【26】戦隊たちの戦場――ロックシップ山採石場跡地

専務、友情を育む。 前編

『ここがスカイラ氏が言っていた採石場……で、合っているのかな……?』

「多分そうだと思うのー……それにしても広いのー」


 よく晴れた空が、淡い茶色の採石場を照らしていた。広々とした空間のあちこちに、倒された人間たちの亡骸が転がっている。ウィルの声が若干震えているのは、恐らくそのせいなのだろう。


『……スカイラ氏が言うことには、ここに協力者がいるという話だよね……?』

「そうだった気がするのー」

『この惨状を見るに……流石の僕でも、彼女の言葉を疑ってしまうよ』

「確かになの」


 結界をマジックハンド状に形成し、そこらに転がっている死体をつついてみる氷月。それが息をしていないことを確認し、軽く手を振って結界を消去した――と、背後に違和感。


「待ちたまえ!」

「――!?」


 ――崖の上から声がかかる。見上げると、五色の鮮やかな影。赤、黄、緑、青、そして群青。ふわふわの頭部から犬耳が見えるあたり、犬の獣人……コボルドだろうか。


「とうっ!」


 崖から飛び降り、彼らは氷月とウィルの前でポーズを決める。呆然とする彼らを知ってか知らずか、呑気に名乗りを上げはじめた。


「情熱の牙! コボレッド!」

「猛進の牙! コボイエロー!」

「推参の牙! コボグリーン!」

「柔和の牙! コボブルー!」

「全知の牙! コボインディゴ!」


 ほぇー、と変な声を漏らす氷月と、何をしたいのかよくわかっていない様子のウィル。そんな彼らに構わず、五人は謎の声を上げる。


「五人そろって! コボルド戦隊☆コボレンジャー!」

「ほえぇ」

『……展開の温度差が激しすぎるよ……』


 五人から目を逸らし、ウィルは瞬きを繰り返す。もし彼が人間だったなら、頭が痛そうに額を押さえていたことだろう。一方、氷月はあまり気にしていないらしく、いたって平常心で首を傾げた。そんな彼らに、コボレッドと名乗った赤コボルドが語りかける。


「君は魔物退治に向かっている人間だね?」

「そうなのー。君たちはどんなコボルドさんなのー?」

「我々は魔物退治の使者を阻止する者だ。魔物を倒すことで、この世界の生態系に影響が出ることは防がなければならないからな。君たちには申し訳ないが、ここで倒させてもらう!」

「――ッ!」


 とっさに張った結界に、ピストル弾が高い音を立てて弾かれた。レッドが引き抜いた単発式のピストルからだ。それに隠れるように、左右からイエローとグリーンが飛び出す。グリーンの片手剣とイエローのハンマーが結界を襲う。氷月の周囲を公転し、ウィルは少し焦ったような声を上げる。


『……まずいね。彼らを味方に引き入れることが目的である以上、僕の催眠は使えない。さらに誠実に接する必要があるとスカイラ氏は言っていた……彼らには恐らく、僕の姿は見えていない。さて、どうしたものか……』

「ウィルは周辺警戒をお願いなの。適当にタイミング見て合図出してもらったら、僕が結界を通じてウィルの声を届けるの……それまで凌いでなの!」


 眠そうだった瞳を、カッと見開く。彼は自身の周囲に極彩色の結界を展開すると、それを体に密着させる。ラフなパーカー姿が七色の鎧姿に変じ、目元には虫の複眼を思わせるゴーグルが展開された。反射的に立ち止まるコボルド戦隊に視線を向け、彼は謎の決めポーズをとる。


