【17】大空宅配便――ヘヴンビーチ

専務、肉を死守する。

「今日はいい天気なのー!」

『そうだね。晴れの日は僕も好きだよ』


 三日目。青く澄んだ海が見える、うねうねとした海岸線。その砂浜を、長身の青年と球形の妖精がのんびりと進軍していた。気持ちのいい晴天に背伸びをしつつ、氷月は眠そうな瞳でウィルを眺める。


「そういえばウィルは光の妖精だよね、なのー」

『そうだよ。僕たちは太陽や月、星なんかの光を司り、そういう光から力を受け取ることもできる。街灯みたいな人工の光も糧にできなくもないけど、天然の光の方が効率がいいんだ』

「そうなの? やっぱ妖精さんだからかな、なのー?」

『うん。水の妖精も水辺にいた方が力を発揮できるしね……ん?』


 氷月の周りをくるくると公転していたウィルだが、ふと顔を上げた。青空にふと大きな影がかかる。鷲のような翼が太陽を描くし、獅子のような尻尾が揺れた。アレは、もしかして噂に聞くモンスター。


『グリフォンだね』

「おっきいのー」

『ところでアラタ、食料に干し肉がまだ残っていた気がするけど……グリフォンは肉食性だよ?』

「……あ」


 旋回しながら降下してきたグリフォンは、氷月のリュックに入っている干し肉の匂いを嗅ぎつけたようだ。派手な風切り音を立てながら急降下し、氷月に狙いを定めて――ガッ、と金属質の音に阻まれた。


「……そんなことしたら危ないの」


 氷月の声がワントーン低くなった。伸ばされた片手の先には、鈍色の金属板のような平面結界が張られている。グリフォンはしばらく結界を割ろうともがいていたが、むしろ攻撃が吸収されるばかりだ。軽く欠伸をする氷月を眺め、ウィルはふと浮き上がる。その正面に白く輝く光球が生まれ、純白の光線が伸びた。


『少しでいい。眠っていてくれないかな』


 光線がグリフォンの頭部を撃ち抜く。猛禽のような悲鳴が高く響き渡る。それは巨体を鈍色の結界に叩きつけ、安らかな寝息を立て始めた。眠そうな目でそれを眺め、氷月はゆっくりと手を伸ばす。しかし、その延長線上にウィルが立ちふさがった。


『……アラタ、これ以上はやめてもらえないかな? グリフォンは眠らせた。これ以上、攻撃をする必要はないはずだよ』

「……?」

『それではただのリンチだ』


 顔文字を思わせる無表情が、定規で引かれた線のような言葉を紡ぐ。氷月はゆっくりと片手を下ろし、軽く首を傾げた。


「……グリフォンさんはもう僕たちを傷つけないの?」

『うん。少なくとも、僕たちがビーチにいる間はずっと眠り続ける。僕たちに害をなすことはない。それを傷つけて楽しいのかい?』

「楽しくはないの。でも、こっちに害意を持っている相手は、徹底的に懲らしめなきゃなの。それが僕の仕事なの」

『……この世界でも、なのかい?』


 静かな声には、どこか確認するような響きがあった。氷月は彼自身の出自については話していない。だが、と氷月は口を閉ざした。今自分たちがすべきことは魔物退治だ。グリフォンごときにかまけている暇は、本来ない。


「んー……確かになのー。それじゃあ、このくらいで見逃してあげてもいいかもしれないの」

『わかってくれてよかったよ。さぁ、先に進もう』

「なのー」


 氷月が軽く指を弾くと、鈍色の結界はあっさりと消滅する。支えを失ったグリフォンは真っ逆さまに墜落し、眠ったまま動かなくなった。


 ――サクセス時ダイスロール結果:1――


 ……ふと、強い潮風が吹く。長い眠りについたグリフォンの翼から、一枚の羽根が風に飛んでいった。それを片手で掴み、氷月はきょとんと首を傾げる。


「……グリフォンの羽根なのー?」

『そうだね。どうやら特殊効果は特にないようだ。でも、もしかすると今後の冒険で役に立つかもしれない』

「うーん……確かに、悪いものっぽくはないの。それじゃあ、ありがたく頂戴しようなのー」


 羽根をくるくると指先でもてあそぶ氷月と、その周りを公転するウィル。羽根の効果をあれこれと予想しつつ、彼らは砂浜を進軍する。


 ◇◇◇


 次回予告!

 止まったマスは【22】!

 雪が降りそうな寒村に辿り着いた氷月とウィル。彼らは村の奥の館で、『レディ=スカイラ』という女性に出会い……!?


 次回「専務、秘密を語る。」

 シールドスタンバイ!

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