第四章の二 春の宴①

 季節は進み、桜が満開の時期になった。

 あずさと結人ゆいとは春休みに入っている。二人とも無事に進級出来るようだ。かなでは技術者として仕事を続けていた。

 神々からの依頼もなく、平穏な日々が続いていたそんな春のある日。奏たちは久しぶりにツクヨミから呼び出された。ヤタガラスの導きにも慣れたもので、三人は花々が咲き誇る山道を登っていく。そして開けた場所に出た。見慣れたほこらの向こうに、肩まである銀髪を春風になびかせながらツクヨミが待っていた。


「こんにちは」


 にっこりと微笑むツクヨミに、三人はそれぞれ挨拶する。


「こうして集まるのは久しぶりだね」


 ツクヨミの言葉にそうだね、とあずさが答える。


「今日は、依頼ではなく、招待したくて呼んだんだ」


 ツクヨミはにこにこ笑って言った。


「招待、ですか?」


 奏は率直そっちょくな疑問を口にする。


「そう。春のうたげにね、君たち三人を招待しようって話になったんだ」

「ちょっと待ってください。僕も、含まれるんですか?」


 結人が口を挟む。ただの狐の自分も神々の宴に招待されるとは思っていなかったようだ。


「結人くんはもう野狐やこじゃないんでしょう? 気狐きこなら十分、出席資格があるよ。神格を得ているんだからね」


 ツクヨミはにこにこ笑いながら続ける。


「もちろん、神の守護を受けているあずさや、それを手伝う奏も、出席資格があるんだ」


 だから是非、とツクヨミが言う。


「何だか、楽しそう!」


 話を聞いていたあずさは目を輝かせていた。


「じゃあ決まりだね」


 ツクヨミは嬉しそうに微笑む。

 こうして三人は神々の春の宴に参加することが決まったのだった。




 そして神々の春の宴当日となった。桜の花は葉桜へと変わっていた。

 あずさは薄いピンクベージュの膝丈ワンピースに紺色のトップスを合わせ、少しヒールのある白の靴を履いていた。そしてその姿で橋姫のところへと行く。


「橋姫! 私、変じゃない? 大丈夫かな?」

「大丈夫、大丈夫、可愛いですよ」


 橋姫はにこにこしながらあずさに言う。普段のボーイッシュな姿も可愛らしいが、今日は神々の宴だ。多少気合いを入れたコーディネートになっているようだ。橋姫と話していると、そこへ白のパンツに白のトップスを合わせた奏がやってきた。やはり普段のジーンズ姿ではない。少なからず奏も緊張しているのだろうか。


「あら、あずさちゃん! 可愛いじゃない!」


 奏はワンピース姿のあずさを見て驚いているようだった。普段とのギャップで余計に可愛らしく見えたようだ。あずさは顔を真っ赤にして俯きながら、


「あ、ありがとう……」


 それだけ言うのが精一杯だった。


「奏さんは、本当に罪な方ですね」


 橋姫がくすくす笑いながら声を掛ける。奏は頭に疑問符を浮かべているようだ。そんな話をしていたら結人が姿を現した。


「あれ? あずさ、どうしたの?」


 結人はきょとんとあずさの姿を見た。結人は普段と余り変わらない格好だった。


「う、うるさい! 結人!」


 あずさは真っ赤になりながら叫ぶ。叫ばれた結人は軽く肩をすくめたのだった。


「結人さんは、まだまだですね」


 その光景を見ていた橋姫がまたくすくすと笑いながら言う。奏は何のことだかさっぱり分からない。


「さて! 揃ったし、ツクヨミのところへ行こう!」


 あずさは真っ赤な顔を誤魔化すようにして言う。橋姫は楽しんでらっしゃい、と笑顔で送り出した。




 三人はヤタガラスの導きで高天原たかまがはらへと到着していた。入り口にはツクヨミの姿がある。


「やぁ、お三方さんかた。待っていたよ」


 ツクヨミは笑顔で三人を迎えた。


「会場はこっちだよ」


 ツクヨミを先頭に移動すると、会場が見えてきた。そこは大きな桜の木が真ん中にある会場だった。その桜の木は今が満開でかなり見ごたえがある。

 桜の木を中心に様々な神々が鎮座し、花見をしていた。しかし奏たちの姿を認めると、神々が一斉に振り返る。


「うわわっ!」


 その行動にあずさが少し後ずさりをした。


「大丈夫、取って食べたりしないよ」


 ツクヨミがおかしそうに笑った。

 三人はそれぞれ神々に呼ばれ、隣に座ることになった。奏は酒神しゅしんと呼ばれる三柱の神々の隣に、あずさはアマテラスに呼ばれたためアマテラスの隣に、そして結人は稲荷神いなりのかみの隣に座った。

 そして人間と気狐きこを交えた宴が催された。

 稲荷神いなりのかみの隣に座った結人は、神格を得ることがどういうことなのかを話を聞いていた。


「神格を得たばかりなのだな」


 和服姿の稲荷神いなりのかみが言う。結人は正座をしたまま話を聞く。


「そう堅苦しくなるな。ほれ、飲め」


 稲荷神いなりのかみは結人にお酌をすると、足を崩すように言う。結人はその言葉に甘え、正座を崩した。


気狐きことは、懐かしいの」

「これから、どう生活していけばいいのか、悩んでおります」

「若い! 若いな、お主!」


 がはは、と豪快に笑う稲荷神いなりのかみ


「今のままで良い、今のままで、な。人間を補佐し、助け、そうやって神格を得ていくものだ」

「神格を得て、行き着く先はやはり神、なのですか?」


 結人がここ最近悩んでいたことを口にする。


「神、とはな。人間に信仰されてこそ存在するものよ。そのような存在に君がなるのなら、それは神と言えよう」

「難しいですね……」


 結人は稲荷神いなりのかみの言葉に眉をしかめていた。そんな結人を見つめながら、稲荷神いなりのかみは、して、と声を発した。結人が稲荷神いなりのかみを見返す。

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