エンジョイ・サバゲータイム

「くっ、駄目だ! まるで歯が立たない……!」


 これまでに数多くの戦場フィールドを渡り歩いてきた歴戦の兵士の前に、かつてない強敵が立ちはだかる。

 乱れた息を整えつつ、盾にしたバリケードから、敵対勢力の隙を窺おうとするも。


「うわッ!」

 僅かに顔を出した瞬間、飛来して来た凶弾から咄嗟に隠れる。

 こちらの動きを完全に把握している上に、反応も早い。


 戦闘開始からまだ五分も経過していないにも拘わらず、たちまちチームは総崩れとなり、味方の損害は増えていく一方だ。


「たった四人に、何故こうも押されている……!?」

 こちらの戦力は十一人。

 彼我の戦力差は歴然で、誰が見ても有利である筈であるのに。


 手元のアサルトライM4A1フルを見る。

 敵も同型の銃を使用しているため、武器の性能差による優位性アドバンテージは無い。


 数ではこちらの方が圧倒的に上。


「なんてこった……向こうの標的ターゲット一人を仕留めれば良いのに、護衛が強すぎる……!」


 標的は武装していないため、実質的に敵戦力は三人なのだ。

 圧倒的不利な戦力差を覆す程、その三人は各々が一騎当千級の戦闘力を秘めている。


「クソ……!」

 牽制か、今もバリケードに敵弾が撃ち込まれている。

 一旦退いて後続の味方と合流し、態勢を立て直さなければ。


 そう判断して振り返った先に、二人目別の敵が居た。


「な……!」


 驚いている隙に、反対側からも三人目が現れた。

 少し遅れてバリケードに牽制弾を撃っていた一人目と共に標的までやってくる。


 ……完全に包囲されてしまった。


 向けられる三つの銃口。

 強力な護衛を引き連れた標的――ゴーグル越しでも解る緑色の義眼を持つ少女が、凛然と告げる。


「フリーズ」


「……く、了解。ヒットだ」


 銃を持った両手を頭上に掲げ、兵士は自身が『戦死』したことを相手方に伝えて見せた。


「だが俺を倒しても、またすぐに蘇ってお前達を仕留めてみせr」


 パンッ!


「ぐ、ぉおお……ッ!」


 護衛の一人、一際小柄な少女兵が容赦なく放ったが兵士の股間に命中する。

 お互いに使用しているは、距離に応じて威力が自動調節されるとはいえ、この至近距離で(男の)急所を撃たれたら流石に痛い。


 堪らず両膝を着き、地面に突っ伏して悶える彼に向かって少女兵は。


「死人が口を挟むナ。ヒットしたラ、とっとと帰レ」


 無慈悲で冷たい正論を浴びせた。


「……仰る通りです、スンマセン……」


 すごすごと自陣に引き上げる兵士を尻目に、四人は目的地を目指して突き進む。

 やがて開けた場所に辿り着き、その中央に置かれたドラム缶の上に戦闘終了を知らせるブザーボタンが置いてあるのを確認。

 それを鳴らせば四人の勝利は確実となるのだが、敵陣に近い場所であるためそう簡単にはいかない。現にブザーボタン手前のバリケードに身を隠した彼らから、凄まじい弾幕を張られている。

 その場から迂闊に動けず、元より戦力が少ないため時間を掛ければ包囲されてしまうだろう。

 ゴールを前にして極めて劣勢かつ不利な状況。


 だが、護衛対象の少女は余裕の笑みを浮かべた。


「既に手は打ってあります」


 その発言を裏付けるかのように、突如として敵側に異変が起こる。


「うわッ、ヒットッ!」

「後ろから!? ぐわッ、ヒット!」


 目的地を目指す道中、別行動を取っていた護衛の一人が敵の背後に回り込んで奇襲を仕掛けたのだ。

 混乱した敵の隙を突き、護衛の二人も反撃に出て挟み撃ちにする。

「うわぁ、ヒットッ!」

「ヒットォッ!」

「あ、ヒット!」

 次々と戦死の自己申告ヒットコールが響き渡る。

 最初の奇襲から三十秒足らずで、最後の敵兵が仕留めらヒットされた。


 護衛三人が一掃した周辺を油断なく警戒する中、少女は悠々と堂々と戦場のド真ん中を歩く。

 そして目的のボタンを押し、戦闘終了を告げるブザー音を高らかに鳴らした。



 ***


「サバイバルゲームのテスター、ですか?」


 ある日の私立才羽学園高等部二年C組の教室。

 昼休みにクロガネ探偵事務所の探偵助手である安藤美優は、クラスメイトの内藤新之助からそんな依頼を受けた。


「そ、略してサバゲー。エアガンっていうBB弾を発射する玩具で撃ち合う遊びなんだけど、俺や俺の先輩たちと一緒にやってくれないかなって」

「サバゲーやエアガンは知っていますが、十八歳以上でないと駄目なのでは? 年齢制限のあるものは流石にちょっと……」

 正論と共に難色を示す美優。探偵である手前、法律違反は出来ない。

「それなんだけどさ、使うエアガンは先輩たちが研究用に改造したAI銃で、十八歳未満でも遊べるようにしてあるんだって」

「何の研究なんです?」

「将来的には本物の銃にAI制御を組み込んで、誤射による事故や事件を未然に防ぐための研究だってさ。その足掛かりとして、対象年齢以下の子供が相手でもBB弾の威力を自動で抑えるエアガンを作ったってわけ」

