第4話:諦念だの韜晦だの自分を捨てろだのニヒリズムだの
夢を見ていたんだ。昔を思い出してた。音楽関係の仲間達とランジェリー・パブにいた。
ランジェリー・パブ、略称「ランパブ」。この情報、どうでもいいな、……
そこがどういう場所なのか、皆さんに説明は不要と思う。名は体を表す、だ。いい匂いがする下着姿のお姉さん達が、お尻がくっつくくらいにピタッと横に座って話し掛けてきたり、胸の谷間を見せ付けながら水割りを作ってくれたりする店だ。
今思うと途轍もなく楽しげで、想像するだにワクワクが止まらないが、当時の俺は、それこそ全く、これっぽっちも興味が沸かなかった。興奮するとかムラッとくるとか、そんなこと別にない。面と向かって挨拶されて、視線を合わせて世間話なんかされると、たとえその相手が、ごくごく小さな布っ切れしか身に付けていないツヤめく肌のウラ若き女性であっても、当時の俺からすると性的興味の対象とかじゃなくて、何というかそれは全開バリバリの直球勝負の正に「人間関係」というヤツで、苦手意識が先に立ってしまい、俺はなるべく関わらないように、なるべく話し掛けられないようにと、横を向いてタバコばっかり吸っていたのだ。
どうして相当に貧乏だったハズの俺達がこんな店に入ったのか、全く覚えていない。パチンコ屋を
みなさんバンドやってるんですかぁ?
キワどい極浅ローライズのパンツを履いた女の子が、仲間に向かってそんなことを言っていた。
みなさんカッコイイですう、
あこがれちゃいますっ、
……みたいな、やれやれ。
俺は顔をますます横に、集団の外側にネジ向け、さらにその仏頂ヅラを下に向けた。このクダラナイおべんちゃら混じりの茶番に、俺は参加してません、という自他に向けたアピールだ。自他の「自」というところが重要だ。いや今思うと鼻持ちならない、くだらない自己主張だ。当時すでに
にやにや笑いながら酒臭いだみ声で、仲間はその娘に何かを言う。BGMと客席の喧騒で何を言っているのか分からなかったが、ダラシナク緩んだ口元はまんざらでもなさそうで、俺は心がささくれ立つのを感じた。イライラしていた。
深夜を過ぎてすでに未明と呼ぶのが相当といえる時間帯、睡眠不足と、店内を天井まで圧して渦巻く騒音と、タバコの煙、また眩しく目障りな照明のせいで、何だかひどく頭が痛んだ。またタバコの吸い過ぎで肺が痛み、さらにそれに酔いが重なって、気分が悪くなってもいた。俺は深くため息を吐きながら聞くともなしに周りの話し声に耳を傾ける。何がそんなにおかしい? 何がそんなに楽しい? 何だかつまらない、もう帰ろうかな、……
ロックバンドとかって、やっぱり女の子にモテたりするんですかぁ?
女の子が言う。それに対し、酔った仲間が笑ったまま開けた口で、何かを言いかける、
——刹那、しかし俺は怒鳴ってしまっていた。
「ロックは生き方だ! ロックとは、孤独を受け入れるということだ!」
ハッとした。
俺は目を覚ます。
叱られたような、何故だかそんな気がしたのだ。
座卓の前でごろ寝していた。
分かってる、分かってるさ、そうだよ、自意識過剰な中二病の恥ずかしい自己主張だよ。恥ずかしい、正に恥ずかしい暴言だ。ギリギリにズリ落ちたパンティーの女の子だって、仕事だし、だからこそがんばって、会話をつなぐために喋っていたんだ。
精神を病んでいる心の弱い若者のほざくクダラナイ
ヤバい、
タバコ、
タバコ、
早く吸わないと、
慌てているせいで紙のパッケージからタバコをうまく摑み出せない。何回かトライして、四回目くらいで爪の先でフィルターの端を摘まんで何とか引き抜き、それを口でパクッと咥えて左手でライターを擦って、——
でも、……結局、間に合わなかった。くそっ、と思ったが、それこそニコチンの摂取があと一秒早ければ、と悔やんだが、
俺は、
泣いてしまっていた。
タバコを咥えたまま下を向き、肘を突いた手で額を支えて、俺は泣いた。下を向いていたせいで、
ロックは生き方だ、
そうだよ、そのとおりだ、そして今の俺はロックじゃない。合ってる、間違ってない。
It's better to Burn out, than to Fade away.
ニール・ヤングは歌った。燃え尽きちまった方がいい、消え去りいなくなっちまうくらいならな、ってさ。そう、燃え尽きることなく不完全燃焼のまま夢への道程に背を向けて退場した俺は、ニールという、目指していたハズの憧れのスーパーヒーローにさえも舌打ちされてしまうような、本当にダメな人間なのだ。
あー、あー、あー、
俺は力なく泣き続ける。そして夢も、憧れも、そのために引き受けた孤独も、何も還ってはこないのだ。
泣けてくる。いや、笑わせる。でもそれが今の俺だ。夢を追い切れない、でも諦め切れるワケでもない、宙ぶらりんの、何者でもない、何者にもなれない、俺の姿なんだ。
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