【12】寝るにはいい場所――ヨサゲナ洞窟

専務、休息をとる。

『そろそろ夕方だね。アラタ、疲れていないかい?』

「うーん……確かにちょっと体が重いのー。そろそろどこかで休みたいの……」


 街道から少し外れ、氷月とウィルは薄暗い森の中を進軍していた。空は群青色に染まり、間もなく日が暮れそうだが、ウィルが淡く発光しているおかげで支障はあまりない。そして、そんなウィルの発光する身体が、崖の下の洞窟を照らし出した。


「あれ……洞窟? なの?」

『そうみたいだね。危険がないか調べて、大丈夫そうなら今日はここで野営にしないかい?』

「そうだねー、なのー」


 洞窟に歩み寄り、中を覗く。ウィルが照らし出した洞窟の内部には、焚火に使えそうな石と薪。さらに奥には鍋をはじめとした野営用の物資が転がっている。背後で響いた水音に振り返ると、天井から垂れた水滴が壺に溜まっていた。氷月の周りを公転しつつ、ウィルは口を開く。


『誰もいないはずなのに、設備が揃っているね。前に泊まっていった人が残していったのかな?』

「でも、ここまで整備されてるのって、ちょっと違和感があるの。何となくだけど、罠な気がするの……設備を整えて獲物をおびき寄せて、眠った隙に装備や金品を奪う魂胆だっていう可能性も、否めないの」

『……もしそうだとしたら、酷いことを考える人間もいるものだね』


 ウィルが点状の瞳を伏せた気がした。洞窟の中をふわふわと浮遊しながら、その辺にあるものを観察する。中を二周くらいした後、ふと静止し、氷月の方に視線を向けた。


『アラタ、君は休んだ方がいい。不寝番は僕がするよ』

「……ウィルは寝なくて大丈夫なの?」

『平気さ。妖精は睡眠をとる必要はないからね。それに大抵の人間なら撃退できると思う。……でも保険をかけるために、薄めのバリアを張っておいてほしいかもしれないね。張っている間はずっと集中が必要なのかい?』

「そうでもないの。一回張ったら寝てても効果は続くの」

『それなら安心したよ。薄くていいから、入り口にバリアを張っておいてほしいな』

「オッケーなのー。えーい」


 ふわりと片手を入り口に向けて伸ばし、淡く発光するバリアを展開する。同時にウィルがそのバリアに向かうと、中央に小さな穴が開いた。ウィルがそこを通り抜けたのを確認し、穴を閉じる。


『それじゃあアラタ、ゆっくり休んでね。おやすみなさい』

「うん。おやすみーなのー」


 短い会話を交わし、氷月は荷物から食料を取り出した。ここはお言葉に甘えて、のんびりと休むことにしよう。


 ◇◇◇


『……ん。来たね』


 しばらく光を抑えていたウィルは、近くで人が動く気配を感じた。少しずつ発光を強め、警戒心をあらわにする。

 同時に六人ほどの人間が姿を現した。一様に暗い色の服を纏い、フードを被っている。妖精の光にナイフや吹き矢が照らし出された。ウィルは点状の瞳で彼らを見つめ、口を開く。


『アラタの読みは当たっていたのか。流石だね』


 放たれた吹き矢が結界に阻まれるのをよそに、ウィルは彼らを観察する。中には剣や弓矢を持っている者もいるようだ。それも、恐らく生半可な使い手ではない。


『無力化したい。無用に人命を奪うことは妖精の掟が許していない。それならば――これはどうかな?』

「な、何だ……!? あそこ、何か光ってやがるぞ!?」


 ウィルの身体を包む光が徐々に強まり、収縮する。ウィルの球形の身体の前に、光り輝く小さな球が生まれた。身構える夜盗たちの上空に浮き上がり、ウィルは光の玉から人数分の光線を放った。真夜中の暗がりに白い光線が輝き、夜盗たちの頭部を狙って放たれる。


「な……っ!?」

「ぐぁ……っ……」


 光線が直撃した夜盗たちは、皆一様に地面に倒れ伏した。彼らが安らかな寝息をたてはじめるのを確認し、ウィルはふわふわと元いた場所に戻っていく。


『……この様子なら、翌日の昼までは眠り続けるかな。あとはのんびりしていても大丈夫だろう』


 彼が使用したのは回復魔法の応用だ。回復魔法を精神と肉体の疲労にピンポイントで使用し、オーバーヒールで眠らせたのだ。

 洞窟の前に戻ると、ウィルは適当な場所に陣取った。この夜盗だけでなく、他の人間や野生動物が襲ってくる可能性もある。警戒しておくに越したことはない。


 ◇◇◇


「おはようなのー」

『おはよう、アラタ。よく眠れたかい?』

「うん、おかげさまでぐっすりなのー。僕、普段からオフィスに泊まり込んで警戒態勢してるから、ゆっくり寝るの久しぶりなのー!」


 その割に瞳は眠そうにとろけている。多分、いつもなのだろう。朝食と思しき黒パンをかじりながら、彼は大きく伸びをする。


「ウィルもお疲れ様なのー! 危ない人とかいなかったの?」

『大丈夫さ。眠らせてあげた。多分今日のお昼にはスッキリ目覚めると思うよ』

「……ウィル、優しいの」

『このくらい普通じゃないかな』


 ……平和な妖精の世界とMDCでは常識がかけ離れていることを、ウィルは知らない。


 ◇◇◇


 次回予告!

 止まったマスは【17】!

 道中の砂浜を進軍する氷月とウィル。しかしグリフォンの襲撃を受けてしまい!? 執拗に襲ってくるグリフォンとの戦いの結末やいかに!?


 次回「専務、肉を死守する。」

 シールドスタンバイ!

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