 なるほど、と頷く美優。

「その研究の実験として、まだ十八歳未満の私達がテスターとしてサバゲーに参加して欲しいと?」

「その通り。それでどう? 興味ない?」

 目を輝かせてやや強引に誘って来る内藤。

 学園祭の時のような下心の有無はともかく、少なからずサバゲーに興味があるようだ。玩具とはいえ、銃に興味を抱いてしまうのは男子特有のさがといえるだろう。

 と、そこに。

「こらこら、美優ちゃんを困らせないの」

「何やら面白そうな話をしているね」

 学級委員の沖田涼子と、白野探偵社の探偵助手でもある藤原優利が寄って来た。

「おう、沖田に藤原。お前らも一緒にサバゲーしないか?」

 内藤は二人にも勧誘する。

「一部始終は聞いてたから安全面はともかくとして、いつやるのよ?」

「来週の土曜日だけど?」

「ああ、その日ならボクは大丈夫かな。沖田さんは?」

「特に予定は無いけど、美優ちゃんが行くなら行こうかな」

 三人が揃って美優に視線を送る。

「私も特に予定は無いので、お邪魔でなければ参加しても?」

「ぃよしッ! ありがとうっ、まずはこれで四人っ」

 ガッツポーズする内藤の一言に、一同は揃って「えっ」となる。

「これで四人って、何人必要なの?」と涼子。

「ああ、先輩が言うにはなるべく沢山のデータが欲しいから、最低でも八人は来て欲しいんだってさ」

「大勢の方が楽しいだろうしね」と優利。

「残り四人……あの、ちょっと私にアテがあるんですけど良いですか?」

 美優が軽く手を挙げて内藤に提案する。


 そして放課後。


 美優は部室棟に足を運び、以前とある依頼を受けて短期入部していた文化研究部を訪れた。

 部室のドアをノックすると、「どうぞー」と中から入室許可の声が上がる。

「失礼します」と横開きのドアを開けるや。

「いらっしゃい、美優ちゃん」

 元映画部の松山絵里香、元演劇部の竹田智子、元文学部の梅原亜依。

 文化研究部の代表格でもある松竹梅の三人が、美優を快く迎え入れた。

 サバゲーのテスター参加の交渉と説明をするため、美優が事前にメールで三人に連絡を取り、馴染みのある部室に集まって貰っていたのである。


「サバイバルゲーム、ねー」

 テーブル席に着いて美優が内藤からの依頼を話すなり、絵里香は思案顔を作る。智子と亜依も同じような表情を浮かべた。

 ちなみに、部室には美優を除けば松竹梅の三人しか居ない。

 学園祭で文化研究部が発表した演劇『SF竹取物語』がMVPに輝いて以来、部員も数名ほど増えたのだが、この日はたまたま活動が休みなのだ。


「どうでしょう? その改造エアガンやゲームについての詳しい説明は当日に依頼人である大学の先輩から聞くことになるとは思いますが、とにかく人数を揃えないことには説明以前に研究も実験もままならない状況らしいです」

「面白そうだし、私は参加しようかなっ」

 と、一早く参加表明に名乗り出たのは元演劇部の智子だ。

「これまで剣殺陣とかやったことあるけど、銃を使ったことは一度も無かったし、今後の演劇作りの参考のためにもやってみたい」

 文化研究部は部員が少なく廃部の危機に瀕した映画部と演劇部と文学部が合併した部活だ。活動内容としては学園祭で発表したような演劇から自主映画作りに小説の執筆など、各々の元部活動と相違ない。

「……私もやる」

 智子に続き、控え目な挙手をする元文学部の亜依。

「……小説も脚本も、リアルな描写は実体験が一番。銃のギミックとか、感触も知っておきたい」

「二人がやるなら、私がやらないわけには行かないわね」

 元映画部である絵里香の参戦も決まった。

「それで面子は今どうなっているの?」

「現在の参加希望者は、私と私のクラスメイトの沖田涼子さん、内藤新之助くん、藤原優利くん、そして文研部の皆さんで七人ですね」

 絵里香の質問に答える美優。

「確か八人必要なんだっけ? あと一人はどうするの? ウチらの部員から呼ぼうか?」

「いいえ、最後の一人に関してはアテがあるので大丈夫です」

「……もしかして、クロガネさん?」

 智子の提案をやんわり断る美優に、亜依がそのアテについて訊ねる。

 クロガネ探偵事務所の主にして美優の保護者でもある黒沢鉄哉。通称クロガネ。

 美優と共に廃部の危機にあった文研部を救ってくれた恩人である。

 過激な捜査手段を用いるなどの噂で悪い意味で有名な探偵だが、その一方で依頼人と真摯に向き合い、全力で問題解決を図ろうとする誠実な男性であることを文研部の三人は知っていた。

