【30】決戦魔王城――マルデラ=ストシロ山
専務、選択を迫られる。
移動と同時に、よく晴れていた空には暗雲が立ち込めていく。遠くで落ちた雷に照らし出されたのは、悪魔が笑っているような形をした黒い山。まがまがしい雰囲気に顔をしかめる氷月に反し、ウィルは呑気に周囲をふわふわと浮遊していた。
『魔物と遭遇する時は近いみたいだね。今のうちに閃光浴で力を蓄えておくよ』
「日光浴みたいなのー。っていうか、雷には雷の妖精さんがいるんじゃないかな、なの」
『その辺は気にしないで。僕たち妖精は互いに協力し合って暮らしている。僕たち光の妖精は、炎や雷の光からも力を受け取れる』
「意外と適当なの――って、なんか近づいてるの?」
黒い集団が行列をつくり、こちらに近づく気配。警戒するように片手を伸ばす氷月の前に、ウィルはふと回り込んだ。
『アラタ、多分あれは敵性勢力じゃない。むしろ友好的に接するつもりみたいだ。下手な攻撃は控えてほしいな』
「んー……確かになの。もしかしたら、仲間に加えられるかもしれないの……とりあえず、話すだけ話してみようなの。こんにちはーなのー」
とりあえず軍勢に向けて手を振りつつ、歩み寄る氷月。と、軍勢が割れ、その中から執事のような格好をした者が現れた。ねじれた角とコウモリの翼を見るに、彼もまた悪魔なのだろう。
「――貴方様が魔物退治の使者でございますか?」
「あ、うん、そうなの」
「承知いたしました……魔王様が貴方様にお会いしたいとおっしゃっています。ともに来ていただけますかな?」
「勿論オッケーなのー。案内お願い、なの!」
「かしこまりました」
うやうやしく一礼し、執事は悪魔兵たちが並ぶ道の向こうを手で示した。その先には青白い毛をした馬と、ジャック・オ・ランタンを思わせる馬車が控えている。
「あちらにお乗りくださいませ……魔王様のもとへお連れいたします」
◇◇◇
思ったよりも平和な道のりを抜け、氷月とウィルは謁見の間に立っていた。王座からこちらを見下ろすのは、禍々しい角を持つ山羊のような顔の男。その脇には先程の執事が控えている。恐らくあの山羊男が魔王なのだろう。
「――異界からの使者、氷月新。光の妖精ウィル」
「はいなの」
『ああ』
深みのある重々しい声。最初に出会った王とは比べ物にならないほどの威厳。その割に平静を保っている氷月だが、眠そうだった視線は警戒するように細められている。射貫くような視線にも動じず、魔王は真紅の瞳で彼を見下ろした。
「我が名はバフォメロス……『魔王』の称号を手にする者だ。『魔王』の名のもとに、貴殿らに契約を持ちかけよう」
「契約……なの?」
「そう、契約だ。世界の半分を貴殿に渡す代わりに、我が軍門に下るのだ。契約を受けるならば、我らは貴殿らに危害を加えぬ。悪い話ではなかろう? 互いの利害が一致し、協力関係となるのだ」
……協力。その言葉に、氷月は少し考える。専務として社長の交渉ごとに同行したこともあったが、彼女は決して他の組織の下につくことはしなかった。むしろ隙を探し、利用し、こちら側に利益のある契約を結んでいた。彼女にはそれほどの力量がある……しかし、氷月にはない。それに、あの魔王が氷月の目的である魔物である可能性も否定しきれない。彼は俯き、思考を巡らせる。
と、ウィルがふわりと浮き上がった。バフォメロスにしっかりと視線を合わせ、かすかに光を強める。
『……魔王様。ひとつ確認してもいいかな』
「構わぬ。申してみよ」
『ありがとう。――君は僕たちの目的である魔物ではない。そうだろう?』
「……ふぇ?」
思わず顔を上げ、氷月は変な声を上げた。ウィルは白く明滅しながら、真っ直ぐにバフォメロスを見つめている。対し、彼は真紅の瞳を瞬かせ、顎に手を当てた。
「……何故、そう考えた?」
『僕がかつて、魔物退治に赴いたことがあるからさ。その時に聞いた魔物たちの特徴と、あなたの特徴は一致しない。……アラタ、僕は彼と協力しても構わないと思う。選択は君次第だけれど、どうする?』
「んー……」
ウィルに話を振られ、氷月は彼とバフォメロスを交互に見比べる。その脳裏に彼の上司を浮かべ、パンと手を打った。
「じゃあ、こうしようなの!」
『……提案か? 良いだろう、申してみよ』
「んっとね、短期契約なの。世界の半分を貰ったら管理義務が発生するけど、僕はこのお仕事が終わったら、会社に戻らなきゃいけないの。そうなったら管理義務が果たせないから、僕がこの世界にいる間だけの短期契約なの! それでも大丈夫なの?」
呑気な提案に、魔王は山羊のような顎を軽くさする。しばし考えるように視線を伏せ、ふと口を開いた。
「その契約内容でも、こちらは構わない。むしろ契約条件を提示してもらえるのは助かる。……まとめると、貴殿がこの世界にいる間のみ、世界の半分は貴殿のものとなり、同時に貴殿は我が軍勢の一員となる……ということか」
「そうなのー」
「妖精は……世界の摂理を司る存在に裏切りが出ると、我がこの世界を支配したのちの自然環境に影響が出る可能性がある……一旦例外としよう。その契約内容で問題ないだろうか?」
「問題ないの! 契約成立なの!」
『……どの種族でも、取引は複雑なんだね……』
目を逸らし、聞こえないように呟くウィル。特に儀式などを行う必要はないようで、魔王は六つの魔法陣を展開した。そこに映るのは、六種の魔物の姿。
「我は正確にはまだ王ではない……この世界を征服したのち、新たに建国される国の王になる者だ。その支配に魔物は邪魔でしかない……早急に倒す必要がある。そのためなら武具や食料など、最大限の支援をしよう。……援軍については契約が非常に複雑になるが、判断は任せよう」
「んー、援軍は別にいっか、なの。魔物は……ウィルが前に戦った子がいいんだけど、どれなの?」
『……左下の魔法陣に映っている緑色の怪鳥。アレアだ』
人里に降り、火を放ち、あるいは生物をついばむ怪鳥。緑色の炎を纏っているあたり、精霊種なのだろうか。それを眺め、バフォメロスは重々しく頷く。
「奴か……承知した。では精霊特効、ならびに火属性特効の武具を」
「あ、武具じゃなくて加護系統の魔法だと有難いの」
「承知した……では、そこでじっとしていろ」
「はいなのー」
バフォメロスが爪の長い手を伸ばし、暗い青色の魔法陣を展開する。それは氷月の胸元に収束し、ふわりと彼の全身を包み込んで、消えた。
「……これで加護は完了だ。我が魔術の一部を頭と身体に叩き込んでおいた……せいぜい一度の戦闘でしか効果を発揮せぬが、最大限に利用せよ」
「わかったの!」
「それではお二人とも、これより転送魔法を行使いたします。どうか動かないでください」
「はいなの!」
『わかったよ。何から何までありがとう』
ビシッと敬礼する氷月と、軽く頭を下げるウィル。そんな彼らを漆黒の魔法陣が包み込み――魔物のもとへと、彼らを運んでいく。
◇◇◇
次回予告!
選ばれた魔物は【2】!
遂に魔物アレアと相対する氷月とウィル。高い攻撃力と再生能力を持つ敵に、結界の青年と光の妖精はどう対抗するのか――!?
次回、最終回「専務、本気を出す。」
シールドスタンバイ!
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