クリーム・いちご・ママ
「危なかったわね」
「本当に、危なかったわよね。雪ちゃんのお母様ったら、堪え性がないんだから」
「そうよ。いくら雪ちゃんが美味しそうだからって」
「そうよね。いくら美味しそうだからって、熟れる前に摘んでしまうなんて」
声が聞こえた。いい匂いもする。目を開けると、タカちゃんとキミちゃんが私を覗き込んでいた。
「雪ちゃん、大丈夫?」
タカちゃんが、額の汗を拭いてくれた。ううん、拭いたんじゃない。舐めた。
「かわいそう、お母様にこんな酷い仕打ちをされるなんて」
キミちゃんが、私の頬に執拗にキスをする。私は何も感じられずに、鈍重な頭を動かして、周りを確認する。
ここは私の家。キッチン。テーブルの上には、たくさんのタルトレット。
「雪ちゃん、お腹すいてるでしょう。たくさん食べて、早く首の火傷を治さなくちゃ」
キミちゃんが、一番手前にあったタルトレットを取ってくれた。口元まで持ってこられると、甘くていい匂いが食欲を誘う。
「そうよ、二の腕とふくらはぎにも火傷があったわ。本当に酷い」
タカちゃんが、一番奥のタルトレットのクリームを指ですくって、べろりと舐めた。美味しそう。我慢できなくなって、キミちゃんが差し出したタルトレットをひとくち食べてみる。
あ、美味しい。
「美味しいでしょ? 私たちが作ったの。雪ちゃんに教わった通りに作ったんだから、美味しくないわけがないわよね」
「そうよ。デコレーションにもこだわったんだから。クリームでしょ、いちごでしょ。それから……ねえ?」
「うん。こだわったのよ。ねえ?」
二人のお喋りを聞きながら、私は夢中でタルトレットを頬張る。一個目を食べ終わったら、タカちゃんが次のタルトレットを差し出してくれるから、それに食らいつく。美味しい。
「でも、お台所を勝手に拝借しちゃったのは、ちょっとお行儀が悪かったかしら」
「綺麗に片付ければ大丈夫よ。それに、ここの家の主人は、もう雪ちゃんなんだから。雪ちゃんの許可を取ればいいのよ」
ごくん。二個目のタルトレットを飲み込んだところで、飲み物が欲しくなった。それを察してくれたキミちゃんが、コップを差し出してくれる。一気に飲み干す。美味しい。
「ちゃんと調理すればジュースだって作れるのに、ただ焼くだけなんてもったいないわよね」
「そうよね。ちゃんと調理しなくちゃ、全部を味わうなんて無理なのよね」
喉を潤した私は、三個目のタルトレットに手を伸ばしていた。四個目も。五個目も。自分でも驚いたのだけど、いくらでも食べることが出来た。それくらい、二人が作ってくれたタルトレットは美味しかった。
そして私は、テーブルの上に並べられていた全てのタルトレットを、一人で食べ尽くしてしまった。二人の分も残しておくべきだったと、食べ終わったあとで気が付いたのだけど、二人は「雪ちゃんのために作ったんだから」と笑ってくれた。
「ごちそうさま」
手を合わせる。それにしても、びっくりした。二人はいつの間に、こんなにお菓子作りが上手になったんだろう。いったいどうしたら、こんなに美味しいタルトレットが作れるんだろう。
尋ねてみると、二人は顔を見合わせた。
「愛情がこもってるからかしら」
「そうよ、愛情がこもってるからよね」
私は納得して、タルトレットを食べすぎて大きく膨らんだお腹を撫でた。
そうよね、愛情が大切なのよね。ママは本当に私を愛していたし、私も心から、ママを愛していたものね。
お腹がいっぱいで、これ以上ないくらいの幸福感に包まれる。椅子に座って満腹にひたる私を、タカちゃんとキミちゃんが両側から抱きしめてくれる。
「なんて可愛いの。雪ちゃん、大好き」
「なんて美味しそうなの。雪ちゃん、大好き」
「ありがとう、二人とも」
私も、タカちゃんとキミちゃんのこと、大好きよ。
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