「いいえ」

 だが美優は三人の予想を否定すると、

「今回の依頼内容に適任者が居るので、まずはに声を掛けてみます」

 意味深な笑みを浮かべた。



 ***


 そしてサバゲー会当日。


 人工島である鋼和市は、都市部の外側は青々とした自然の姿を再現している。

 その一部を利用してアウトドアなレジャー施設が開発されており、今回美優たちが訪れたサバゲー専門のフィールドもその一つだ。


「才羽大学サバゲーサークルの部長、木原です。今日は集まってくれて本当にありがとう」

 今回の依頼人である木原が挨拶と自己紹介をする。

 彼を初めサバゲーサークルのメンバーは六名。全員が迷彩服にタクティカルブーツにグローブと、一目でサバゲーマーその筋の人だと解る恰好をしていた。

 一方で美優たちサバゲー初心者組八名は、動きやすいジャージやトレーニングウェアに履き慣れたスニーカーの組み合わせで参加している。


「既に話は聞いているとは思うけど、今回のサバゲーは僕らが開発したAI銃のフィールドテストを兼ねています。本来であれば十八歳未満の君達はサバゲーが出来ないんだけど、いつもお世話になっているここのオーナーが快く研究に協力して貰い、今回特別に許可を頂きました」

 フィールドには中年のオーナーを含め運営スタッフが数名と今回の参加者のみ。事前に木原が貸し切っていたのである。


「それじゃあ、今日使う銃とサバゲーのルールについて説明します」

 木原の音頭でサバゲーサークルの面々がサバゲー未経験の高校生たちを指導する。

 木原を含め、大学のサバゲーサークルは六人。

 意外なことに、その内三人が女性ということもあって、女子の割合が多い初心者組もどこか安心した様子で説明を受けていた。


 ……意外といえば。

 十八歳未満の初心者組の中で、一際目立つ存在が居る。


「へェ、内蔵のモーターでギアを動かして空気を圧縮……それでこのプラスチック製の弾を飛ばすのカ。よく出来てるナ、このM4もどきのオモチャ」


 美優が連れて来た褐色肌で小柄な十三歳の少女――ナディアだ。

 最年少のサバゲー未経験者である彼女は、貸し与えられたエアガンを誰よりも手際よくいじり回している。


「あの、美優ちゃん? この子は……?」

「クロガネさんの元でホームステイ中の留学生です」

 という設定で、美優は涼子の質問に答えた。

「やたら鉄砲の操作が手慣れているんだけど?」

「彼女は元々中東の紛争国の出身でして、護身目的に実銃に触れる機会と実射経験があるのだそうです」

「そ、そうなんだ……」

 あまりに重い事情と経歴に、それ以上余計な詮索をする者は誰も居なかった。


「……説明はここまで。何か質問は無いですかー? ……それじゃあ、さっそく赤と黄色にチーム分けして実際にゲームをやってみましょうっ」


 初心者と経験者の戦力バランスも踏まえ、木原は高校生組と大学生組を混合させてチームを二つに分ける。

 その結果、美優とナディアはそれぞれ赤と黄色に分かれ、敵対することとなった。

「フフン、これで合法的にミユをボコれるナ。覚悟しろヨ」

「自信過剰ですね。私を甘く見てると足元すくわれますよ?」

 どこか凄みのある笑みを浮かべた美優とナディアの間に、バチバチと見えない火花が飛び散る。

 それを見た一同が揃って一歩引いた。

「何か仲悪くない、あの二人?」

「何でだろ?」

「まぁ、何となく予想は付くけどね」

 涼子と内藤が首を傾げる中、優利はセーフティエリアを見やる。


 その視線の先に、昼食の準備を黙々とこなしている保護者クロガネの姿があった。


※サバゲーフィールドによってはカレーなどの昼食を提供している所もあれば、コンロや窯をレンタルして自炊できる所もあります。



 ***


「最初のゲームは【復活戦】、またの名を【カウンター戦】です。

 ルールは一発でも被弾したら『ヒット!』と自己申告をして自陣まで後退してください。

 その後、自陣に備え付けてあるカウンターを一回押せば復活してゲームに復帰できます。

 制限時間は十五分、ゲーム終了後にヒットカウントが多い方が負けとなります」


 木原によるルール説明後、赤チームはフィールド北端に移動し、反対側に黄色チームが移動する。それぞれの陣営に審判役として運営のスタッフが一人ずつ配置に着いた。

 その様子を高台にある安全地帯セーフティから確認したオーナーが、拡声器を構える。


『はい、それじゃあゲームを始めまーす。開始五秒前……三、二、一、スタート!』


 ゲーム開始の合図と共に、有利なポジションをいち早く得ようと両陣営の経験者が全力で駆け出した。少し遅れて初心者組も付いて行く。

 晴天の下、緑が生い茂る地面を蹴り、サバゲーマー達が戦場を駆ける。


 この野外フィールドにはベニヤ板で組まれたバリケードが所々に設置されており、開けた場所にはドラム缶や山積みになった古タイヤ、果ては廃車などが遮蔽物として置かれている。


 早速先陣を切った経験者たちの撃ち合いが始まり、その銃声は手近なバリケードに身を潜めた初心者たちの耳にも届いた。

 玩具とはいえ本物そっくりな外観をしたアサルトライフルを手に、非日常的な銃撃戦を疑似体験できるのだ。

 知らず知らず彼ら彼女らの胸に恐怖と不安、それ以上に未知の興奮と高揚が広がる。目はもちろん顔全体を保護するフルフェイスタイプのゴーグルの下で、自然と口角が吊り上がっていく。


