ブレない剣鬼と悩める鬼人

「以上で修繕が完了しましたので、こちらの書類に責任者の方のサインをお願い致します」

 獅子堂重工傘下の業者が差し出した書類の記入欄に、『新倉』と記入する。

「……これでよろしいですか?」

「はい、結構です。それではこれで失礼致します」

「ご苦労様でした」

 業者を見送り、新倉永八にいくらえいはちは改めて修繕された屋敷内を見て回った。


 一ヶ月ほど前のこと。

 新倉とヤンデレな同僚の間で起きたトラブルで自身の雇い主である獅子堂家の屋敷の一部を損壊させてしまった。

 その罰として修繕が完了するまで現場責任者として業者のサポートをする一方、無休かつ無給でゼロナンバーとしての仕事を従事することになったのだ。

 だが、それも今日で任期満了である。


 最初に損壊したトレーニングルームに訪れると、が振り向いた。

「おう、新倉。こっちはもう終わったぞ」

「ああ、ありがとう茨木いばらぎ


 茨木響いばらぎひびき

 新倉と同じく獅子堂家に仕える特殊部隊、ゼロナンバーに所属する同僚だ。

「お前一人に任せてしまって悪いな」

「なーに、これくらいお安い御用だ」

 トレードマークであるキャスケット帽子のつばを軽く上げ、ニッと白いギザ歯を見せて笑う茨木。

 相変わらず力持ちで男前な奴だ、と新倉は思う。

 ダンベルやらバーベルやらランニングマシンやら、トレーニングに使う重い機材の数々を茨木一人に運搬・設置して貰っていたのだ。

「これでもう終わりか?」

「ああ、手伝ってくれてありがとう。年内に修繕が終わって良かった」

 三割とはいえ広大な屋敷の修繕が一ヶ月で終わったのは、獅子堂家が所有する作業用オートマタの他に茨木の助力があったからに他ならない。


 当主である獅子堂光彦に修繕完了の報告を済ませた後、新倉は手伝ってくれたお礼にと茨木を食事に誘う。

「奢り? マジかっ。それじゃあ、焼肉行こうぜ」


 鋼和市東区にある焼肉店に乗り込み、茨木は大量の肉を注文した。

 注文してすぐ眉をひそめ、

「……頼んでおいて今更だけど、財布の中身は大丈夫か?」

 遠慮するタイミングが遅い。

 一応、PIDの電子マネー残高額を確認する。

「気にするな、今日ぐらいなら大丈夫だ」

「じゃあ気にしない。ゴチになります」

 長身瘦躯の見た目からは想像できないくらい、茨木は健啖家で大飯食らいだ。月に数回は一緒に食事をする時があるが、毎回奢っていたら破産は確実である。

 やがて注文したものが運ばれてくる。

 肉、肉、肉、白米、肉、ビール、肉。

「黒沢がこの場に居たら、ちゃんと野菜も注文するだろうな」

 せっせと網の上に肉を並べ、

「あいつが? オレが知る限り、食事に関しては割と無頓着だった気がするけど?」

 茨木が差し出してきた取り皿を受け取る。

 黒沢鉄哉――通称クロガネ。

 ゼロナンバーとして現役だった彼は、食堂での食事を除けば、手早く済ませられるカ□リーメイトや保存パックのゼリー食ばかり口にしていた。

「お嬢の護衛を任されてからは、食事に気を遣うようになったんだよ。お嬢は病弱であることを気にして食事と栄養には人一倍こだわっていたからな。その影響だろう」

 お嬢――獅子堂莉緒が生前、ゼロナンバーに与えた影響はかなり大きく、専属の護衛だったクロガネは特に顕著だった。かつての彼はロボットよりもロボットらしい冷徹な暗殺者だったのである。

