えた。漏れ出たのはほんの一滴、ドス黒く混濁した感情。人の上に立ち、人を導いてきた機構の心に染み出た、孤独という名の汚泥。
「……
「あら」
女王のキングが盤外に転がされる。
「私としたことが、少し話に夢中になりすぎたかしら」
「張り合いねェな。もう一局いっとくか?」
「では、お言葉に甘えて」
互いに慣れた手つきで駒を並べる。そのまま流れるように対局が始まった。
「さっきの話だけれど」
「あン?」
「確かにウルスラ・“ラボ”の技術力があれば魂弾は無制限に撃てるわ。クローン以外の誰かが犠牲になることもない。トーリ・“ワイズマン”がその気になればだけど」
「それじゃ賭けになんねェんだよなァ。あの
「次に復活する“堕天使”についてはそうでしょうね」
「ハッ、持って回った口ぶりじゃねェか。あんたがそんな言い回しをするッてこたァさ、」
ユダがテーブルに肘をつき、身を乗り出す。口元を歪め、
「やっぱ、“堕天使”は複数いるんだな? いいねえ、それでこそだ! 世界なんてドデカいモンで
「恐らく、“堕天使”は次の奴が最後じゃないわね」
「……ああ、そうだろうね」
女王陛下は“堕天使”を人間の魂を減らすための『機構』だと言った。それが六年という短い期間で復活しようとしているのだ。つまり今の世界は“堕天使”が現れなくなる閾値のようなものからかなり離れていると考えられる。
「だとすれば復活した“堕天使”を魂弾で討伐したとしても、そう遠くないうちに次の個体が現れるはずだ」
「本当の意味で人類が勝利するには、“堕天使”という存在そのものを根源から滅ぼす必要があるってことね」
がしがしとウルスラが頭を掻きむしる。“堕天使”を滅ぼす――言うだけなら簡単だが、その方法についての具体的な案は浮かばない。
手がかりを求め、これまでの出来事をとりとめなく思い出す。けれど頭が働かず、なぜか浮かんでくるのはレイの顔ばかりだ。玲衣の魂の残滓を持つ人形。僕が生み出したエゴそのものとも言えるグロテスクな存在。
レイ。
「――そうだ」
「どこに行く気?」
ソファから立ち上がった僕にウルスラが言う。
「レイのところに戻る」
「……なぜ?」
「そこに“堕天使”に対抗する手掛かりがあるかもしれないからだ」
レイは“堕天使”の肉片を宿しながら玲衣の心の欠片を持っている。そこにアトラスのような拒否反応が起きないのは、その魂がレイの獲得したものではないことを“堕天使”の肉片が識っているからだと僕は結論付けた。
だが、魂を消滅させることをその存在意義とする“堕天使”の肉片が、玲衣の魂にまったく拒否反応を示さないということがあり得るだろうか?
むしろこう考えるべきじゃないか。あの日僕が撃ち出した玲衣の魂が“堕天使”を討ったとき、“堕天使”にとって玲衣の魂は特別な存在になったのだ、と。それがどのような形かはわからないが、レイの肉体に拒否反応が起こらなかったのは他でもなく、その身に宿したのが玲衣の魂だったからではないか?
だとすれば、すべての鍵を握るのはレイだ。
僕はもう一度レイの許へ行かなければならない。
「――なるほど。やる気になったみたいじゃない?」
ウルスラが目を細める。
「ああ……解きかけの問題があったことを思い出したんだ。君のおかげでね」
『──あなたは、本当に
だって僕はまだ、あの問いに答えられていない。
向き合うときが来たんだ。これまでのすべてに、解を出すときが。
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