【22】運命再編――レディ=スカイラの館

専務、秘密を語る。 前編

『……だんだん寒くなってきたね。雪が降りそうだ』

「だんだんっていうか……もう、だいぶ寒いの。っていうか凍えるの……だんだん眠くなってくるの……」

『アラタ、寝てはいけないよ』


 日が暮れそうな空の下、氷月とウィルはとある寒村に辿り着いた。半袖パーカーから伸びる腕を寒そうに擦り合わせる氷月と、別に熱を発したりもしないまま公転するウィル。と、氷月の視界に一人の男性が映った。淡い金色の髪に毛皮のコートとマフラー姿の彼は氷月に目を止め、話しかける。


「あぁ……お待ちしておりました。旅人さん」

「……僕のこと知ってるの?」

「ええ、まあ、諸事情で……あぁ、そんなに警戒しないでください。何か企んでいるわけではありませんから」

「……」


 しばらく眠そうな瞳で彼を観察し、氷月は一つ頷いた。その顔の横で、相変わらず顔文字じみた表情のウィルがふわふわと静止している。


「……わかったの。お兄さんはどうしたの?」

「ええと……その、あそこに大きな館が見えるでしょう?」


 彼が手で指し示したのは、半球状のドーム型の館だった。ゴシックな装飾はどこか植物園を思わせる。ふと氷月が左側に視線を向けると、別の旅人が村人の誘いを断っているのが見えた。すぐそばに植えられた杉の木と、不穏な天気。氷月は静かに片手を伸ばし、不可視の絶縁体結界を展開する。

 ――と、空が光った。青白い閃光が杉の木に収束し、轟音とともに撃ち抜く。当然、誘いを断った旅人の身体にも青白い雷が走った。


『……何てことだ』

「お兄さん、あの館に行ってほしいってことなの?」

「はい、その通りです」


 暗い空に照らされる館からは、どこか妖しげな雰囲気を感じる。氷月はウィルに視線を合わせ、ひとつ頷いた。村人は軽く一礼し、静かに口を開く。


「その館の最奥で……レディ=スカイラがお待ちです」


 ◇◇◇


「お邪魔しますなのー」

「いらっしゃい、旅人さん」


 最奥のソファに腰かけていたのは、一人の老女だった。肉の目立つ身体を、露出度の高い踊り子のような衣装で包んでいる。フェイスベールに隠された瞳が、どこか見透かすような光を宿した。


「貴女が『レディ=スカイラ』さん? なのー?」

「ええ。占い師のスカイラよ。そちらは……旅人のアラタ君と、妖精のウィル君……かしら」

『……君、僕のことが見えるのかい?』


 氷月の周囲を一周し、ウィルはスカイラにゆっくりと近づく。対し、スカイラは余裕の構えを崩さないまま、そっと片手を伸ばした。


「ええ。私は占い師だもの」

『……成程。アラタが僕という妖精を連れていることもお見通しだったんだね。さっき会った旅人がアラタを知っていたのも、君の根回し……ということでいいのかな』

「ええ。その通りよ。危害を加えるつもりはないから、とりあえずおかけになって」


 骨ばった手で椅子を指し示すスカイラに、氷月は少し考えるように黙り込んだ。眠そうな瞳で彼女を眺め、やがて一つ頷く。


「……お言葉に甘えて、なの。失礼するのー」

『僕のことはお気遣いなく。普段から浮いてるからね』

「そう……さて、早速だけど、本題に入りましょうか」


 そう前置きし、スカイラはすっと目を細めた。青年と妖精を値踏みするように眺め、口を開く。


「私があなた方を呼んだのは、貴方の旅の手助けをするため。私なら、あなた方が通るべき道を示すことができる」

「……そんな美味しい話、ありえないの。対価は何なの?」

「ふふ、話が早いわ。対価は、そうね……あなたが持っている『グリフォンの羽根』と、あなた方二人の『人に言えない秘密』。これでどうかしら?」

「秘密なの……?」


 羽根を渡しつつ、氷月は眠そうな目をもう一段階細めた。人に言えない秘密。ありすぎて、どれから話せばいいものか。押し黙っていると、隣でふわりとウィルが浮き上がった。


『……僕の秘密からでいいかな』

「ええ。どうぞ、お聞かせになって」


 スカイラの声に、ウィルは静かに浮き上がった。氷月の周囲を一周し、横線上の口を開く。


『僕たち妖精族は、かつて魔物のうち一体を倒そうと試みたことがあった。その指揮を執ったのが、光の妖精だった。僕はその中でも重要な枠……対象の精神を浄化する役目を持った小隊に編成された』

「……」

『だけど、僕たちは役目に失敗したんだ……あの魔物の精神は、あまりにも歪み果てていたから。そうするのが当然だ、そうしなければならない……そんな、あまりにも強い思い。魔物そのものの耐性の高さも相まって……精神の浄化に失敗した。僕たちは既にかなりのダメージを彼に与えていたけれど、その失敗のせいで……妖精陣営の動揺に隙を見出した魔物に逆転されて、敗走せざるをえなかった。そして……その責任を取ることになったのが、光の妖精だった』


 ウィルの表情は変わらない。しかし、球形の身体から発せられる光は、心なしか先程までよりも弱まっているように思える。どこか悲しげな声を聞きながら、氷月はそっと顔を上げた。……よくある話、とも割り切れなくて。


『光の妖精のうち、精神浄化小隊に属していた者は、それぞれに封印されてあちこちに飛ばされた。そしてゴミ捨て場に流れ着いた僕を拾ったのが、アラタだったってわけさ』

「……うーん」


 眠そうな瞳をもう一段階細め、氷月は頬杖をつく。相変わらず表情がないウィルを見上げ、口を開いた。


「……そう言う割に、利用しようって感じはしないの」

『そんなこと思っていないよ。そもそも僕が同行を申し出たとき、君が王さまの使いだということは知らなかった。それを知ったのは最初の野営の時じゃないか』

「そういえばそうだったね、なのー」


 その割に緊張感がないのはまぁ、一回置いておいて。

 スカイラは一つ頷き、ウィルの額を軽くつついた。ふっと微笑み、氷月に視線を移す。


「……さあ、妖精くんは秘密を語ってくれたわ。次はあなたの番よ」


To be continued……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る