第2話:バビロンシステムという名の車輪の下へようこそ

 俺も、その原因の一端となったのかも知れない。


 いや、きっとそうだ。


 一緒にやれなくなった。


 音楽のことだ、バンドのことだ。


 俺たちは全員、反時代、反道徳、反社会を標榜する、精神的、人格的、或いはその生い立ちについて様々なトラブルを抱えている人間だった。つまり何だろう、ロックをやるにはピッタリの条件だが、人間関係の維持が著しく困難、要するにバンドを組むには向いてなかった。しかしロックは、通常仲間を募ってバンドを組んでやるものだから、そこには大いなる矛盾と乖離とが内包されているのだ。


 つまり、ロックに対して純粋であればあるほど、その思いが強ければ強いほど、ロックをやるのは難しくなる。


 なんでも同じ、結局のところ、ロックでさえその活動を成立させるためには、バランス感覚が重要となるのだ。どっちかに寄り過ぎていてはダメ、「中庸」こそが人の歩くべき「道」というワケだ、クソ喰らえ。


 CDリリース直前でバンドは空中分解し、途方に暮れた俺は、しばらくの間お世話になっていたレコード会社のレーベルで、普通に社員として勤務し、新規のバンドやアーティスト(アーティスト! あいつらが?)の面倒を見たりしたこともあったが、何というか気持ち的にやり切れなくなり、数年の後に辞めてしまった。覚悟の足りない馬鹿な小僧どもの面倒を見るのにほとほと疲れた、というのもあったが、何よりも音楽に携わっていること自体が、ツラくなってしまったのだ。さらに「業界」の成り立ちや既得権益の在り様、利益が循環し集積する巨大な手垢まみれの構造に、気が付くほどに、理解が進むほどに、やり切れなくなった。


 いいぜ、ああそうさ、ロックを、愛していたんだ。


 何もせずブラブラしていた俺を拾ってくれたのは、地元のライブハウスのオーナーの友人で遊技場を経営していた、つまり今お世話になっているパチンコ屋の社長だった。身の振り方が決まるまでウチに来いよ、って言ってくれたのだ。ありがたかった。音楽というものから完全に隔絶された世界で、俺は本当に久し振りに、純粋に、労働に、いそしんだ。ただ生活の糧を得るために働く、という現代社会に於いて最もありふれた活動。しかし生活の維持と、理想の追求とを、何処かで天秤にかけ続けるストレスを背負って長く走り続けてきた俺にとって、ある意味それは、罪悪感や焦燥感に苛まれずに済む、心安まるひと時ですらあった。


 しかし人生は容赦なく過ぎ去り、そして


「私、もうすぐ三十だよ、……子どもが欲しい」


 彼女にそんなことを言わせる俺は、きっと途轍もない大馬鹿野郎に違いない。CDのリリースがブッ飛んで、バンドが無くなって、レコード会社に勤め出した頃に出逢った彼女だった。俺より一つ年上で、身長も高くて、なんだかちょっとお姉さんみたいな感じで、人付き合いが苦手な俺でも安心して付き合える、そんな雰囲気の女性だったのだ。


 俺は自分のことしか考えていなかった。自分の人生をどうするかで手一杯だった。しかし彼女のことをやはり愛していた俺は、結婚し、家庭を持つことを真剣に考えない訳にはいかなかった。しかし、その前に、何かを総括しなくてはならなかった。


 いっそ音楽を捨てるか?

 いや或いは逆に音楽と向き合って行くべきなのか?

 何を基軸にして生きればいいのか?

 人生に目的なんて必要ないのか?

 いや家庭こそが正に人生の目的ということなのか?


 憧れを実現する、何者かを目指す、という人生のステージから、家族のために生きる生活者としてのステージへ、出来るだけ早く、移行する必要があった。自身の年齢のこともあったし、ある種、それは強迫的な想念だった。


 何かを捨てて大人になる。

 つまりはそういうことだ。

 家庭なんて、俺に持てるのか?

 父親になんて、そもそも俺がなれるのか?

 気が遠くなりそうだった。


 ちょっと待て、——

 そこまで考えて不意に気付く。


 やっぱり、

 自分のことばっかりだ、俺は。




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