「さぁて、と」

 ナディアと同様、実はサバゲー初心者以前に実銃による実戦経験者という稀有な存在である藤原優利は、冷静に周囲の安全確認クリアリングをしながら最前線の裏を掻くようにして回り込む。

 狙い通り、味方と撃ち合っている相手チーム(黄色)の死角を取ることが出来た。

 その背中に一発撃ち込む。

「あっ、ヒットッ!」

 仲間を撃破した優利を捜そうと、近くのバリケードから顔を出した別の敵も即座に撃ち抜く。

「ヒットォ!」

 ヒットコールと共に手を挙げて自陣に戻る敵を見送り、前線を押し上げようと突き進む中、

「ッ!」

「うわぁッ!?」

 廃車の陰に潜んでいたプレイヤーとバッタリ遭遇。

 腕に着けていたマーカーの色が黄色であることを視認してから至近距離で足を撃った。

「……ひ、ヒット~……」

 文研部の梅原亜依が、控え目なヒットコールをして引き上げていく。

「……なるほど」

 優利は周囲の警戒をしながら、今しがた亜依を撃破した時と、その前に中距離で二人仕留めた時のことを比較して感じた銃の違和感について反芻していた。

 ゲーム開始前に木原が貸し与えてくれたAI銃の説明を思い返す。


「今のがAPCS……AI制御による『自動威力調節機能Auto Power Control System』、か……」


 木原たちが改造を施したエアガンの銃口には、短いサプレッサーのような円筒状のパーツが装着されていた。

 それはBB弾の発射口周囲に小型のカメラが四基仕込まれており、銃口の先に居る標的の距離に応じてAIがエアガン内部にあるメカボックスの電子基盤に干渉し、発射されるBB弾の威力を調節するという仕組みらしい。

 現に至近距離で撃たれた亜依も、ゴーグルで表情が解らなかったとはいえ、さほど痛痒は無かったように思える。


「交戦距離に応じて撃たれた痛みを最小限に抑える機能か……確かにこれなら子供も大人と交じってサバゲーが出来る」


 痛みを伴うため年齢制限という名の壁があるサバゲーに画期的なアイデアを投じられた。

 実用されればサバゲー界に革命が起きるかもしれない。

 そのためにも実戦テストを通じ、十八歳未満ユーザーの意見や感想が貴重なデータとなるわけだ。そしてゆくゆくは、実銃にAI制御を組み込んで無用な殺し合いを抑制するという壮大な計画に繋がると。


「それなら」


 本気で遊ぼう。


 鋼和市の実質的支配者である獅子堂家専属の影の部隊『ゼロナンバー』。

 その一人、〈インディアゼロ/イリュージョン〉のコードを持つ藤原優利プロフェッショナルは、大人げない笑みをゴーグルの下で浮かべた。



 一方その頃、ナディアは。


「…………」


 開幕全力ダッシュで事前に目を付けていたやぐらの確保に成功したものの、ゴーグルの下では物凄く不満な顔を浮かべていた。

 現役の狙撃手として、見渡しの良い高所からの狙撃に適した絶好のポジションを確保できた。

 自前の狙撃用スコープ(実物)を持ち込んでAI銃に装着マウントした。

 ここまでは良い、そこまでは良かったのだ。


(……八〇メートル先、『』発見)

 スコープのレイティング中央をその敵に合わせ、引き金を絞る。

 即座に連動して内蔵されたモーターとギアが回転して空気を圧縮し、直径六ミリの白いBB弾が発射。

 狙い通り、標的へまっすぐ飛んでいく。

 だが。

 標的まであと四〇メートルという所で失速し、放たれたBB弾は緩やかに地面に墜落する。


「…………」

 ナディアは無言で第二射、第三射と発砲するも、結果は同じだった。

 実銃と実弾であれば確実に届く距離であっても、エアガンは銃刀法によってその威力の上限が定められている。それは今使用しているAI銃も例外ではなく、エアガンである以上その射程距離は四〇メートルがやっとなのだ。


「…………(じわっ)」

 仕様で仕方がないとはいえ、最大の取り柄である狙撃が十全に発揮できない事態に、ナディアは悔しさのあまり涙目となった。



 そして、美優はというと。


(――北東・距離二〇メートル、黄色が一人)

 二〇メートル先にあるバリケードの切れ目に銃口を向けて待ち構え、そこから敵が周囲の確認のために僅かに顔を出した瞬間を狙って引き金を絞る。

「うおっ!?」

 放たれたBB弾を視認した敵は、咄嗟に身を引いて寸での所で躱した。

「惜しいっ」

 実弾と比べBB弾は初速が遥かに遅いため、映画などでよく見る『銃弾回避』などといった非現実的なアクションも可能なのだ。


 ……余談だが、合理的な手段で実弾を回避するクロガネ達ゼロナンバーはギリギリ現実の範疇である。


 それはさておき。


 待ち伏せされた敵はバリケードを利用して裏手に回り込み、美優の背後を取ろうとするも。

「見え見えです」(パンッ! パンッ!)

