専務、秘密を語る。 後編
「……僕の秘密、なの?」
顎に手を当て、考える。秘密と言われても……ありすぎて困ってしまう。MDCでのことや、かつて身を置いていた宗教団体でのこと。多すぎて、どれを話せばいいのかわからない。
「そう。あなたの大切な、最も重要な秘密」
最も。……それならば、もしかすると。
MDC全員が通過する、『入社試験』。
「……じゃあ、あの話なの」
そう前置きし、彼は口を開く。
「僕は元の世界では、とある会社で専務やってるの。それで業種柄、人を殺すことに躊躇なんて、やってられないの。その適性を見るために、うちの会社では社員全員に『入社試験』を課しているの」
「入社試験……ねぇ。それはどんな内容なのかしら?」
「それはね、なの」
面白がるようなスカイラの口元と、ウィルの無機質な視線。その間で、氷月は淡々と語る。まるで自動読み上げの機械が、ビジネス文書を読み上げるように。
「大切な人をひとり選んで、……その手で命を奪うの」
この業種に身を置くなら、時に情を手放さなければならないこともあるわ。
それができないなら……お祈りメールを送るしかない。
社長の声が耳元に蘇る。実際、社員の大切だった人が敵にならないとは限らない。あまりにも残酷だけれど……必要なこと。そして、MDCを設立することにした高天原唯に、天使デストリエルが出した条件。
そして、全員がそれに従った。拒否したところで、他に行くところなどないから。
孤独に育った彼は、昨日ドーナツを奢ってやった少女を。
いじめを受けていた彼女は、唯一仲良くしてくれた幼馴染を。
異食嗜好の彼女は、最初に人肉をくれた殺人鬼を。
兵器として生まれた彼女は、メンテナンス担当だった研究者を。
転生者の彼は、前世の記憶が戻る前の親友を。
「僕は……小さい頃に離れ離れになったお母さんを、この手で、殺したの」
……その声には機械的な平坦さがあって、まるで何も感じていないようで。その瞳は変わらず眠そうだったけれど、どこか無機質な光を宿しているように見えた。その周りを公転し、ウィルは丸い瞳で彼を見つめる。
「……小学校に上がって間もなく、教団に入ったから、友達とも縁が切れてたの。教団の中も軍隊みたいな感じだったし……大切な人って言われても、社長以外だとお母さんしかいなかったの」
『……とても残酷な環境で育ったんだね』
「そこまで重大な秘密じゃなくてもよかったのに……」
グリフォンの羽根で顔を扇ぎつつ、スカイラは苦笑を浮かべた。まぁいいわ、と背筋を伸ばし、口を開く。
「とにかく、これで対価は得た。あなた方の未来にまつわる情報をプレゼントするわね」
傍らにあった地図を開くと、ある1点を指し示した。うねる道を南下した先の採石場を、骨ばった指が叩く。
「ここに向かうといいわ。上手くいけば、あなた方の目的に協力してくれる仲間を得られるの。ただし、彼らにはできる限り誠実に接すること。いいわね?」
「わかったのー」
『了解したよ。ありがとう、占い師さん』
「いえいえ。困っている子に手を差し伸べることは、大人として当然だもの」
グリフォンの羽根を扇のように使いつつ、彼女は深く微笑んだ。すっかり暗くなった窓の外の景色を眺め、口を開く。
「あぁ……遅くなっちゃうことを見越して、村の施設を貸すことにしたの。といっても民宿なんてないし、雨風をしのげる最低限の場所だけれど……それでもよければ、泊っていってくれないかしら」
「ほんとなの!? いいの!? ありがとうなのー!」
『重ねて感謝するよ、占い師さん」
ぴょこぴょこと頭を下げる氷月と、スカイラの周囲を公転するウィル。ふと彼は丸い身体を空中で止め、彼女が握る羽根を見つめた。
『ところでそれ、何に使うんだい?』
「決まってるじゃない。私の趣味よ」
◇◇◇
次回予告!
ダイスロールなしで選ばれたマスは【26】!
スカイラに示された採石場。そこで彼らを呼び止めたのは、五色のスーパーコボルド戦隊!? 彼らと敵対する羽目になった氷月とウィルの運命やいかに!?
次回「専務、友情を育む。」
シールドスタンバイ!
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