【8】大幅ショートカット――ロングショット

専務、勘を信じる。

 その辺で適当に野営したのち、氷月とウィルは街道沿いを歩いていた。そこそこ人通りがある街道を、ウィルは点状の瞳で物珍しそうに眺めている。


『いろいろな人がいるんだね。アラタ、あの女性が持っているものは何だい?』

「あれはねー、フランスパンなの」

『食べ物なのかい?』

「そうなの。ちょっと固いけど美味しいの。っていうかウィル、もしかして人間の文化に疎かったりするの?」

『うん。実はそうなんだ』


 ふわふわと氷月の周りを公転しつつ、周囲の風景を眺めるウィル。表情こそ変わらないが、どことなく興味津々な様子が見て取れる。


『僕たち妖精は、あまり人と関わることがないんだ。自然現象に働きかけるだけの存在だからね。下手に人の前に姿を見せて、厄介ごとに巻き込まれることも避けたい』

「その気持ちはわかるのー……あれ? 僕はいいのー?」

『君は別さ。僕を助けてくれたんだから、その恩に報いるのは妖精として当然のことさ』

「そっか、そうだよね、なのー!」


 上機嫌で歩く氷月と、淡く輝きながら公転するウィル。そんな彼らの視界に、小さな塔のような建物が映った。最上階はドーム状になっており、亀裂から開くようになっているようだ。ふわりと浮き上がり、ウィルは建物の方に近づいていこうとする。


『アラタ、あれは何だい? あの建物』

「うーん……天文台か何かなの? でも、こんなところにあるのは違和感があるの」

『そうなのかい?』

「うん。天文台ってもっと、街の光に邪魔されない場所にあると思うの……って、ウィル、ちょっと待つのー」


 建物の前で、茶色い帽子の男が呼び込みの声を響かせていた。曰く、『画期的な方法で旅の道のりが大幅に短縮できる商品』を売っているらしい。ふわふわと男に近寄っていくウィルを追いかけ、氷月はぱしりと彼を捕まえた。


「ウィル……警戒心ないの? カカポか何かなの?」

『鳥と一緒にしないでよ。それに僕は一般人には姿が見えないからね』

「おっと、お兄さん! もしかして、この商品に興味があるんですか?」

「ないことを否定しないとは言わないわけじゃないのー」


 教習所の筆記試験なみに厄介な言い回しを残し、立ち去ろうとする氷月。しかし呼び込みの男は彼の前に回り込み、まくし立てた。


「この辺りでは見ない顔です。それにそのリュックを見るに、旅人でしょう? 長旅は疲れますよ~。大丈夫、話を聞くだけならタダですから!」

『タダって、お金がかからないってことだよね。ねえ、話を聞くだけならいいじゃないか。いつでも帰れば』

「えー……この間うちの社員がキャッチセールスに捕まったばっかりだから気が進まないの」

「そう言わずに、いいじゃないですか! お時間はとらせませんから!」

『だってさ。聞いてみようよ』

「もー……」


 最早どっちの味方なのかわからないウィルと、呆れ顔の氷月。そんなこんなで、なんか話を聞くことになってしまった。


 ◇◇◇


「成程成程。お客様は王さまの勅令を受けて旅をしている。しかも時間制限があるときましたか……これはこの商品を買わざるをえないですね!」

「勝手に決めないでなのー……」


 唇を尖らせて文句を言う氷月。建物の中に放り込まれ、なんか長々世間話をさせられた。キャッチセールスに捕まった社員が言ってた通りである。その周囲をくるくると公転し、ウィルは楽しそうに口を開く。


『そこまで言うなら、きっと便利なものなんだろうね。アラタ、買ってみようよ』

「そんなことにお金落としたくないの」

「大丈夫! 無料体験版がありますので!」

「あ、ちょっと待ってなの。王様からテレパシーが来たからちょっとだけ抜けるの」


 もちろん嘘である。

 固まる店主には目もくれず、氷月はウィルを連れて席を立つ。適当な壁に寄りかかると、念のため防音機能付きの結界を構築し、テレパシーを受信しているっぽいポーズをとる。


『……アラタ。急にどうしたんだい?』

「なんかね、元の世界での部下がね、最近この手の勧誘を喰らったの」

『そうなんだね』


 因みに芝村千草である。


「お休みの日に適当に街ぶらぶらしてたら、キレイなお姉さんにとっ捕まったって言ってたの。暇潰しにアンケートに協力したら、なんかバカみたいに高い武器買わされそうになったらしいの。対天賦ギフト持ち用の強力なやつだって言ってたらしいの」

『それで、その部下さんはどうなったんだい?』

「『それじゃ僕の天賦ギフトも通じないのかな? 試してみようよ』って言って、お姉さんをフルボッコにしてうちの会社に連れてきたの。そのお姉さんには地下室にお泊まりしてもらって、社員みんなで交代でお喋りしたり遊んだりしたら、なんかお姉さんが武器の入手ルートとか顧客リストとか教えてくれたの。だから会社の皆で関係者各位にご挨拶に行ったの」

『平和な会社なんだね。社員たちも礼儀正しそうだ』

「そしたら、紅羽のおやつが増えたの」

『関係者さんにおやつ貰ったんだね。どうやら君の世界の人々は皆、優しいようだ』


 もちろん平和な会社ではない。礼儀正しい社員もあまりいない。

 ……賢い読者様なら、何が起きていたか察することができるだろう。


「でも迷惑ではあったの……今回もね、嫌ーな予感がするの」

『うーん……でも何とかなったんだろう?』

「でも、できれば厄介ごとは避けたいの。それに今は他の社員たちの手も借りられないし、何より何かあったあとの後処理がめんどくさいの。そんなことに時間消費したくないの」

『確かにそうだね……じゃあ仕方ないか。今回はお断りしよう』

「なのー」


 謎に敬礼し、防音結界を解除する。そのままじりじりと出入り口に近づき、扉に手をかけながら口を開く。


「それじゃあ、王さまから急に指令が来たから、帰るの! また機会があればなの!」

「は、はい!? ちょっと待っ――」

『すまないね、急な指令なんだ』

「すたこらさっさーなのー!」


 ウィルを両手に抱えたまま、要らぬ脚力でさっさと逃走する氷月。店主はそれをしばらく呆然と眺めていた……。


 ◇◇◇


 次回予告!

 止まったマスは【12】!

 夕方、ちょうどいい大きさの洞窟を発見した氷月とウィル。睡眠を必要としないウィルが不寝番を買って出るが……!?


 次回「専務、休息をとる。」

 シールドスタンバイ!

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