「うわッ! ヒットォッ!」

 逆に死角を取られて返り討ちにされる。

 衛星映像をハッキングし、遥か上空からフィールド全体を見渡せる美優の前では完全に筒抜けであった。

 敵味方すべての動きを完全にリアルタイムで網羅・把握し、安全確認クリアリングによる索敵を省略して効果的な待ち伏せも先回りも可能とする彼女のハッキング能力は反則級である。


「バレなければ反則チートではないのですよ」


 己にある機能もスキルを全て有効的に使う、それが生き残るサバイバルの基本。


「真の全力とは、己にある知恵と技と武器を全て出し切ること。その先にこそ勝利がある」


 五輪書ごりんのしょを記した宮本武蔵は偉大ですねー、と自身のチート能力の正当性をうそぶきつつ、無駄な動きを極限まで削ぎ落した無駄の無い動きで黄色チームを翻弄し、容赦なく蹂躙する美優であった。



 快晴のサバゲーフィールドで、サバゲーマー達はエアガンを手に走り、撃ち、時には被弾し、また復活して再度戦場に駆け戻る。

 その度に楽しそうな歓声と笑い声が上がった。


  ――やがて十五分が経過し、ゲーム終了を告げる高らかなブザー音がフィールド全域に鳴り響く。


『はい、ゲーム終了でーす。フィールドから出るまでは、絶対にゴーグル等のアイウェアは外さないでくださーい。経験者は初心者の人達に残弾処理の仕方を教えてあげてくださいねー。次のゲームは十分後に開始しまーす』


 拡声器を持ったオーナーののんびりとした指示に従いつつ、各々は今のゲームに対する想いを胸に、セーフティエリアへと引き上げていった。


 その後も合間に休憩を挟みつつゲームを数回こなし、午前の部は終了となった。


「あっつー! もう冬なのにヤバいなこれっ! でも何か、マジで楽しいっ!」

 セーフティエリアでゴーグルを取り外し、内藤は持参したタオルで汗を拭いながら無邪気にはしゃぐ。

「確かに。狙い通りヒット取れた時の快感はちょっと……癖になりそう」

 普段は内藤のブレーキ役に回ることが多い涼子も珍しく同意する。

 他の初心者組も皆似たような感想だった。


 ゲーム中一回でも被弾すれば即退場が基本のサバゲーにおいて、【復活戦】は初心者向けのルールといえる。

 ヒットされても条件を満たせば何度でも復活できるため、一度のゲームでヒットを狙える機会も多くなるからだ。

 また、経験者組が意図的に狙いを外して撃ったり、遮蔽物に隠れず堂々と移動したりなどして初心者組に華を持たせるような甘い動きが時々あった。そのお陰で初心者組は初陣にも拘わらず、全員が二、三回以上はヒットを取る活躍をしている。

 これは新規を沼に落としてサバゲー人口を増やそうと目論む経験者組の策略であったりするのだが、今は置いておこう。



 昼休み。

 クロガネお手製のカレーライスを、各々が美味しそうに頬張る。

 運動後、青空の下での食事というシチュエーションも美味しさに拍車を掛けているのかもしれない。

「……言っとくけど、奢りじゃないからな」

 後程ゲーム参加者全員から材料費を回収するクロガネ。

 ちゃっかりしているが、それでも格安である辺り人が好い。



「はい、それでは食事をしながらで良いので、今回使用したAI銃とゲームの感想くださーい」

 木原が参加者ひとりひとりから感想や意見を聴いて回り、メモを取る。


 全員の感想としては、やはり距離に応じて必要最小限の威力に自動調節される機能が高く評価された。

 特に至近距離での威力を抑えることで、撃たれる恐怖と撃たれた痛みがある程度緩和される点は女性や子供にも優しい。

 一方でサバゲー経験者からは、M4だけでなくAKやMP5など他の銃も使いたいといった希望や、異なる距離を矢継ぎ早に撃ち続けていたらスイッチやモーターに負荷が掛かり故障に繋がりやすいのでは? という技術的な懸念も上がった。


 その他、初心者組の感想の中には――


「これ楽しいっすね、マジヤバイ」

 初めてのサバゲーに語彙力が低下するハイテンションな内藤。


「結構動くし、ちょっとしたダイエットにもよさそう」

 女子ならではの視点でサバゲーの魅力を見出す涼子。


「今度ガンファイトものの映画とか作ってみようかな? エアガンって幾らぐらいしますか? ……え、そんなに?」

 サバゲーサークルの女性メンバーから各種エアガンの値段を聞いて驚愕する絵里香。


「二挺拳銃とかもやってみたいなー」

 指鉄砲を二つ作り、カッコイイ立ち回りを妄想する智子。


「……実銃はもっと重くて反動も強い……ギミックは、エアガンによってはオミットされてるのもある、か……」

 午前中のゲームを振り返り、ネタ帳にメモを書き込む亜依。


「訓練用に一つ二つ買おうかな。それで銀子さんと……ふふっ」

 何やら変な妄想して、どこかマゾい笑みを浮かべる優利。


「コレもっと飛距離伸びナイ? 威力上げたら違法? スコープの倍率もサバゲーなら三倍から四倍で充分? さっきからどんだけワタシのアイデンティティーを奪うんダヨ? いじめカ? ワタシはピンポイントでカウンタースナイプされてんのカ?」

