馬の上で人生を思う

 馬に揺られながら、私は昨日のことを思い出していた。


「お疲れさまでした~」

十七時半、オフィスではみんなが一斉にパソコンを閉じ、帰り支度を始める。

八時半出社、十七時半退社。残業は基本なし。

贅沢をしなければ独身女性が一人で生きていくには十分なお給料もでる。

間違いなくホワイトな会社……だと思う。


 私の仕事は社内システムの管理。と言えば聞こえはいいが、実際の作業はシステム会社の人がやってくれるから、私の仕事はそれをチェックするだけ。

大学を卒業し新卒で今の会社に就職して早八年。

私のやってきたことは、八時半に出社して、一日中パソコンを眺め、十七時半に退社する、それだけ。


 大学だって本当はデザインの学校に通いたかった。

でも、デザインで食べていく自信どころか、親に言いだす勇気もなく、結局は家から通える英文科。

四年間通ったがネイティブばりの英語が話せるわけもなく、多分人並以下。


 私の今までの人生って、何か意味があったんだろうか?


「噓でしょ」

このままではいけないとハンドメイドのアクセサリー作りを始めたのが一年前。

そして、アプリで売り始めたのが半年前。

デザインには少し自信があったし、手仕事も嫌いじゃない。

オリジナルのモチーフがうけて、顧客も増えてきた矢先。

アプリの運営会社からのメッセージに私は唖然とした。

『あなたの商品に盗用の通報がありました。速やかに商品の取り下げ処理をしてください』


 アプリ内の私のページも問い合わせやキャンセルや返品相談のメールでえらいことになっていた。

盗用なんて、誓ってしてないけれど、それを証明する術なんてどこにもない。

いや、アプリに載せた日とか、なんか色々探せばなんとかなるのかもしれないけれど。

その手間と、今、目の前にある大量のメールのことを考えたら、心が折れた。


 結局、私みたいな凡人が人生の意味とか考えちゃいけなかったのさ。

なんだか全部面倒になってしまって、そのままパソコンを閉じて、シャワーだけ浴びてベッドに入った。


 それが昨日の夜のこと。

そして、今、私は馬の上……なんなの? 私が何したっていうのさ?


「…名前は? ねぇ、ねぇってば!」

「はい?」

後ろからする大きな声にハッと我に返る。


 そう、私はセレスタの馬に乗せてもらったのだけれど、もちろん一人で乗れるわけもなく。

セレスタに後ろから支えられる恰好で馬に乗っている。

いわゆる漫画とかで王子様がお姫様を馬に乗せるようなあの状態だ。


 かなりこっぱずかしい状態だったので、最初は丁重にお断りしたのだが、一人で馬に乗ることのできない私に拒否権などなく。

出来る限り意識を遠くに飛ばして乗り切ろうと思っていたら、セレスタの言葉を完全に無視していたらしい。


「ごめんなさい。なんですか?」

出来る限り平静を装ってセレスタに聞き返す。

……っていうか、彼は恥ずかしくないのだろうか? すごい密着してるんですけど。


「名前は? って聞いたんだけど」

どうやら恥ずかしくないらしい。

ここがどこか知らないが、普通なんだろうか。


「ホタル……です」

思わず偽名を名乗ってしまった。

いや、悪気はなかったんだけれどさ。

さっき、自分の人生何だったんだろう? なんて思ってしまっていたせいかなぁ。


「いい名前だね」

にっこりと笑うセレスタが眩しい。

あっ、なんかわかった。

この子、王子様だわ。

クラスに一人はいた、頭良くて、サッカーとかやってて、大きな犬とか飼ってて、きれいなお母さんがいるアレだ。

お父さんも格好良くて、ホームパーティーとかやっちゃう感じの家の子だ。

……私とは無縁の存在だわ。


「何がいい名前だよ。おい、お前、下手に喋ると舌噛むぞ」

隣の馬からジェードが不機嫌そうに声を掛ける。

あら、意外と優しい?


 ジェードの言葉のお陰でセレスタも無言になってくれた。

……はて? この世界って苗字はないのかしら? 苗字は考えていなかったから助かったけれど。

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