「仮面専務ガーディー! ここに参上なのー!」

『頼むからカオスを加速させないでって言ったよね?』

「なんなら仮面社員チェインと仮面社員ヒーリンもいるのー」


 いない。芝村千草も夜久霧矢も同意していないことをここに明記しておく。


「さぁ! スーパーなんちゃらタイムのエンドカードみたいに! 仲良くしようなの!」

「仲良く……!?」

「レッド、騙されるな! そいつは俺たちを騙そうとしている!」


 インディゴが叫び、銃剣を構える。放たれた銃弾は四つに分かれ、他の戦士たちの背中に命中した。同時に群青色の光が彼らを包み、収束する。


「センキュー、インディゴ!」

「このまま一気に押し切りましょう!」


 イエローとグリーンがもう一度攻撃を仕掛けるが、結界に阻まれる。しかし……ピシリ、と結界にヒビが入る。軽く目を見開く氷月の隣にウィルが浮かび、鋭く声を上げる。


『アラタ、下を見てみて。結界が溶かされようとしている』

「……スライムなの!」


 青いスライム。犬耳がしっかりと見えているあたり、青いコボルドがその正体なのだろう。彼が結界の強度を下げているとしたら……かなり、由々しい問題だ。


「……絶対に……勝つ……!」

「やっぱり、本気みたいなの……ウィル、スイッチなの!」

『うん、任せて――!』


 ウィルの前に光が収束し、勢いよく放たれる。それはグリーンとイエローの視界を覆うように広がり、彼らが飛び退った隙にスライムを箱状の結界に閉じ込めた。


「――ッ、しまった!」

「今なの――デストロイド専務ハリケーン!」

『待って』


 氷月が両手を広げるのに合わせ、無数のハート形の結界片が他のコボルドたちへと放たれてゆく。それらは四方向に分かたれ――そのうちの一つが竜巻のように変化し、イエローを包み込んだ。

 なお、「真っ赤なハートは幸せの証」とか言ってはいけない。


「イエロー!」

「なっ……なんだこれ! 出られねえ……!」

「落ち着け。グリーン、レッド、俺の指示を聞いて動け!」

「そうはさせないの――専務ライジングソード!」


 結界を光り輝く剣の形に形成し、氷月はインディゴに向けて踏み込んだ。銃剣を構える彼に勢いよく斬りかかるが、その間に入り込んだグリーンに相殺される。

 なお、「世界に広がるビッグな愛」とか言ってはいけない。


「……そうはさせません……!」

「おー、結構やるの!」

「今だ、レッド!」

「そうはさせないの! デストロイドイージス!」


 光り輝く結界を展開し、レッドの銃弾を弾くが――群青色の光に包まれたそれは結界をぬるりと回避し、氷月の首元に迫っていく。

 なお、「陽の光浴びる一輪の花」とか言ってはいけない。


「――っ!」


 身に纏った結界鎧の袖口でそれを叩き落とし、氷月は軽く息を吐く。彼にまで苦戦を強いるとは……などと負けフラグを立てそうになって、無理に飲み込んだ。そんな彼の隣にウィルが浮かび、顔文字じみた口を開く。


『アラタ。君の結界を通じて、僕の声を彼らに届けることはできるかい?』

「んー……ちょっと試してみるの! デストロイド専務チェーン!」


 片手を掲げ、鎖型に形成した結界を周囲のコボルドに叩きつける。空中で蛇のようにうねるそれは、レッドとインディゴをあっさりと拘束し――残るグリーンには回避されたが、同時にもう片方の手から無数の剣型の結界を投げつけ、ひるんだ隙に鞭状の結界でその身体を縛りつけた。

 なお、「はじけるレモンの香り」とか「勇気の刃」とか「元気と笑顔をレッツ・ラ・まぜまぜ」とか言ってはいけない。


『あのさ、アラタ、ずっと見てて思ったんだけど』

「?」

『せめて作品は統一しようよ。そもそも何で仮面専務って名乗っておいて、技はちょっと戦う女の子っぽいのさ……』

「趣味なの!」


 満面の笑みで言い放つ氷月に、ウィルは呆れたようにふわふわと揺れる。しかし、氷月が片手にマイク型の結界を出したのを見て、ふわりとそれに近づいた。


To be continued……

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