 理不尽な怒り方をする現役スナイパーのナディア。


「クロガネさん、余ったカレーはお持ち帰りできます? タッパーありますか?」

 フードロスの意識が強い美優。



 ――といった感じで、初めてのサバゲーは概ね好印象だった。


 一部サバゲーとは無関係な感想もあったが、軽くスルーしよう。



 ***


「さて、どうしたものかな……」

 木原は経験者を集め、午後のゲームについて相談していた。


「思いのほか、高校生組の動きが良い。というより、良すぎるのが何人か居ますね」


「本当に初心者? ってツッコミたくなるくらい、パワーバランスが大分おかしなことになってるわね」


 受付カウンターのすぐ傍に設置されたホワイトボードに記載されている、午前のゲーム終了時点での【復活戦】被キルカウント数を見やる。


 赤 84

 黄色 149


 黄色チームの戦死者数が赤チームより多く、現在劣勢である。

 午後のゲームはチーム替えを行なって両者のパワーバランスを均一にしようとするも、ここまで突出した実力者が居ると編成が難しい。


「赤チームは特に安藤さんと藤原くんが強いっすね。二人とも勘が良いのか先読みが上手いのか、とてもじゃないけど素人の動きじゃなかったす」


「それとあのナディアって子もな。狙撃が上手い」


「本人は『全然飛ばねェ』って散々文句言ってたけどね」


「何だかんだで射程内でのヒット数はえげつないぞ。バリケードの隙間二センチを通すくらい、狙いも精確だし」


「とにかく、この三人をどういう風に分けるか……」


「いっそのこと、午後は【フラッグ戦】にでもしますか?」


 【フラッグ戦】とは、文字通りフィールド内に設置された旗(誰にでも解るよう、ブザーなど音が鳴る物で代用することが多い)を奪い合うゲームだ。

 制限時間内に相手チームよりも先にフラッグを奪取したチームが勝利となるため、立ち回り次第では一発も撃たずに決着がつく場合もある。


「良いね、初心者組にも色々なゲームを楽しんで貰いたいし。他にあるか?」


「実力に偏りがあるなら、変則的だけどこういうのはどう?」



 ***


 午後のゲーム開始前に木原たち大学生組は高校生組を集め、ルールの変更を伝えた。


「午後は【大統領戦】をやろうかと思います」

「大統領戦?」

 と、初心者たちは揃って首を傾げる。

「俺達いきなり政界に出馬表明すか?」

大統領選そっちじゃないよ」

 内藤にツッコミを入れた木原は、詳しい説明を始めた。


 【大統領戦】またの名を【VIP戦】。

 VIP役を一人選出し、護衛側と襲撃側の二チームに分かれて攻防戦を行うというゲームだ。

 制限時間までVIPを守り抜く、もしくはフィールドに設置されたブザーを鳴らせば護衛側の勝利。VIPを討ち取れば襲撃側の勝利となる。


「ではVIPになれば、『これが大統領魂だハウ・ドゥー・ユー・ライク・ミー・ナウ!』って某大統領ネタも出来るわけですね」

 義眼を輝かせた美優が解る人にしか解らないことを言うも、

「それについては申し訳ないけど、VIPは武器なしの方向で。その方がいかにも護衛されている感が出るしね」 

「そんなぁ……」と、露骨にがっかりする。

 某大統領ネタを一度やってみたかったらしい。


「それでVIPなんだけど……高校生組とナディアちゃんの方から女子を一人選んでくれない?」

「どうしてですか?」と絵里香。

「女の子を守るシチュって男子は燃えるでしょ? それに女子も守られるシチュなんて憧れるものがあるんじゃない?」

 ふむ、と高校生組+ナディアは一理あると言わんばかりに真顔になる。

 そして短い話し合いの末、VIP役は美優に決まった。学園祭にて文化研究部の存続を賭けた演劇でヒロインを演じたこともあり、妥当な配役といえる。

「それじゃあチーム分けだけど、防衛側か襲撃側か希望はあります?」

 何気ない木原の問いに対して。


「ミユの護衛なら、ワタシとマサトシだけで充分ダロ?」


 過剰とも言える自信に満ちた発言に、一同はナディアを見た。


「ナディアちゃん、それってどういうこと?」

「どうも何モ、ミユの護衛がワタシの―――」

「あーっと」

 眉をひそめた涼子に説明しようとしたナディアを遮る形で、優利が強引に割り込んだ。

「えっと、午前のゲームでボクらってほらアレだ、結構活躍してたじゃないですか? ここでちょっと調子に乗って、一度この少数精鋭でやってみたいかなーって」

「ふむ……」

 苦し紛れな説明だが、午前の【復活戦】でMVPばりに活躍した三人の実力を思い出したのか一同はどこか納得した顔を浮かべる。


 一方で、美優と優利はナディアを連れて彼らから少し距離を取った。

(駄目ですよ、ナディアさんの本来の仕事は機密事項なんですから!)

(あ、そっカ)

(藤原くん、フォローありがとうごさいます)

(どういたしまして)

(ていうカ、お前ワタシの本業を知ってるのカ?)


 ナディアの素朴な疑問に優利は、


(知ってるも何も――)


 ――ボクも君と同じゼロナンバーで、つい最近HPLの怪物相手に共闘しただろ?


