【5】城下町の最果て――ゴミ置き場

専務、宝石を拾う。

「っていうか、ちょっと長居しすぎちゃったの……んっと、そろそろ城下町を出たいの。っていうか、このペースで間に合うかな、なの……」


 ぼやきながら歩いていると、徐々に景色が変わりつつあることに気が付いた。建物に変わって増えていくのはゴミの山。ひどい悪臭と、やたら湧いている害虫、それにカビやらキノコやらで滑りやすそうな地面。小さく溜め息を吐き、鼻から口元にかけてを覆うように結界を張る。ついでに足元にも滑り止め機能付きの結界を広く張り巡らせて、何となく背伸びをする。


「こんなところは早く抜けるに限るのー」


 とりあえず走り出――そうとして、何かにつまづいて派手にすっ転ぶ。とっさに足元の結界をクッションにしたことで痛みはなかったのが救いだろうか。とりあえず立ち上がり、足元に目を向ける。結界のおかげで地面で滑ることはないだろうし、上から何か落ちてきたのだろう。

 ――そこに落ちていたのは、淡い黄色に輝く宝石だった。手のひらサイズのそれを手に取ると、予想よりもずっしりと重い。不思議とそれがただの宝石だとは思えなくて、彼は眠そうな瞳を軽く見開いた。


(罠……? いや、敵性存在っぽくはないの……うーん? でも、何かあるのは確かな気が……)

「――ッ!」


 後方から迫る気配に、彼は反射的に前方に跳んだ。投擲されたナイフが空を切り、虚空に展開された結界に阻まれて墜落する。その持ち主の方に視線を向けることもせず、彼は地面の結界を爪先で叩いた。広く張り巡らせた結界が、敵性存在の位置を彼に伝えてくれる。その位置情報から相手の動きを予測し――結界の形状を変化させる。

 相手が踏んだ結界の一部。そこが巨大な包丁のように変化し、間欠泉のように勢いよく突き上がる。肉を断ち切る濡れた音が響き渡り、足元の結界に鮮血が飛び散った。ぐしゃり、ぼとり、生理的嫌悪をもたらす音が結界を叩く。興味なさげにそれを聞き届け、氷月は大きく欠伸をした。


「ふぁふ……なんかもう、どうでもいいの。全部終わらせて、早く帰りたいの」


 どうでもよさそうに呟き、再び歩き出そうとする。背後の死体が黒い液体となり、消えていこうとするが、氷月はそれを見ようともしない。……これ以上、汚いものなんて見たくはなかった。

 宝石を放り捨てようとして、はたと止まる。……宝石がひとりでに光り輝いていた。熱を帯び、脈動するように輝きを増減させ……やがて、宝石から放たれた光が収縮し、宙に浮かぶ球体の形を取った。


「ほえぇ……?」

『君が僕を助けてくれたんだね』


 淡く発光する球体に、目と口らしき光が灯った。顔文字じみた無表情がこちらを見つめ、口を開く。幼い子供のような声に、氷月は首を横に振る。


「んっと、助けたつもりはないの。怪我しそうだったから先回りして倒しただけなの」

『でも、そのおかげで僕はこうして喋っていられるよ。もし君がいなかったら、僕はどこかに売り飛ばされていたかもしれない。悪い人に捕まって利用されていたかもしれない。君のおかげであることには変わりないんだ』

「……っ!」


 ――悪い人に捕まって利用されていたかもしれない。

 その言葉に、氷月は細められていた瞳を見開いた。過去の映像が脳裏を占拠し、否応なしに記憶を引きずり出す。鴨居から伸びるロープが食い込み、鬱血した父の首元。訳もわからず連れていかれた、薄暗い人身売買の会場。喪服に身を包んだ銀髪の美女と、彼の背後に出現した金色の天使の幻影。……そこから先は、記憶が曖昧だ。覚えているのは、血と薬品の匂い。知らない人の悲鳴と……『教祖様を守れ』という、根拠に欠けた義務感。


(……嫌なこと、思い出したの)


 軽く首を振り、氷月は球体を見つめる。軽く首を傾げ、いつものヨーグルトじみたゆるい笑顔を見せる。


「うふふ。それなら、よかったの」

『うん。本当にありがとう、人間さん』

氷月ひづきあらたなの。MDCっていう会社の専務なの」

『そうか。アラタ、だね。僕はウィル。光の妖精さ。……折り入って一つ、君に頼みがあるんだ。聞いてくれるかな?』

「頼み、なの?」


 首を捻る氷月の周囲をくるくると回り、球体――ウィルは彼の顔の目の前で止まった。真顔を崩さないまま、点状の瞳をぱちりと瞬かせる。


『よかったら、君に同行させてもらえないかな? この恩を返したいんだ』

「……力になってくれるのー?」

『うん。というか、何としても恩を返したくて。……ダメかな?』

「ダメじゃないの! むしろ大歓迎なのー!」


 球体に手を伸ばすと、それは氷月の指先にちょこんと乗っかった。くるくると自転するそれからは、特に何か企んでいる雰囲気は発せられていない。


「一人より二人の方が楽しいの! それに戦力が多い方が、後々楽になると思うの!」

『そうだね……本当によかったよ、君が親切な人で。これからよろしくね、アラタ』

「うん、よろしくなのー!」


 長身の青年が歩き出すのに応じ、ウィルもその周囲を公転するように回り出す。

 城下町を出るまで、もう少し。


 ◇◇◇


 次回予告!

 止まったマスは【8】!

 街道沿いの建物に目を止めた氷月とウィル。呼び込みのお兄さんに誘われるがまま、建物に入ってしまうが……!?


 次回「専務、勘を信じる。」

 シールドスタンバイ!

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