負けヒロインはまた次の負け戦に出る

どぶ劇

人という字は犬の口元に似ている


「(ᐡ •̥人•̥ ᐡ)‬」


顔文字にすると尻にも見える


「( 人 )」


人という字はスグレモノだ。


だからどうということはないんだけど。

人はすぐに処理しきれない感情を生み出すと脳みそがバグるようだ。あれ、もしかしてあたしだけ?


約4年間の恋が終わった高校2年の春。

呆気なくはなかった。あたしなりに必死で戦った。何度も気持ちを伝えて、自分磨きってやつもして。

それでも後悔はないなんて言えなかった。


大好きな足立誠。の隣にいる女の子は強気で、素直じゃなくて、飾らないタイプの人間。

愛子ちゃん。名は体をあらわす、ね。


あたしとは程遠すぎてウケちゃった。

飾らないタイプのこと理解できなさすぎて逆に計算じゃない?って思うワケ。


心の中ではいつだって尻の顔文字のことなんか考えているような性根の腐った女だけど、大好きな人の前では違って。


誠が好みだっていうから短かった髪とスカート丈を長くして、話し方も、表面的な思想も趣味も全部変えた。成績下の下だったあたしが同じ高校に入るためにどれほど努力してきたか。今だって追いつくのに必死だ。

誠1人からの愛を得る為だけに悪魔に魂を売るつもりで生きてきたってこと。


それなのに、ただ自分を生きただけの女の子に負けるなんて。


「そういうとこじゃねえの?」

「うっせえわ」

流行りの曲が脳内で流れ出す。あとで歌っちゃおうかな。


「おまえのそのひん曲がった性格が誠にもすけて見えてんだよ」

「透けて見える?えっちな響きだな。というかあんたこそ振られてるくせによく人のこと言えるよね」

カリカリに揚がったポテトを3本同時に食べる。

うん、やっぱり細い方がいい。カラオケのポテト、1番好きなポテトです!


「俺はしかたねえよ。あいつには誰も勝てない。親友と好きな子が幸せになるなら見守りたいと思うよ」

「へー」

ふーん。へー。としか言いようがない。

浸ってんな。

わかんない思想だ。でも誠も同じようなこと考えそうだな、とも思った。


「まあ今日はドカ食いカラオケフェスティバルって決めたんだし、盛り上がっていこうな!」

マイクに向かって叫ぶとキーーン、と不快な音が響いた。萎える。

表面上のテンションだけを上げると、周りの静けさがあたしを憐れんでいるように思えてしまう。

誤魔化すように失恋ソングを100曲入れた。



結局、10曲過ぎたあたりで2人とも疲れてしまって、音量を下げテーブルに並ぶ炭水化物を咀嚼する作業に移る。

炭水化物を摂ると頭がボーッとして、気持ちの輪郭が薄れて良いよね。

それと、ギャン泣きしながら歌ったせいかな。


「でもおまえ、思ったより落ち込んでなくてびっくりした」

「そう見える?あ、この焼きおにぎり正解の焼きおにぎりだよ。食べてみ」

「ほんとだ、カラオケにしてはうめえな。ずっと応援してたからおまえの気持ち知ってるし。でも案外あっさりしてんだなと思った」

「あんたが応援なんかしてた?」


たしかに(ん?もしかして今2人きりにしてくれた?)みたいな瞬間はあったかもしれない。


「正直本当はおまえと誠がくっつけば俺にもチャンスがくると思ってたから。でも、そういう他力本願なとこがだめだったんだよな」

「なんだ、わかってんじゃん」

「うっせえわ」

あ、そういえば歌い損ねてた。帰る前に入れよう。


机の上のものをぜんぶ平らげたあたしたちは精算を済ませ店を出る。

高校生には結構な額になってしまった。


「マルチーズ恋子先生がさ」

「マルチーズ恋子先生」

「恋愛コラムニストだよ。」

「あんたそんなん読んでんの?」

思っきり目を細めてやった。うわー、という気持ちが伝わるといい。

「別にいいだろ!聞けよ!良い記事書いてたんだよ

……恋愛中心に生きてるやつは魅力的に見えないってさ。それ見て夢だとか自分の人生を大事にしていこうってさ、ちょっとやる気出たよ」


夢。夢ね。

あたしは他の人が部活に受験にいそがしくがんばるように、恋愛をがんばってきた。

それはこれから大人になって歳をとって死ぬまでの全部の誠を1番近くで見ていることが夢だったから。

キモいのはわかるけど、あたしはたかが人生に高尚さなんて求めてない。

掴みたい夢が偶然誠だっただけだ。


あたしは なるほどね、とだけ返事をした。


2人で帰る道はカラオケでの大騒ぎが嘘のように静かだった。でもこの組み合わせでいるのは慣れてるから苦痛じゃない。


日が落ちた空を見ながら誠と手を繋いだ日の事を思い出していた。

あたしの誕生日。何がほしいって聞かれてデートがしたいって答えたっけ。今思うとおかしな返事だよね。

でも誠は叶えてくれた。恥ずかしくて目も合わせられなかったけど、ちゃんと見ておけばよかったな。

泣きそうだ。ちょっとだけ。


「……なあ、俺らって結構付き合い長いよな」

「うん」

「でも今日みたいなおまえ初めて見た」

そりゃそうじゃ!(某博士)

あんたの隣には基本的に誠がいて、誠の前ではこんな風にできない。

でも、

「なんだかんだ、あんたのことも信頼してるからこんな風に話せたのかも。逆に付き合ってくれてありがとね」

これは本心だ。甘えて申し訳ないとも思ってる。


「今日みたいなおまえ、結構好きだよ俺。」


「……」


「またこうやって2人で会いたいんだけど、おまえは、どう」


息を吸う。これは、あたし自身にも向けた宣言だ。


「あたしはまだ諦めてないから。あんまりふたりでいて誠に勘違いされるわけにはいかないの、ごめん」


そう、あたしの戦い、ファーストシーズンは終わったけどまだはじまったばかり。

これからセカンドシーズンがはじまる。

2人は別々の進路って聞いたし、あたしは意地でも誠と同じ大学に進んで、ゆくゆくは隣を勝ち取ってみせる。


かつてボカロPも歌詞に書いた「恋は戦争」そう、LOVE is WARである。

恋愛において勝つのはいつだって計算高く時に手段を選ばない者だってあたし信じてる。

勝つ。くだらない人生のより良い選択のために。

あたしは欲しいと思ったものを諦めたりはしない。



「おまえ性格えげつないな」



負けるとしてもね。

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負けヒロインはまた次の負け戦に出る どぶ劇 @dobusarai

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