 とは言えず、


(ボクは銀子さんの護衛もしているからね。立場的な意味で、そちらの事情をある程度は把握してる)


 藤原優利は白野探偵社の社長、白野銀子の助手である。

 そして銀子は美優と同様、鋼和市の実質的支配者である獅子堂家の関係者であるため、彼女の助手である優利もナディアが美優の護衛任務に就いているゼロナンバーであることは知っていたらしい……という設定で話を進めた。

 とある事件で共闘せざるを得なかった怪盗〈幻影紳士〉の時のように、優利は諜報任務……つまりはスパイ活動に特化したゼロナンバーである。その立場上、一部を除いて味方にも自身の正体を伏せているのだ。


(とにかく、一般人の前で迂闊なことは言わないでくれ。安藤さんどころか、クロガネさんにも迷惑が掛かるだろ?)

(うッ……面目ナイ……)

 クロガネの名前を出されたナディアは二人に頭を下げた。


(……とにかく、次のゲームについて打ち合わせを再開しましょう)


 色々複雑な事情を抱えている優利に美優は何も言わず、他の面子の元へ戻る。


「あの、チーム分けの編成について、私からも一つ提案があるのですが?」



「で?」


 レンタルした鍋や調理器具の片付けを済ませたばかりのクロガネの手には、午前のゲームで美優が使っていたAI銃があった。


「急遽、俺まで参戦することになったと?」

 探偵業はオフのため比較的ラフな格好(それでも黒基調だが)をしていたクロガネの両腕には、識別用の赤いマーカーが巻かれている。

「ワタシは全然問題ナイ」

 クロガネと同じチームで上機嫌なナディア。

 優利はクロガネと目が合うなり苦笑して軽く肩を竦める。


「急にごめんなさい。でもパワーバランスを演算した結果、クロガネさんを含めたこの編成がベストだと判断しました」

「ベストって、俺たち四人――いや、美優は非武装だから実質三人でその他全員と戦うのはバランスが取れてるのか?」

「木原さん達も私達との実力差について思う所があったらしく、試験的に極端な編成でゲームをするつもりだったようです」


 美優の思い切り過ぎる提案によって、VIP美優を護衛する赤チームはクロガネ、優利、ナディアのみで編成された。必然的に残りの全員、総勢十一人が襲撃側である。

 そして更に、優利がルールの補足をする。

「しかも向こうはヒットした五人が揃えば復活ありですしね。一方でこちらは復活なし、一発でも被弾すれば即退場です」

「ハンデの大盤振る舞いだな、そこまでするか普通」

 呆れるクロガネだったが、


「だけどまぁ……」

 三人の顔を順番に見回し、


「この面子なら負けないか」


 確かな自信と共にそう断言する。


「クロガネさんならそう言うと思っていました」

「クロならそう言うと思ってタ」


 美優とナディアの台詞が被るも、思っていたことは同じらしい。


『そろそろ【VIP戦】始めまーす。準備が良ければ先にVIPチームからフィールドインしてくださーい』


 オーナーのアナウンスが聞こえ、各々ゴーグルを装着する。

 そして美優を護衛する三人は多弾マガジンの底にあるゼンマイを巻いて、しっかりBB弾が給弾されていることを確認しながらフィールドに入った。


「とりあえず、指揮は誰がやる?」

 スタート地点を目指しつつ、クロガネは他の三人に訊ねた。


「私がやります」

 VIPゆえに手ぶらである美優が立候補する。

「衛星カメラをハッキングすればリアルタイムで戦況を逐一把握できますし、的確な指示が出せます」

「チート過ぎるんだよなぁ……」

 小戦力と復活なしのハンデが一気に消し飛ぶ超絶サポートだ。


「半分は初心者とはいえ、向こうは数の利を活かして圧倒して来るだろうね」

「所詮は素人。戦力差を過信して攻めて来た奴から迎え討てば良いだけダロ?」

 優利とナディアもやる気満々だ。


 スタート地点に着くや、美優は護衛の三人に振り向く。

「皆さん、準備は良いですか?」


「いつでも」

 クロガネは三百発多弾マガジンをライフルに装填する。


「どこでも」

 優利はセレクターを操作し、セミオートへ切り替える。


「覚悟完了」

 銃口を地面に向け、人差し指は引き金に触れずまっすぐ伸ばした状態のナディア。


 三人ともいつでも戦闘開始が可能な状況である。

「結構」

 頼もしい騎士たちに、美優は満足そうに大きく頷いた。


『それでは両チーム所定の位置に着いたので始めまーす。制限時間十五分、ゲーム開始五秒前! 三、二、一、スタート!』


 防衛側であるにも拘らず、クロガネたち四人は一斉に敵陣近くにあるゴールブザー目指して駆け出した。


 ……その後のことは冒頭の通り。


 元ゼロナンバーの探偵と現役ゼロナンバー二人、そして様々な意味で規格外のガイノイド。

 最強チームの彼らを前に、戦力差で勝っている筈の襲撃側は一方的に蹂躙される。

 もはや美優というVIPを巡る攻防戦ではなく、VIP防衛側からブザーを守る防衛戦となってしまった。


 VIP戦とは?

 防衛側ってどっちだっけ?

 どうしてこうなった?