「へぇ、あまりあいつとはチームを組まなかったから知らなかった。随分と丸くなってたんだな」

「俺とナディアでよくチームを組んでいたとはいえ、役割の都合上、単独での任務に当たることが多かったからな」

 クロガネは奇襲に特化した生粋の暗殺者タイプだ。仲間と連携をすることはあっても、新倉のように真正面から正々堂々と戦うタイプではない。

 まぁ、特化していないだけで正面からでも割と戦えたりするのだが。

「アルファ、じゃなかった……黒沢は今探偵しているんだっけか?」

「ああ、もう二年になる」

 焼けた肉を茨木の取り皿に次々と乗せていく。

「サンキュ。二年か、早いなー」

「経営は中々厳しいらしいが、美優殿と一緒に頑張っている」

「それは何より」

 二人で焼けた肉を口に放り込んでいく。

 久しぶりの焼肉は、とても美味だと新倉はひとり頷く。


 大量の肉を一通り平らげ、次は【BAR~grace~行き付けのバー】で二次会しようと茨木が提案したその時、二人のPIDにゼロナンバー専用の秘匿回線が入る。

 暗号化されたメールを読む。緊急任務だ。

 揃って席を立つ。

「ったく、オレ達は非番だってのに」

「今に始まったことじゃない。行くぞ」

「はいはい、新倉は真面目だな」

「これが生き甲斐だからな」

 愛刀が収まった細長いケースを肩に掛ける。慣れ親しんだその重さに、自然と気分が高揚する。

 これから赴くは己が剣の腕を試せる戦場いくさばだ、興奮しないわけがない。

 無人レジにPIDをかざして会計を済ませ、新倉は茨木と共に現場へ急行した。



 道中、〈デルタゼロ/ドールメーカー〉の改造車ウニモグに拾われて訪れた場所は、鋼和市西区の郊外にあるジャンクヤードだ。

 表向きはAI自動車や家庭用ロボットなどの回収と修理を専門としている一方で、テロリストが秘密裏に戦闘用のオートマタを量産して海外に輸出しているらしい。

 ジャンクヤードとは随分と巧妙な隠れ蓑だ。

 家庭から民間企業まで幅広くAIやオートマタの回収や修理を手掛けることで各メーカーの企業秘密や個人情報が盗める上に、傍から見れば普通の工業施設であるため、堂々と違法オートマタの製造や運搬もしやすい。


