クズの本懐

sigh

第1話

 硬いシートに身を預ける。

 もう、この軽トラックに乗って何年が経つのか。依然として、運転席のシートは、乗り始めたときの硬い感じを保っている。

 浅い呼吸が冷えきった車内をわずかに暖めたのか、フロントガラスが白く曇っていた。

 黒ずんだ軍手をのろのろと剥ぎ取れば、泥の詰まった黒い爪が現れる。いくら軍手をしていても、これでは同じことだと苦笑した。


 外は未だ暗い。

 暗くなければ困るのだ。もうあと30分もしないうちに、きっと空は白み、辺りは明るくなって、何もかもが見通せるようになる。少々、今朝は作業に手間取ってしまった。

 キィを回せば、少し軋んだような音を立てて、エンジンがかかる。

 暖気を待つ余裕もなく、アクセルを踏んで、その場を後にする。


『人の生活ってのは人に支えられてできてるもんだ。どんなクズでも誰かに支えられながら生きてる。お前が毎日歩いている道は誰が舗装した?お前を照らす街灯は誰が設置した?そういうことさ。なら、クズであっても、誰かを支えながら生きてるってことだってあるかもしれないな。雑巾には雑巾の役割があるじゃねえか』


『な、お前みたいなクズでもこうして俺たちの役に立つんだ。ありがたく思いな』


 どこで買っているのか心底気になる派手なシャツに身を包み、これまた派手な刺青を袖からちらちらと覗かせているあの男は、何度もそう言っていた。


 確かに、自分は真っ当な人間とは言い難い。どちらかというとクズ寄りの部類に分けられるだろう。

 しかし、どんぐりの背比べになるかもしれないが、ある種の誇りをもって自ら道を踏み外したような奴に、クズ、クズと言われるのは気分のいいものではなかった。


 古ぼけた軽トラックは、舗装さえされていない山道をガタガタと下る。

 行きよりも軽くなった荷台の工具箱で、スコップだけが音を立てた。

 空が、遠くに見える山の向こうから、ゆっくり塗り替えられていく。


 クズによって葬られたクズをクズが運んで埋める。

 こうして見ると、クズの生活はやはりクズによって成り立っているのだと気付かされる。

 自分も、やがてはきっと、このクズのサイクルに乗って死んでいくのだろう。

 そのとき、自分の死体を運ぶのも、やはりクズなのだと思う。


 空が、白と濃紺のグラデーションに染まっている。

 曇りのない、広い青。


 そうして、気づいた。


 この青を見ることは、誰の支えも借りずに出来ることだと。


「…こんなクズでも、一人でできることだってあるんだ」


 死体を埋めた帰りに、山から見た空は、驚くほど晴々としていた。

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クズの本懐 sigh @sigh1117

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