第四章の一 変化②

 以前の結人の姿は、真っ黒な黒狐こくこだった。しかし今は毛の生え変わりの時期なのだろう、黒い毛に混じり、白い毛が生えてきている。


「冬終わり頃から、白い毛が生え始めたのだ」


 結人はそう言い、自分の姿を見ている。


「どういうことなのかしら?」


 奏がそう呟いた時、奏の傍らに守護霊の老婆が姿を現した。


「これは……!」


 老婆も驚きを隠せない。一目結人の姿を見ると、目を丸くしながら言った。

気狐きこだね」

気狐きこですって?」


 老婆の言葉に驚いたのは結人ではなく奏の方だった。結人は黙ったまま二人のやり取りを見ている。


「結人くん、あなた、神格を得たのよ」

「神格?」

「神になるための資格、と言ったら良いかしら」


 奏は説明した。

 きっと、あずさや奏と行動を共にしていく間に、神格を得ることになったのだろう。これからどんどん毛は白くなり、黒狐こくこから白狐びゃっこへと姿を変えていくだろう。そして、今後は野狐やこではなく、神格を得た狐、気狐きことして生きていくことになるだろう。


「俺が、気狐きこ……?」


 結人は驚いて言葉に詰まる。


「結人くんはもう、野狐やこではないわ。おめでとう」


 奏は笑顔で言うと、もう悪さは出来ないわね、といたずらっ子のように結人へと告げるのだった。

 結人は元の人間の姿になると、


「これは、あずさに責任を取ってもらわないといけないですね」


 そう言って、にやりと笑う。それを聞いた奏は微苦笑しながら、ほどほどにしてやってね、と返すのだった。




 さて、帰宅したあずさにも小さな変化が起きていた。

 お正月に橋姫からからかわれて以来、奏の存在が気になり始めていたのだった。奏といる時間がとても楽しい。奏と別れると、どうしても考えてしまう。


「私、どうしちゃったのかな……」


 悶々とする日々の中考えないようにしていたが、これが恋と言うものなのだろうか。あずさはそんなことを考えながら、寝床に入る。


「明日、橋姫に相談しよう」


 そう独りごちると、あずさは布団を目深に被って眠りにつくのだった。




 翌日、あずさはまだ寒い早朝に橋のたもとへと来ていた。


「橋姫~」


 あずさの呼びかけに、いつもの柳の木の下に橋姫の姿が浮かび上がる。


「おはよう、橋姫」


 あずさは白い息を吐き出しながら言う。そして昨日考えていたことを橋姫に話すのだった。


「どう思う? 橋姫」


 橋姫はそれを聞くとにこやかに返した。


「恋、ですね」

「やっぱり?」


 薄々勘付いていた答えに、それでもあずさは驚きを隠せない。


「うわ~、なんだろう。すっごく恥ずかしいよ~……」


 あずさは赤くなる自分の顔を押さえてその場にうずくまる。


「恥ずかしいことなんてないですよ、あずささん」


 上から優しい声音で橋姫が声をかけてくれた。そして誰かを愛することは、とても幸せなことであると説いた。


わたくしはもう、恋は出来ません」

「どうして?」


 あずさの疑問に、橋姫は神だからです、と答えた。


「神様って、不便なのね」


 そう言うあずさに、橋姫は苦笑する。


「だから、あずささんが恥ずかしがる必要なんてないんですよ」


 橋姫の言葉にあずさはそっか~、と言い寒空を見上げる。



 

 それぞれの変化が起きた春先。

 奏は守護霊の老婆と共に修行しゅぎょうにはげみ、結人は野狐やこから気狐きこへと変化を遂げた。そしてあずさは淡い恋心を胸に、季節は急速に春へと向かっていくのだった。

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