「――今回は以前戦った【黄昏】構成員を制圧することが目的だ」


 デルタゼロのアンドロイド端末である出嶋仁志を中心に、車内で作戦会議を行う。

 【黄昏】とは、AI統治社会に異を唱える反サイバーマーメイド団体【パラベラム】の下位組織と目される過激派組織だ。

 数ヶ月前、新倉がクロガネ達と共に【黄昏】構成員と組織が有するバッタ型や戦車型といった強力な戦闘用オートマタと交戦したことがある。


「――毎度のことながら、構成員は可能な限り生け捕りにして欲しい」

「俺達以外に味方は?」

「――既にアルファ、ブラボー、チャーリーの三チームが道路工事の作業員に扮して現場周辺に展開し、敵の退路を封じつつ民間人を近付けないようにしている」

 ついでに言うと、事後処理や後始末も彼らの担当だ。

「他のゼロナンバーは?」と茨木。

「――他のポイントを担当だ。ここは僕ら三人が受け持つ」

 戦力を各拠点に振り分けて同時に襲撃を仕掛けるのは、少数精鋭であるゼロナンバーの常套手段だ。

「三人って、殴り込むのはオレと新倉だけだろ」

「――適材適所。僕はバックアップ担当だよ」

「敵よりお前の方が厄介だ。また無茶ぶりするようならバラバラに引き裂いてやるからな」

 すごむ茨木を新倉は全面的に支持した。有能だが目的のために味方を徹底的に利用どころか使い潰すデルタゼロは、身内から酷く嫌われている。


 新倉はケースから愛用の高周波ブレードを取り出し、バッテリー残量を確認する。

 茨木も自身の身の丈に匹敵する金属製の棍を手に車から降りた。


「――いってらっしゃい。楽しいデートを」

 他人事のように見送る出嶋に辟易とする。

「こんな物騒なデートは願い下げだ」

「楽しいのは否定しないのな」

「……まぁな」

 茨木の指摘を肯定しつつ高周波ブレードを抜刀し、新倉は門番として配備された警備用のオートマタを斬り伏せる。

 同時に茨木も棍を旋回させて警備員に扮した【黄昏】構成員の胴を薙ぎ払った。肋骨数本をへし折られて地面に転がった敵は、そのまま動かなくなる。

「間違っても殺すなよ」

「勿論、半殺しに留めているさ」

 新倉が鋼鉄製の施設扉を高周波ブレードで切断し、茨木が蹴破る。

 勢いよく水平に吹き飛んだ扉に運悪く巻き込まれた敵の虚を突き。


 〈ブラボーゼロ/ブレイド〉こと新倉永八と、

 〈オスカーゼロ/オーガ〉こと茨木響は敵陣に切り込んだ。



 ***


 茨木は愛用の棍を旋回させると、作業員たちの銃は瞬間的に加えられた凄まじい力によってひしゃげて宙を舞い、


 ヴォンッ!


 次の瞬間には暴風の如く唸りを上げた棍に肩や肘、膝を砕かれ崩れ落ちた。まるで車に撥ねられたような強烈な衝撃に、気絶直前の男の一人が口走る。

「ば、化け……」

 ゴン!

 言い切る前に、脳天に棍の一撃を貰って今度こそ意識を失う。

「まったく……失礼な奴だな」

 棍を肩に乗せた茨木は嘆息する。

 周囲を見渡せば、呻き声を上げて死屍累々と倒れ伏す作業員――に扮した敵の群れ。

「あーあ。これじゃあ、弱い者いじめじゃないの」


 常に戦場いくさばを求める新倉ほどではないが、こうも歯応えが無いと少し物足りない。更に言えば、今はほろ酔い状態のため加減が難しいのだ。何の気負いもなく全力で暴れたい衝動に駆られるのを自制しながら、油断なく先に進む。

「……新倉は無事かなー? さっきの焼肉が最後の晩餐にならないと良いけどなー」

 棒読みかつ意図的に大きな独り言をしてみると、

「縁起でもないことを言うな」

 突入と同時に二手に分かれた相方が合流して来た。

「あ、無事だったか」

「お互いにな」

 そう言って新倉は肩を竦めた。



 ***


 揃ってジャンクヤードの最奥に足を踏み入れる。

 至る所に金属製のフレームが剥き出しとなった骨組み状態のAI車や大型の機材やコンテナが置かれており、その陰に身を潜めていた作業員たちが一斉に銃口を向けてきた瞬間、二人は弾けるように左右に展開した。