 そんな疑問と双方のBB弾が戦場で飛び交い、交錯し、襲撃側のみが次々とヒットされ、ヒットされ、ヒットされ、ヒットされ、ヒットされ、五人揃って復活してはまたすぐにヒットされを繰り返した。


 そして。


 ビーーーーーーッ!


 終わりを告げるブザー音が、高らかに鳴り響く。


「勝ちましたー」

「ちっくしょー!」

「見たか、ボクらの実力ぅ」

「完敗だ……」

「強すぎる……」

「……撃たれた股間がまだヒリヒリする」

「褐色幼女にナニ撃たれるとか、ご褒美じゃね?」

「ならオマエにも撃ち込んだろうカ? ゼロ距離フルオートでナ」

「それオーバーキルどころか拷問でしょッ!?」

「ゲーム終了だから無駄撃ちするんじゃない」

「ヌゥ……」


 プレイヤー達は先程のゲームの感想を口々に言い合いながら、フィールドを出て行く。


 そして休憩を挟んでもう一ゲームを繰り返し、その度に楽しそうな笑い声と歓声が上がった。



 ***


『はい、それでは本日のゲームは終了でーす! だいぶ暗くなってきたのでお忘れ物落とし物のないように注意して気を付けてお帰り下さい! また次のゲームでお会いしましょう! 皆さん、本当にお疲れ様でした!』


「「「「「お疲れ様でしたー!」」」」」


 会場の終業時間を迎え、その場に居た全員が気持ちの良い大声で応じ、拍手し、一斉に蜘蛛の子が散らすようにして帰り支度を始めた。

 その光景にサバゲー初心者組は、長く濃密な一日が終わったのだと実感する。

「改めまして、本日はありがとうございました。お陰様でAI銃の貴重なデータが集まりました。本当にありがとうございます」

 今回のゲームの主催者にして幹事の木原が深々と頭を下げる。

「皆さんは今回がサバゲー初体験ということで、どうでした? 楽しんで頂けました?」

「「「楽しかったでーす!」」」

 特に満喫した内藤と智子を筆頭に、ほぼ全員が声を揃えて木原に応じ、拍手を送る。

「ありがとうございます。今日をきっかけにサバゲーに興味を持ってくれたら嬉しいです。次回もサバゲーをする際には、内藤くんを通じて告知すると思うので、その時にまたお会い出来たら良いですね。ああ、それと」

 何か思い出した木原が、少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「サバゲーをした次の日は筋肉痛がひどいと思うので、今日の内にお風呂でマッサージやストレッチをしておくと良いですよ」

「「「え……?」」」

 何気に重要なことを聞かされて固まる初心者組に、「それじゃ、気を付けて帰ってくださいね」と言って木原は去っていった。



 ***


 解散した高校生組の何人かは、車で来ていた大学生と相乗りして最寄りの駅や自宅付近まで送って貰う運びとなった。

 そして【VIP戦】で防衛側と言うにははばかる四人も、揃って帰路に着く。

 ちなみに、四人はクロガネの友人である担当医から借りた車に乗っていた。自動運転可能なAI車とはいえ、無免許で十八歳未満の高校生とナディアは運転席に搭乗できない。そのためクロガネが運転席に座り、助手席に優利、後部座席に美優とナディアが座っている。出発前にクロガネの隣助手席席を巡って、美優とナディアが一悶着起こしそうだったが故の配置だ。


「いやー、それにしても今日は楽しかったですね」

「はい。エアガンで撃ち合う遊びといっても、かなり本格的でしたね」

「これで射程距離もあったラ、言うこと無いんだけどナ」

 優利の感想に美優が同意し、実物の軍用スコープを手にしたナディアがやや不満げに続く。

「玩具とはいえ、銃刀法が絡んでいる以上は仕方ないよ」

「仕様ですよ、仕様」

「ヌゥ……でもまァ、クロと久しぶりにチーム組んで楽しかっタ」

「そうか、それは良かった」

 ナディアの率直な感想に苦笑するクロガネ。

「クロガネさんはどうでした?」

「楽しかったよ、この充実感は久しぶりだ」

 自動運転とはいえ余所見よそみをせず、クロガネは顔を正面に向けたまま美優にそう言った。

「VIP戦のMVPは間違いなく安藤さんでしたね。あそこまで的確な指示はプロでも無理ですよ」

「ワタシだって活躍したロ?」

「私だけでなく、全員の力を合わせた結果ですよ」


 口々にゲームの感想を言い合う三人は、

「VIP戦……あれは本当に楽しかった」

 どこか感慨深く語るクロガネを見た。


「珍しいですね、クロガネさんがそこまで言うのは」

「そう? ……そうかも」

「VIP戦に何か思うことが?」

 そう問い掛ける美優に振り向かないまま、懐かしむように過去の記憶を振り返る。

「ちょっと、莉緒お嬢様を護衛していた時のことを思い出した」

「お母さんの……」


 獅子堂莉緒。

 十五歳の若さで他界した美優の開発者。

 そして、かつてのクロガネが守っていた少女である。


「あの頃は色々大変だったけど、莉緒お嬢様が居るだけで不思議と楽しかったな。毎日が充実してた」

 クロガネはルームミラーでどこか寂し気な表情を浮かべる美優を見て、ふっと微笑む。


「今もそうだけどな」

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