 ジャンクヤード内に無数の銃声が響き渡る。


 新倉は上下運動の無駄を省いた摺り足で柱、コンテナ、車などを巧みに盾にしながら距離を詰めていく。


 一方の茨木は単純に常人離れした身体能力を活かして駆け抜け、作業員たちを中心に渦を描くようにして距離を詰めていく。


 両者ともに敵の銃口を見て射線と身体が重ならないように動いているだけなのだが、その事実を理解できない敵は揃って「こいつら、弾が見えてるのか!?」と思い込んでいる。

 発射される前から命中しないことが確定しているのに、弾を避けていると勘違いしているのだ。

 そしてその勘違いは動揺を生み、致命的な隙へと繋がる。

 掠りもしない相手に後先考えず放っていた銃弾はやがて弾切れで沈黙し、次の瞬間には新倉の剣が閃き、茨木の棍が唸りを上げる。

 敵は手足を浅く切り裂かれ、あるいは砕かれて無力化された。

 銃声が止んだ頃、その場に立っているのは新倉と茨木だけだった。

 圧倒的な二人を前に、運良く/運悪く難を逃れた敵の一人が尻餅を着き、顔を恐怖に歪ませる。

「ば、化物……!」

「あ?」

 その一言に茨木は露骨に不快感を露わにして睨み付け、

「死ぬ気で鍛えれば、誰にでもこれくらいは出来る」

 新倉は淡々と無茶なことを言った。

「さて、残りは貴様だけだ。大人しく投降すれば危害は加えん」

「抵抗しても構わないよ? むしろ、そっちの方が歓迎だけど」

 血の付いた高周波ブレードと指関節を鳴らしながら近付いてくる二人に、

「ひ、ひぃいいいいいッ!」

 恐慌した敵は作業場の最奥にまで這うようにして走った。

 そこには全長三メートル程の何かが鎮座してある。突入した時から気にはなっていたが、上から防塵シートを被せてあるので全体像が見えない。

 敵は縋るような思いでシートを剥がした。

「む」

「あれは……」

 シートの下から現れたのは、二本の手足を持つ人型重機『パワーアPAーム』だ。

 器物の解体や運搬作業用を目的として開発され、アンバランスなまでに大きな両腕には最大出力で一二〇トンも引き出せるパワーシリンダーと、人間の手指のような精密動作も可能にしたマニュピュレーターが特徴だ。

 そして当然ながら人間を殺傷する目的で造られたものではないのだが、犯罪者にそんな常識は通用しない。

 敵はPAのコックピットに乗り込むと、すぐさま始動させた。

 ブルドーザーのような大型エンジンが唸りを上げ、脚部に備わった不整地移動用の四輪が回転し、三メートルもの鋼鉄の巨人は新倉と茨木に肉薄する。

「死ねェえええッ!」

 叫ぶ敵に呼応するかのように、無造作に振り被ったPAの右腕が勢いよく落ちてきた。

 それを、

「ふっ!」「オラァッ!」

 新倉の高周波ブレードと茨木の棍が、打ち合わせもなく同時に迎え討つ。


 僅かに新倉の剣が速く、音もなく巨腕の肘関節を通り抜け――


 ――轟音。


 爆発したかのような金属質の重い衝突音と共に、肘関節から綺麗に切断された鋼鉄の巨腕は頭上高く舞い上がり、組み立て中(あるいは解体中)のAI車の上に落ちた。


「なッ!?」

 搭乗者が驚愕の声を上げる。

 百歩譲って高周波ブレードで関節部を切断したのはまだ解る。

 だが頑丈とはいえ、ただの棒切れ一本で重さ一トンはあるPAの腕を弾き飛ばすだと!?


 そこでふと気付く。


 今の打ち合いの衝撃で茨木のキャスケット帽子が吹き飛び、帽子の中に隠されていた金色の三つ編みが露わになっていた。

 端正な顔立ちに金髪の三つ編み。

 起伏に富んではいないが、細身で華奢きゃしゃ体躯たいく


「女? ……い、いや」


 女性以前に人間とは思えない怪力。

 そして帽子の下に隠されていたのは、長い三つ編みだけではない。


 茨木響の頭部には、


――」


 搭乗者がそう口にした直後、再度轟音が鳴り響いた。


 茨木が地面を砕く程の踏み込みから放ったによって、PAを殴り飛ばしたのだ。


 頑強な胸部装甲が大きく陥没し、重さ五トンはある人型重機が水平に吹き飛んで仰向けに倒れ、そのまま動かなくなった。


 新倉が慌てて搭乗者の安否を確認しにコックピットハッチを開けるも、程なくしてハッチを閉めた。

 そして耳元の通信機に指を添え、後方で待機していた出嶋に状況報告を行う。

「……こちら〈ブレイド〉。敵勢力を全て無力化、当戦闘区域を制圧した」

『――こちら〈ドールメーカー〉。了解、損害はあるかな?』

 茨木は新倉に背を向け、落ちていた帽子を拾って汚れを払うと、いそいそと三つ編みと角を隠しながら帽子を被る。

 ただ、人型重機を殴り飛ばしたその拳は骨が見える程までに皮と肉が深く裂け、酷く出血していた。

「俺と〈オーガ〉は無事だ、。ただ、敵PAの搭乗者一名が死亡。その他は……まぁ、生きてはいる」

『――了解。それじゃあ後始末は任せて貰おう』

 出嶋のその言葉を待っていたかのように、建物の外から黒服たちが大勢現れ、無力化された【黄昏】構成員たちを拘束し始める。

『――お疲れ様、〈ブレイド〉に〈オーガ〉。外に車を待機させてあるから、先に帰還してくれ』

「了解した、交信終了」


 通信を終えた新倉は茨木に歩み寄る。

「帰るぞ、外にデルタゼロが手配した車がある」

「あ、ああ、解った」

 茨木は負傷した右手を背中に隠しながら頷く。

「……大丈夫か?」

。知ってるだろ?」

 新倉は黙ってハンカチを取り出すと、やや強引に茨木の右手を取った。

 まるで映像の逆再生のように、ゆっくりと深い裂傷が塞がっていく彼女の手にハンカチを巻き付ける。

「すまない……」

「周りに見られないように、ちゃんと隠しておけ」

「生憎とハンカチの持ち合わせがなくてな」

「便利だからハンカチとティッシュくらい常に持っておけ」

 いま黒沢みたいなことを言ったな、と新倉は思った。



 ***


 鬼。


 頭から生え出た角を持つ異形な容姿と、その人間離れした強大な力ゆえに恐れられた日本を代表する妖怪。


 茨木響は、鬼の血を引く先祖返りの存在だった。


 無論、両親は人間であり、彼女も人間の子である。

 だが、中学三年生の頃にトラックに轢かれた際、鬼の血が目覚めた。

 人間離れした身体能力、四トンもの大型トラックの衝突に耐える頑強さに回復力。

 そして、鬼の証である頭から突き出た二本の角。


 その異形に、その力に、周囲の人間は恐れおののき彼女から離れていった。

 それはトラックに轢かれかけた所を助けた、実の母親も例外ではない。


 やがて彼女は家を追い出される形で国の研究機関に引き取られ、平凡な生活から一転して地獄の日々を送ることになる。


 明らかに人道に反した実験や研究の材料にされる毎日。


 だがそこに居た大人たちは彼女を指して「化物」と呼び、非人間として扱った。

 故に、彼女を責め立て苦しめる実験や研究には「非的な行い」や「実験などは最初から無かった」とされており、合法なものとされた。


 ……一体、どちらが『化物』だ?


 彼女の中でそれまで培ってきた倫理や常識が反転し、自身を苦しめる人間とその存在を容認する人間社会に悪感情を抱くのにそう時間は掛からなかった。


 母も、父も、友も、社会も、世界も、己以外の全てが唾棄すべき害悪であり、殺すべき敵だ。


 彼女は鬼の力を振るい、研究者を皆殺しにし、施設から脱走しようとして――



 ――鬼以上に鬼な剣士と出逢った。



 ***


「どうした?」


 自動運転の車内、後部座席に並んで座っていた新倉がそう訊ねてくる。

「えっ、何が?」

「今、笑っていたぞ」

「あ、そう……悪ぃ、気付かなかった」

 ばつが悪そうに新倉から目を逸らす。

「いや別に良いんだが、何か面白いことでもあったのか?」

「……ちょっとな、昔のことを思い出してた」

「……そうか」

「…………」

「…………」

 会話が途切れ、車内に沈黙が訪れる。

「いや訊けよそこは」

「訊かれたかったのか」

 どこか呆れた様子で耳を傾ける新倉。

 何だかんだで話を聞いてくれるようだ。

「お前と初めて会った時のことを思い出してたんだよ」

「そうか……もう十年も前の話だな」

「あの時のオレは力に目覚めたばっかで、誰からも忌み嫌われててな。世界の全部が敵に思えてたよ」

「当時のお前は確か十五歳だったろ? 反抗期なら当然だ」

「反抗期で済む問題じゃないだろうよ」

「しかもきっかけが力に目覚めてとか……中二病か?」

「現実だよっ」

 実際にノンフィクションで我が身に降り掛かると辛いものがあるってのに、この剣術バカは鬼か。いや、鬼はオレだけども。

「それで?」

 飄々ひょうひょうと続きを促す新倉。

「……あの時はまさかオレのことを助けに来てくれる奴なんざ居ないと思っていたから、本当に助けが来るとは思わなかった」

「それが仕事だからな。だがこちらも助けようとした女の子に殺されかけるとは思わなかった」

「それはマジでゴメンて」

 苦笑まじりに謝る。あの時はガチの殺し合いにまで発展したのだ。

「おまけにあの後、まさかオレを仲間にしてくれるとは思わなかったし」

「……確かに。上からの命令で監視のためとはいえ、今思えばおかしな話だったな」

 新倉も苦笑する。


 獅子堂の元で保護されてしばらく後に知ったことだが。

 新倉は当初、鬼の力に目覚めた救出対象茨木響が人間の脅威となり得る場合、最優先で抹殺する任務を受けていたのだ。

 それを知った時は、確かに生物兵器として軍事利用でもされたら流石に洒落にならんと、当事者でありながら他人事のように思ったものだけど。


 ――本当に、不思議だ。


 右手に巻かれたハンカチを左手で撫でる。


 ――殺されずに仲間として迎えられ、今も大事にされていることも。


 悪くはない、むしろ心地よい。

 与えられる任務内容が血生臭い汚れ仕事であるにも拘らず、本当にこの奇妙な巡り合わせが嬉しく、楽しく、温かく、愉快だと思えるくらいに。


 ゼロナンバーは共通して常人には理解し得ない境遇に置かれていたり、非常識な能力に目覚めた者が大半を占める。自分だけではない。


 今時剣に拘る時代錯誤な剣鬼。


 不老不死を夢見て人間の体を捨てた狂人。


 命の恩人に報いるためだけに全てを捧げる幼い狙撃手。


 一人の女性に一途な正体不明のスパイ。


 人間らしい心を取り戻した暗殺者。


 ……そして、家族のような絆が恋しい鬼。


「……オレは、今あるこの居場所が大好きだ」

 思わず口にしたその言葉は、心からのものだ。


「そうか、それには俺も同意見だな」

 剣鬼たる新倉は己の剣が試せる環境を常に求めている。彼にとってゼロナンバーはまさに天職だ。

「剣以外に興味は無いのか、オメーは」

「無いな」

 即答。


 本当にこの剣術バカはもう。


 ……そんなバカに、どうしてオレは……。


「……新倉と釣り合う女は、きっとオレぐらいだな」

 溜息混じりにそう言ってみる。

「確かに、黒沢とナディアを除けば、俺とバディを組めるのは茨木ぐらいしか居ないな」

「お前って奴は……」


 勇気を出して割と大胆なことを言ったつもりなんだが、全然通じなかった。いや、頼りにされているのは素直に嬉しい。


 ……嬉しいけどさぁ。


 気恥ずかしさと気まずさを誤魔化すように、右手に巻かれたハンカチを解いてみる。

 すでに傷は癒えていた、痕も残っていない。


「ハンカチ、サンキューな。血糊は落ちそうにないから、弁償するよ」

「安物だから気にするな。お礼なら今度飯を奢ってくれ」

「次はオレが奢る番だし、奮発しよう」

「なら、そば処吉原の蕎麦が良いな。鶏天付きが良い」

「今日の焼肉より安上がりだな、オイ。そんなんで良いのか?」


 この男、自他共に厳しいくせに財布には優しいな。

 笑いながら軽く新倉の肩を小突く。


 ……まぁ、うん。


 剣鬼と鬼人オレ達の関係なんて、これくらいで丁度良いのかもな。


 ……今は、まだ。

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